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アジェンダブログ:AIが実現する「人が生き続ける未来」

「死と知識の喪失の連鎖を断ち切る」―― そんな野心的なミッションのもと、スタートアップ企業Mind Bank Aiは、顧客が自分自身の「デジタルツイン」を作成し、いずれそれが本物の人間のように話したり考えたりすることを可能にすると言います。AIを活用した「人が死なない未来」の実現とは、いったいどのようなことなのでしょうか。

原文(You can now live for ever. (Your AI-powered twin, that is))はこちら↓

パーソナル・デジタルツイン

Mind Bank Aiが提供を目指す「パーソナル・デジタルツイン」とは、永遠に生き続けることができる「もう一人のあなた」です。一人の生涯にわたって収集された個人のデータセットを構築し、具体的にはAIとの会話を通じて自分と同じように「考える」モデルを作ります。例えば「どんな食べ物が好き?どこで妻に出会ったの?なぜ離婚した?」など、現実世界で相手を知る際にするような質問や会話を繰り広げることによって、AIは一人ひとりの個性を理解し、モデルを構築し、将来に適応できるようになります。個人の姿を想起させる力があることから、設立者のEmil Jimenez氏は「声」も本人と同じであるデジタルツインをつくることを重要視していると発言しています。

存在し続ける話し相手

最新の自然言語処理装置(Siri、Alexa、予測テキストなどの深層学習プログラム)やディープフェイクと呼ばれる複製物の能力により、永遠に生きられなくとも自分の知識や経験を残したいという人間の願望は実現可能性を持ちつつあります。Replika社の設立者であるEugenia Kuyda氏は、亡き友人であるRoman Mazurenko氏のように質問に答えるボットを開発しました。HereAfter AIのCEOであるJames Vlahos氏は、録音されたインタビューから作られた「レガシー・アバター (legacy avatar) 」をデザインしています。レガシー・アバターは、デジタルエージェントとしてその人の人生のストーリーや思い出を共有し、話し方やジョークなどの個性や知恵なども共有するよう設計されています。

Mind Bank Aiが目指すデジタルツインは、技術的にも哲学的にも多くの機会と課題をもたらすデザインです。「よりリアルな自分を作るにはどのくらの時間が必要なのか」「どのような決断をデジタルツインに委ねられるのか」「AIは悲しみを助長するのか」― デジタルツインのありかたにはまだ多くの疑問が残るのが現状です。

デジタルツインの心の設計

Mind Bank Aiの共同設立者兼最高技術責任者であるSascha Griffiths 氏は、人をコピーするために必要とされるAIアルゴリズムやツールをまとめています。これは例えば、トピックモデリング(言語の中の抽象的な「概念」を掘り起こす) 、センチメント分析(基本的には感情の認識) 、生成的敵対ネットワーク(ディープフェイクを支える技術) などが挙げられます。

カスタマイズされたアルゴリズムの開発を目指すGriffiths氏ですが、初期の段階では自然言語処理(NLP)が重要となります。NLPは個人の話し方や文章の書き方のパターンを理解することで、ある程度までその人を再現できますが、現時点では真の会話をすることは不可能です。

Amazon Alexaチームの上級応用科学者 (Senior applied scientist) であるChristos Christodoulopoulos氏は、デジタルツインが発する斬新な言葉を生み出すことも大きな問題点であると指摘しています。コーヒーを頼むなど、私たちが日常生活の中で行っていることの多くはある程度「台本」に基づいており、AIはそれを簡単にコピーできます。しかし重要性の高い、意味のあるコミュニケーションに台本はなく、もしそれをAI用に無理やり定型化するとその交流の意味は失われる危険性があるのです。

常識の欠没

Mind Bank Aiのもう一つの課題は、多様なコミュニケーションに対応できるAIを実現するためにAI特有の脆さを克服することです。AIは基本的に知っていることしかできず、認識できないものに遭遇すると人間では考えられないようなミスを犯します。すべての共通認識をAIに学習させることが対応策として考えられますが、これは多大な時間とコストがかかるだけでなく、すべての情報を集めることが不可能であることから、非現実なアプローチと言えるでしょう。

デジタルツインが生み出す本物とのズレ

あなたのデジタルツインの情報源はただ一つ、あなたです。デジタルツインはあなたのデータに基づいて作られ、あなたのように話し、考えます。その一方で、デジタルツインがあなたのように成長、進化、学ぶことは一切ありません。そんなAIを信頼できるのかは大きな疑問です。

さらに大きな問題なのは、デジタルツインがあなた以上にあなたを理解している状況が起こり得るという点です。AIは人間よりもパターン化したものを認識する能力が高く、NLPはあなた自身が気づいていないあなたの話し方や思考のパターンを見つけ、インプットしてしまう可能性があります。その結果、歪んだバージョンのあなたができあがってしまうこともありうるのです。

永遠に生きたい、生きていてほしいという人間の願望が、デジタルツインによって叶うかもしれません。その一方で、この未来は数多くのリスクと課題が伴います。人間が生み出すAIが、時に人間にとって脅威になることも忘れてはならないでしょう。

​執筆:
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター
シャルマグンジャン(インターン)​

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