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年次総会(通称ダボス会議)2023 - データとインサイト

2023年1月、世界経済フォーラムの年次総会が開催されました。公開配信されたセッションのうち、データ・AIエコシステム関連のものをいくつかご紹介します。
今回は、現地時間で1月19日午後に行われたセッション「From Mass Data to Mass Insights(マスデータからマスインサイトへ)」です。

開催4日目にあたる1月19日全体のハイライトは下記から参照ください。


登壇者(敬称略)

  • Sara Eisen – Anchor, Closing Cell, CNBC

  • Antonio Neri – President and Chief Executive Officer, Hewlett Packard Enterprise

  • Francis deSouza – President and Chief Executive Officer, Illumina Inc.

  • Christian Klein – Chief Executive Officer, SAP SE

  • Laura Alber – President and Chief Executive Officer, Williams-Sonoma


各産業におけるビックデータ活用の最前線

本セッションでモデレーターを務める Eisen 氏は、 米国のニュース専門放送局 CNBC のニュースアンカーです。

冒頭で Eisen 氏は、データを今どのように用いていて、そしていかにしてより良いデータの活用ができるのか、各スピーカーに問いかけました。
ここ最近、世界経済フォーラム年次総会で大きなトピックであり続けているビッグデータですが、無限の可能性があり無限の課題を解決できるとされている中で、最前線ではどのように活用されているのでしょうか。

Sara Eisen – Anchor, Closing Cell, CNBC
世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


まず、サーバー等の企業向けハードウェアの製造販売やサービスを行う Hewlett Packard Enterprise の CEO である Antonio Neri 氏は、2010年からの10年間は情報の時代として非常に多くのデータを蓄積してきましたが、2020年からの10年間は、スーパーコンピューティング、AI、機械学習の発展に伴い、蓄積されてきたデータを用いて実際に多くの社会課題を解決するフェーズになるだろう、と述べました。

Antonio Neri – President and Chief Executive Officer, Hewlett Packard Enterprise
世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


続いて、遺伝子解析のための統合的システムソリューションを提供するIllumina の CEO である Francis deSouza 氏は、唾液や血液などのサンプルから、その中に含まれている DNA や RNA の情報を得ることができる技術を紹介しました。
たとえば COVID-19 の時には、Illumina の技術によって初めての COVID-19 の遺伝子解析が行われ、そのデータを用いて多くの会社や機関がワクチン開発を行いました。
また、妊婦のがんを早期発見する研究においては、生物学の従来手法に基づいて DNA 変異や染色体異常などのバイオマーカーを利用するよりも、大量のシークエンシング・データを対象に機械学習を用いて解析する方が、圧倒的に癌の予測精度が高く、早期発見に役に立つ結果が得られましたと語りました。

Francis deSouza – President and Chief Executive Officer, Illumina Inc.
世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


また、ビジネス向けソフトウェアの開発販売を行う SAP SE の CEO である Christian Klein 氏は、サプライチェーンにおけるデータ活用事例について述べました。

サプライチェーンのレジリエンスを確保する上で、たとえば自動車産業においてトヨタやフォルクスワーゲンといった自動車メーカーから、原材料メーカーに至るまで、データ連携によってサプライチェーンの可視化をすることができます。

また、サステナビリティの観点からも、end to end のサプライチェーン透明化が重要だと Klein 氏は指摘しました。現在、温室効果ガスの排出量を供給網全体で対策することが求められており、自社内だけでなく、取引先、輸配送業者、顧客などと連携した削減努力が必要になっています。そこでは、他社の排出量データ(スコープ3)の共有を通した、サステナブルなサプライチェーンの構築が目指されています。

Christian Klein – Chief Executive Officer, SAP SE
世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


台所用品や家具を販売する Williams-Sonoma の CEO である Laura Alber 氏は、キッチンブランドとして データを活用し overselling (過剰な売り込み)がされがちだと誤解されがちな中で、実際はいかに顧客体験の向上にデータが活用されているかについて説明しました。

例えば、この家具を買ったのに家にあまりフィットしない、といった想定外を防ぐために、過去の膨大なデータをもとにしたリコメンドのアルゴリズムによってこの家のテイストならこの家具が合うだろうと提案してくれることで、無駄な買いすぎを防ぐことができます。さらに簡単な例でも、たとえばベーカリーを買ったときに、たとえばメールリストでパンだけではなくスフレも焼き方も教えてくれるのは、純粋にカスタマー体験の向上にもつながります。

モデレーターの Eisen 氏から顧客データ活用にも最低限のラインが必要ではないかとの質問が投げかけられた、Alber 氏は ”We try to do what they want, and not just optimize our sales” と答え、クライアントのニーズに沿ったビジネスの重要性を強調しました。

Laura Alber – President and Chief Executive Officer, Williams-Sonoma
世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


データ連携の障壁と可能性

ここで話題は、データシェアリングの障壁と可能性に移っていきます。

モデレーターの Eisen 氏から、非常にパーソナルなヘルスケア領域において、中国とデータをシェアしているのかについて質問が投げかけられました。

deSouza 氏は、Illumina 社製品で取得されたデータはローカルに保存されるため、Illumina 社がアクセスできるわけではないと述べました。
同時に、Illumina が提供するサービスとは別のインフラとして、研究者によるデータ連携について言及しました。例えば、 COVID-19 パンデミックの際には全世界のコロナウイルスに関するシークエンスされたゲノムデータをアップロードするプラットフォームを研究者たちが立ち上げ、それによって全世界にて変異株のトラッキングなどができるようになった事例を紹介しました。

世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


ここで、モデレーターの Eisen 氏から「データシェアリングはそもそも良いものなのか?何を重視すべきなのか?」という質問が投げかけられ、それぞれのパネリストが見解を示していきました。

Hewlett Packard Enterprise の Neri 氏は、データそのもののシェアよりも、データから得られたインサイトのシェアを重視していると述べました。スーパーコンピューティングの技術発展を通して、全てを一元化するのではなく、分散されたシステムでネットワークを構築することが可能になりました。この swarm learning と呼ばれるシステムの中では、データは各々が保持しつつも、データから得られたインサイトは全体に共有されます。1つの例として、アルツハイマーと認知症の治療法開発に取り組むドイツの DZNE は、3万人の市民の脳スキャンを毎年行い、swarm learning とAI技術により脳ニューロンをマップすることで、病気につながるタンパク質を発見するプロジェクトを実施中で、2027年までに達成する予定です。
 
SAP SE  Klein 氏は、例えばCEOが集まる議論の場において最も難しいのは、それぞれのビジネスモデルが悪影響を受けず、データシェアリングによって皆が win-win の関係になると納得してもらうことだと述べました。また、ドイツでは、COVID-19 の感染者と接触した人が通知を受け取れる位置情報トラッキングアプリを 4500 万人がダウンロードしています。実際にアプリを使う側、また消費者がオプトインしたい(参加したい)と思えるようなシステム設計をすることが大事であると強調されました。
 
IlluminadeSouza 氏は、データをシェアする代わりに、皆がクエスチョンをシェアすることも一つの方法だと述べました。例として、ある小児科関係の医療機関では非常に稀にしか発生しない遺伝子疾患に関して、他の医療機関に「このような疾患と遺伝子配列を持った子供がいるが、誰か過去の報告事例を知らないか」と問い合わせるシステムが構築されています。このシステムにより、データそのものを他の医療機関とシェアする必要はなく、質問を受けたら、自院のデータを調べて報告事例があったのみ回答することができます。

世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


SNSからのデータ利用と青少年保護

次にモデレーターの Eisen 氏から、SNSからパーソナルデータを取得して商業目的で利用していることについての是非について問題提起がありました。

 Hewlett Packard Enterprise の Neri 氏は、公共部門は子供の教育において重要な役割を果たすが、基本的にSNS利用の問題については対応が追いついていないのが現状だと語り、官民連携の重要性を強調しました。しかし同時に、SNSによって子供の集中力が下がっていると言われがちな昨今、若者の中には自らスマートフォンに使用時間の制限をかけるなど、SNSから距離をとる潮流も生まれていると指摘しました。

Williams-SonomaAlber 氏は、SNSの利用やその危険性に関して大人は自らの責任で判断を下せるが、子供に関しては何が悪い要素でどうSNSに向き合うべきかの教育がより必要になると語りました。

世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


別の議論として、大量データをいかに利用するかを考えたとき、サプライチェーンが好例になるとも Alber 氏は指摘しました。例えば、Williams-Sonoma ではサステナビリティに関して先進的な取組みをしているものの、サプライチェーン全体を把握しきれているわけではないと述べました。さらに、リテール・ビジネスとして競合が存在する以上、カーボンフットプリントに関するデータ連携の壁もあると問題提起を行いました。

この話を受けて、モデレーターの Eisen 氏は、サステナビリティに関してテック企業はどのような取組みをしていけるかと質問しました。

SAP SE  Klein 氏は「なぜこのデータをシェアし、シェアによってお互い win-winになることができるメリットは何なのか」を明らかにすることが重要であると改めて強調しました。
また、先の議論に戻り、多くの企業がSNSから情報収集をしている中、全てを規制することは難しいものの、例えば、どのようなアルゴリズムで動いていてどのようなリスクがあるのか子供に教育することができるだろうと語りました。

世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


データ活用に関する公共部門への期待

話題は、パブリックセクターが果たす役割に移っていきます。

IlluminadeSouza 氏は、バイオテクノロジー分野における政府の役割について、3つのポイントを挙げました。

第一は、民間への支援です。例えば、Illumina がシークエンシングの価格低下などを通して技術自体をアクセスしやすいものにしようと努力する中で、膨大なデータが生成されています。同時に、データ量の増加が課題になっています。データ・ストレージに関しても技術的革新を遂げていくために、公共部門からのサポートが必要になると語りました。

第二に、データセットにおける人種的格差の問題です。今までにシークエンスされた大部分のデータセットは Caucasian (白人)のものであり、African ancestral (アフリカ祖先)を持つ人は全世界の7割を占めるのに対して、African ancestral のゲノムデータは2%しかありません。データの公平性を目指して、人種的多様性を備えたゲノムデータを扱うプログラムを公共部門がリードする必要性があると指摘しました。

第三は、データ連携におけるグローバル・ポリシーです。パンデミック中、南アフリカにおいて新しい変異株が報告されたとき、それが既にヨーロッパで蔓延していた変異株だったにもかかわらず、米国などは南アフリカに対して入国規制措置を取りました。透明性の高いデータ連携を推進するため、このようなケースにおいては、罰を与える方向性で対応するのではなく、財政支援の増額やワクチン・診断機器の提供といった、ポジティブな方向性での協力が肝心となると強調しました。

世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


これを受けて、Hewlett Packard Enterprise の Neri 氏は、 ”Positive enforcement VS negative constraint” (ボジティブな執行 VS ネガティブな拘束)という対比を用いて同意を示しました。

また政府が力を発揮しうる例として交通分野を挙げました。各社が自動運転の技術を開発し実装していく中で、例えばブロックチェーン技術を用いてそのインサイトを商業化しシェアすることができると述べました。例として、先の道にブラック・アイスバーンがあるという情報を、異なる自動車会社どうしがシェアするといったものがあります。

世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


SAP SE  Klein 氏は、ヨーロッパにおいてはデータセキュリティに関する規制が厳しいため、大手テック企業とスタートアップの間でAI技術の開発における機会の不平等があると語りました。

Williams-SonomaAlber 氏は、Cookie が無効になり顧客のサイトアクセス情報が得られない中でいかにしてデータを活用できるかについて、カスタマーとの関係自体がより重要になってくると述べました。また、データ活用の目的として、カスタマーによりフィットしたプロダクトや体験を提供し提案することだということを再度強調しました。

世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


質疑応答

最後にフロア参加者との質疑応答が行われました。
1つ目の質問として、炭素排出量の公表について、その価値や是非についてどう思うかというものが投げかけられました。

Williams-SonomaAlber 氏は、公表について非常に強く支持し、実際に自社でも実践していると述べました。しかし同時に、例えばグリーン・エネルギーを利用した船舶について交渉が必要になるなど、最も難しい点はスコープ3であると問題提起しました。

IlluminadeSouza 氏は、炭素排出量の削減はサステナビリティのみではなく、アクセシビリティの観点からも重要であると語りました。
例として、Illumina 社が新しく発売するシークエンシング機器は、コールドチェーンを必要としないため、ドライアイスやプラスチックの使用量が格段に減少します。同時に、アクセシビリティの観点から、幾つかの国においてはコールドチェーンがないことから、コールドチェーンを必要としないシークエンシング機器の導入により、新たな国々が新しく Illumina の技術にアクセスできるようになりました。
また、ルールに関して、何を公表すべきかについての基準がいくつもあることから、公表すべき項目に関するよりシンプルで一貫性のあるフレームワークを策定すべきと語りました。

世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


2つ目の質問は、ビッグデータ活用で実現できること”What”についてはよく議論されるが、なぜそれを実現する必要があるのか”Why”についてはあまり聞かないので、意見を聞きたいというものでした。

Hewlett Packard Enterprise の Neri 氏は、「多くの未解決の問題に応えることができるため」との理由を示しました。そして、多くのデータが生成され、さらにデータ・ストレージにも非常に多くのエネルギー消費が必要とされる中で、視点を一歩先に進め、気候変動や遺伝子などの未解決の問題をどう解決するかにフォーカスすべきだと語り、本セッションは終了を迎えました。

世界経済フォーラム年次総会2023「From Mass Data to Mass Insights」より


このセッションのオンデマンド配信はこちらをご覧ください ↓

https://www.weforum.org/events/world-economic-forum-annual-meeting-2023/sessions/from-mass-data-to-mass-insights


執筆:西貝茂辰(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター インターン)
企画・構成:工藤郁子(同日本センター プロジェクト戦略責任者)

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