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信頼あるデータ利用とは?「Good Data」白書、発行!

2050年には世界の6人に1人、日本では5人に2人が65歳以上となる社会となります。つまり1.2人で1人を支える時代となり、1970年の約9人で1人の高齢者を支えていた時代と比較して7倍もの負荷が現役世代にかかってくる計算です。こうした変化の先頭ランナーである日本は、世界のどの国も経験したことのない人口構造の変化のなかでさまざまなサービスや社会制度のトランスフォーメーションに迫られています

ここで重要なキーとなるのが「データ」です。データを活用することで、画一的な対応ではなく、個別にカスタマイズしたサービスの提供を、低コストかつ持続可能な方法で実現できる可能性があります。例えば2025年に約38万人の人材が不足するといわれる介護サービスでは、暗黙知とされていた個々の要介護者の状態や希望に合わせた介護ノウハウをデータ活用によって形式知に転換し、経験が浅いスタッフでも高い品質のサービス提供を可能にし、要介護者のQOLや満足度を上げつつ、スタッフの心身の負担を下げることを徐々に実現しつつあります。

※超高齢社会におけるデータやテクノロジー利用による価値実現に関してはこちらの記事もご参照下さい。

データガバナンスのプロセスとして、データ主体(本人)から利用の同意を得ることは、適法性根拠として広く根付いています。ただ、高齢などで認知機能低下が見られる方々からの同意をどのように得るのが適切であるかは大変難しい問題です。これは形式的にサインがあればよいといった話ではなく、データの利用目的や利用方法、本人への影響やリスクなどについて正しく理解をした上での同意を得ることがどこまで現実的なのかという問いです。現在問題となっている、施設に入居している高齢者へのワクチン接種への同意と共通の問いでもあります。さらにこれは、一般消費者にも言えることです。日々加速するデジタル化のなかで、一般消費者がデータ利用を正しく理解できるように説明し、同意を得ることは重要な基本原則でありながらも、これだけに頼るには一定の限界が存在するであろうことが、私たちの議論を通して見えてきました。

世界経済フォーラムが発行した白書「Good Data: Sharing Data and Fostering Public Trust and Willingness」では、データ二次利用に対する社会からの信頼(トラスト)の構築と、ベネフィットとリスクを理解したうえでの同意というポジティブな意思(ウィリングネス)の醸成について整理しました。例えば介護事業者などのデータ利用者が、よりよいデータ利活用を実現する際に参照できるフレームワークを提案しています。この白書では「データ利用者は、同意を得るだけで責任あるデータ利用を果たしていることにはならない」、つまり同意というガバナンス方法の限界を前提とし、データ利用者が、同意取得に加えて、主体的に検討配慮すべき内容を示しています

日本語版:https://jp.weforum.org/whitepapers/good-data-sharing-data-and-fostering-public-trust-and-willingness
英語版:https://www.weforum.org/whitepapers/good-data-sharing-data-and-fostering-public-trust-and-willingness

データ二次利用への期待の高まり

データの利活用は、組織や団体がサービス提供といった特定の目的のためにデータを収集して利用する(一次利用)だけではなく、そのデータを社会で循環させることで価値を生み出す二次利用に期待が高まっています。その適切なガバナンスが、世界中で模索されています。そこで重要となるのが「信頼(トラスト)」です。

信頼とデータ利活用、そして社会からの反応

信頼は、経済活動や日常生活の潤滑油として、社会で必要不可欠な役割を果たしてきました。しかし、データ利活用の場面においては、困難を抱えています。例えば、個人などのデータ主体と、企業などのデータ利用者との間には、情報の非対称性が存在します。また、データは、実体がなく複製や移転しやすい特性があります。そのため、データ主体である個人が自分のデータがどのように管理・利用されているのかを詳細かつ正確に把握することは、容易ではありません。

そこで、例えば「政府や有名な企業が管理・利用しているから大丈夫だろう」など気持ちという「信頼」、そして、社会に大きな影響をもたらすようなデータ利用においては、特に、実際に「信頼に値する」ことを維持・担保する仕組みが、データ利活用を円滑に推進していく上で重要となるのです。

これまで多くの企業や政府が、データ利用を通してイノベーションを生み出してきました。しかし、社会の反応はポジティブなものばかりではありません。2018年、SNS大手の米フェイスブックの個人情報不適正利用スキャンダルはまだ記憶に新しいでしょう。同社の時価総額は一時約29%の約1,000憶ドル弱、10兆円以上も下がり、訴訟も行われました。

こうしたネガティブな反応は、もちろん、故のないものではありません。そして、その内容や理由は多岐にわたります。情報漏洩、セキュリティ、違法性への懸念だけでなく、プライバシーや差別助長への不安、データ主体が想像しづらいデータの利用方法に起因するものなどもあります

このようなネガティブな反応の各要素の積み重ねが、データ利活用全体への信頼を揺らがせることになるのです。

なぜ、信頼は壊れ、失われるのか

同意の対義語は不同意ではなく、「驚き」

信頼が壊れてしまうメカニズムについて、もう少し詳しくみてみましょう。信頼を得る上で重要なことの一つは、データ主体や社会が持つデータ利活用への認識・価値観・期待と、データの利用目的や動機を合致させることです。しかし、データ主体や社会の認識・価値観・期待と、実際のデータ利活用の方法やその影響との間にギャップが生じる場合があります。

以下の図1で示すように、そのようなギャップはデータ利活用における各プロセスで発生する可能性があり、このギャップの発生は個人や社会に対してネガティブな驚きを与えることになります。データ主体や社会の間でギャップ、つまりネガティブな驚きが積み重なることで、データ利活用に関わる者への信頼が壊れ、失われてしまうのです。

(図1)データ利用プロセスにおいて発生するギャップ 

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データ利活用において配慮すべき範囲は?

では、ネガティブな驚きを減らすために、データ利用者はどのようなことに配慮すべきなのでしょうか。上記で示した社会からのデータ利活用に対するネガティブな反応を見ても、社会は企業などデータ利用者に対し、単なる法令遵守以上のことを求めていることがわかります。つまり、データ利用者はプライバシーや公平性といった社会的価値へ配慮することも求められているのです(図2)。

(図2) データ利活用において配慮すべき範囲

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データ利用者が配慮すべき具体的なポイントは?

私たちは、データ利活用の各プロセスにおいて、データ利用者が配慮すべき点をまとめた「Good Data Frameworkー倫理的に配慮されたデータ取扱いフレームワークー」を白書のなかで発表しました(表1)。このフレームワークを活用することで、データ利活用に対する社会からの信頼の喪失につながるギャップ(ネガティブな驚き)を縮限することができると考えています。

(表1)Good Data Framework ー倫理的に配慮されたデータ取扱いフレームワークー

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(※)各項目のより詳細な内容はこちらのブリーフィングペーパーをご参照ください
日本語版:http://www3.weforum.org/docs/WEF_Good_Data_JPN_2021.pdf
英語版:http://www3.weforum.org/docs/WEF_Good_Data_2021.pdf

ただ、このフレームワークはデータ利活用において配慮すべき点を、一般的・網羅的に整理したものです。個別の利用情報や利用目的によってデータ利用者が留意すべき点は変わってきます。

そのため、以下の図3「データ利活用のタイプ分類」も活用しながら、ユースケースごとに議論を行うことを推奨しています。

(図3)データ利活用のタイプ分類

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データ利用者による自主的なガバナンスが重要

1:データ利用の黎明期におけるガバナンスの在り方

データの二次利用に対する期待が高まっているとはいえ、データ利活用によってどのような価値を生み出せるかということは、未だ手探りの状態です。このような黎明期においてもガバナンスを導入して倫理的に配慮されたデータ利活用を実現することは重要ですが、法的制裁に頼る従来のガバナンスでは、最善なガバナンスとは言えないかもしれません。イノベーションや開発意欲が委縮・阻害されることや、過度に軽い制裁しか行えない場合があるからです。

(図4) 比例的配慮の帰結

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また、企業の事業規模が大きくなるにつれ、企業が考慮すべき「しかるべき配慮」の度合いは関数的に増えていくという考え方があります(図4)。この考え方に則ると、データ利活用によって価値を生み出そうと模索している新たな領域と、既に社会で広く事業が展開されている領域では、社会的責任の大きさに違いがあるといえます。
以上のような理由から、データ利活用の黎明期においては、信頼が損なわれることのない形で、同時にイノベーションを阻害しないよう、データ利用者自身による自主的なガバナンスを後押しするツールや仕組みが必要です。

2:同意メカニズムの機能不全

「通知と同意」は、個人の人権や自律を守る上で重要な手段として、多くの国で使われてきました。一方で、同意を取得することだけでデータ利用者の責任が免除されるわけではないことは、社会からのデータ利活用に対するネガティブな反応を見ても明らかです。

また、データ利活用による影響が拡大するにつれて、個人が適切に特定のデータ利活用に対して同意するか否かの判断をすること、つまり適切な意思決定をすることは難しくなりつつあります。これは、認知機能が低下した高齢者だけでなく、認知機能に問題のない人にとっても、重要な課題です。同意が抱えるこのような課題も、データ利用者への(少なくともデータ利用者自身による)ガバナンスが必要である理由の一つと言えます。

実現したい価値について、意思・意図・姿勢を示し、社会とコミュニケーションを行うことの重要性

(図5)信頼構築のためのフレームワーク

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図5で示されてるように、データ利活用に対する信頼構築に関与するアクターは、データ主体とデータ利用者のみに留まりません。多くのステークホルダーが関わっています。そのなかで信頼を構築するために最も重要なのは、データ利用者がデータ利活用によって実現したい価値を、意思・意図・姿勢として示し、社会とコミュニケーションを行うことです。

Good Data Framework のような倫理的に配慮された枠組みがデータ主体とデータ利用者のあいだの信頼醸成につながり、更なるデータ利活用が社会的課題の解決に寄与するよう、今後とも支援していきたいと考えています。

【白書】
日本語版:https://jp.weforum.org/whitepapers/good-data-sharing-data-and-fostering-public-trust-and-willingness
英語版:https://www.weforum.org/whitepapers/good-data-sharing-data-and-fostering-public-trust-and-willingness

【ブリーフィングペーパー】
日本語版:http://www3.weforum.org/docs/WEF_Good_Data_JPN_2021.pdf
英語版:http://www3.weforum.org/docs/WEF_Good_Data_2021.pdf


執筆:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター インターン 根岸咲子
企画・構成:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター ヘルスケアデータ政策プロジェクトフェロー 鈴江康徳


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