見出し画像

アフターコロナで「ミスマッチ」が拡がる退職金制度。

令和2年になって突如発生した新型コロナウイルスで働き方が大きく変わろうとしている。満員電車は一時的に消滅し、オフィスで働くビジネスパーソンは在宅勤務やZOOM会議が当たり前になった人もいるだろう。

すでに大きく報じられているが、カルビーは業務に支障が無ければ単身赴任を解除すると発表し、富士通はオフィスをを半減して8万人の社員を対象に在宅勤務を標準的な働き方にするという。

コロナをきっかけに働き方が大きく変わる兆しを見せている状況で、退職金制度も変わろうとしている。自民党の甘利明税制調査会長は退職金が税制で優遇されていることを挙げ、「日本企業の終身雇用や年功賃金もずいぶん変わってきた。働き方で損得が出るのは避けないといけない」と語った。

昨年6月には金融庁が公表した資料により、老後資金は2000万円必要という記述が大きく話題にもなった。年金不安や雇用の変化で老後資金をどうするか?これは極めて重要な問題だ。本来であれば退職金も年金と並んで老後資金の要となるはずだが、どこまであてになるか?と疑念の眼で見られている。

保険を売らないFPとして共働きの夫婦にアドバイスを提供する立場からこの問題を考えてみたい。

■退職金は後払いの賃金である。

退職金は長年働いた社員へ与えられるご褒美のようなもの、というイメージで捉えている人もいるかもしれないが、現実には「賃金の後払い」が正確な実態を表している。実際、企業によっては「選択制退職金制度」といって、退職金として将来受け取るか、今の時点で給料として受け取るか、社員が自ら選べる企業もある(退職金制度は法律で義務付けられておらず、全くない企業も多数ある)。

企業年金でも「選択制企業型確定拠出年金(選択制DC)」といって確定拠出年金で運用するか、それとも今の時点給料として受け取るか、選べる仕組みがある。実態としては選択制の退職金に近い。

そして甘利氏が指摘したように、給料よりも退職金の方が税制で優遇されている。退職金が優遇されている理由は、企業は社員を安定して確保したい、社員は安定して働きたい、そして雇用の維持を重視する国はそれを税制で支援している、と三者の思惑が一致した面がある。つまり退職金が安定雇用の、離職しない事のインセンティブとして利用されていることになる。

さらにその源流をたどると経済学者の野口悠紀雄氏が「1940年体制」と呼ぶ制度にも突き当たる。戦時中に実施され、株主や従業員が抜け駆けして儲けることなく、戦争に国力の全てをつぎ込めるように施行された国家総動員法により、能力よりも勤続年数に応じた年功賃金や定期昇給、つまり日本的な雇用が戦時中に形成されたことが背景にある。

これは過去にカネカで育休明けの転勤を命じられた男性社員がSNSで話題になった際にも記事で書いた。

■雇用を歪める「解雇禁止」のルール

甘利氏のインタビューでは、退職金を優遇する仕組みを無くそうとしていると読める。会社員かフリーランスか、働き方で損得が出るのは避けるべき、というのはもちろんその通りだが、会社員にとっては改悪だろう。

現在では退職金よりも給与所得の方が税制的に不利なため、前述の選択制退職金制度では「後払い」で貰った方が税金面だけで言えば得になるケースがほとんどだろう。

健康保険、年金、失業保険、そして退職金と、いずれもフリーランスや自営業と比べて会社員の方が有利な仕組みは多い(もちろんその分負担も多いが)。そういった意味では格差は是正されるべきだ。ただ、そのために必要なことが本当に退職金制度の変更なのか?ということになる。

現在の雇用制度は解雇四要件によって実質的に倒産寸前にならなければ解雇が出来ない。そのため企業は可能な限り雇用者数を絞って残業時間で雇用調整を行い、それでも帳尻が合わない場合は辞令一つでどこにでも転勤させる。結果として長時間労働が蔓延し、企業側は「採用は自由だが解雇は不可能」となり、従業員は「雇用と引き換えにあらゆる不都合を押し付けられる」、という双方ともにマイナスの多い仕組みになっている。

新卒一括採用も雇用の流動性が極端に低い状況を前提に、企業は「優秀な人を他社に先駆けて確保しておきたい」、一方で学生は「最初の就職でミスをすれば生涯マイナスの影響が残る」と、転職が無いことを前提に企業・学生ともに最適化した結果生まれたものでもある。

そもそも終身雇用も新卒一括採用も法律で決められているわけではなく、本来は「制度」などと呼ぶようなものではないはずが、実際には多くの大手企業がこの流れに乗って当たり前のように採用活動を行っている。言うまでもなく多くの中小企業は未経験者を育てる余裕はなく、40年後まで生き残っている企業はごく一部で、新卒採用も終身雇用も無縁の世界だ。

したがって新卒一括採用は良いか悪いか?という議論が何十年も続く理由も「(流動性が極端に低いという)特定の条件を前提に大手企業だけが最適化した歪な仕組みだから」という事になる。前提自体がおかしいと考える人は「20代前半で一生が決まりかねない酷い仕組み」だと否定的に、前提を現実にあるものとして受け入れる人は「スキルも経験もない若者が給料をもらって仕事を学べる良い仕組み」だと肯定的に捉える。

どちらの意見が正しいのか、そして今の状況は良いのか悪いのか、その判断は人それぞれで構わないが、少なくとも「解雇が出来ない」事を前提に出来上がった仕組みであることは動かしようが無い事実だ。解雇が容易であれば全く違った仕組みになっていたことは間違いない。

■カネカとタニタ

先ほど挙げたカネカのトラブルでは、転勤を少しでも先送りできないかという社員の希望に対して、「希望を受け入れるとけじめなく着任が遅れる」と公式リリースで説明している。要するに解雇しないかわりに勤務先は会社が決める仕組みなのだから文句を言うな、一人だけわがままは許さない、という説明になり、結果としてさらに不興を買った。

明らかにヘタクソな説明ではあるが、日本の企業は多かれ少なかれカネカ的にならざるを得ない。なぜなら解雇が容易ではないという前提は全ての企業に共通しているからだ。

金銭解雇はアリかナシか?という話題は度々話題に登り賛否両論となるが、今回出てきた「退職金が有利」という話は雇用において表面的な結果であり、その裏には「自由な働き方をしたい人」がいて、「柔軟な雇用をしたい企業」があって、一方でそれが出来ない法律や判例が障害となっている状況がある。

これは社員の業務委託化を進めたしたタニタの「矛盾」にも表れている。社員の自由な働き方は大いに推進すべきだと思うが、一方でこれは明らかに企業側が雇用リスクを逃れるための仕組みにしか見えない。タニタは「複数の弁護士事務所に相談して問題ない事は確認している、それでもブラック企業とか偽装請負などと批判されるのは納得行かない」と日経新聞インタビューに答えている。

ただ、やはり筆者から見ても本当に法的に許されるのか? グレーゾーンを攻めているだけなのでは?という疑問はぬぐえず、賛成の反対なのだとバカボンパパのような事を言いたくなってしまう。

■自由な働き方を羨ましがるワカモノ。

筆者が仕事を依頼しているフリーランスで、不思議な働き方をしている人がいる。

常に3つも4つも仕事を掛け持ちしていて、しかもそれらはいずれも微妙に異なるジャンルだ。このように説明するとフリーランスなのかフリーターなのか良くわからないように聞こえるかもしれないが、同年代の会社員よりもよっぽど稼いでいる。そしてコロナ前から在宅勤務も多く、複数の仕事をやる事で様々な経験を積んでむしろスキルアップしている。こう説明したらどう聞こえるだろうか。

その人は「よその仕事」で得たスキルを活かして筆者の依頼を難なくこなし、加えて畑違いかな?と思いつつも依頼した、異なる分野の仕事も積極的に学び、取り組むことで更にスキルアップをする。

そのスキルを活かしてまた新しい仕事をゲットしてキャリアアップするという、まるで「わらしべ長者」のような働き方をしている。不器用な筆者からすると到底真似出来ないなぁ……と驚いてしまうが、そんな働き方を本人は楽しんでいるようだ。しかも複数の仕事を掛け持ちすることでまるで分散投資のようにリスクヘッジにもなっている。

収入面はもちろん、これだけ分散出来ていれば仕事で理不尽な対応をされたら辞めることも容易だろう。転職できないからブラック企業で嫌々働く、という状況にも無縁だ。

働き方に悩んでいる、将来のスキルアップはどうしたらいいか、という若い人にこのフリーランスの話をすると、真っ当な企業で正社員として働いている優秀な人が、口をそろえて「羨ましい!」と言う。ある意味でアフターコロナ的な働き方を先取りしていたわけだが、こういう人にとっては退職金制度は良い悪いとか賛成反対ではなく、単純に関係の無い話、という事になる。

■退職金の裏にあるもの

退職金の話から完全に横道にずれてるじゃないか、と思われかもしれないが、「退職金は賃金の後払い」と説明したように、あくまで賃金の貰い方という働いた後の話だ。更にその税制の有利不利という話に至っては枝葉末節でしかない。

退職金制度が過剰に有利なのであれば、それを無くしたり減らすのでなく、厚生年金の無いフリーランスのiDeCoの上限を引き上げるなど、フリーランス側を有利にする方法もある(iDeCoは全額所得控除の対象で掛け金が多いほど節税効果が高まる)。

アフターコロナで「自由な働き方」が広まれば、退職金制度とのミスマッチは更に拡大することになるが、結局退職金の改悪については取りやすい所から税金を取る、といった話でしかない。社会保険料は企業負担分も合わせれば年間で60兆円以上と、税収の柱となる所得税、法人税、消費税を合わせたよりも多く徴収されている。元々負担の重い会社員に対して、今後退職金に更なる多額の税金がかけられるなら世代間格差が広がるだけだ。

今の若者は、あるいはオジサンも含めて、定年退職まで同じ会社で働けると思っている人はほとんどいないだろう。安定雇用のインセンティブとして退職金にどれだけ意味があるのか?という事になる。

筆者の仕事に引き付けて考えるなら、都内に新築マンションを買えるような収入の高い共働きの夫婦でも老後資金の心配をしている。こんな不安だらけの状況で景気が良くなるわけ無いし経済も成長しないよなあ……と、シミジミと思ってしまう。

#退職金制度は必要ですか ? と考えるのであれば、その土台となる雇用や働き方からライフスタイルの変化、そして年金不安まで、法制度も含めて根本から考え直すきっかけとしたい。

中嶋よしふみ FP・ウェブメディア編集長・ビジネスライティング勉強会オーナー

#COMEMO #退職金制度は必要ですか

■関連記事

●漫画「ドラゴン桜」の国語教師に学ぶ、読まれる文章の書き方 https://note.com/bz_write/n/ne04bc198e89b

●ガイアの夜明けに学ぶ、読まれる文章の書き方
https://note.com/bz_write/n/nc0529a5e0f8f

●「ミスチルの歌は恋愛あるある」レイザーラモンRGに学ぶ、読まれるネタの選び方 
https://note.com/bz_write/n/n266cacc101fe

●あなたは「難しいことを分かりやすく説明」出来ますか?~池上解説を身に着ける方法~
https://note.com/bz_write/n/n45e79c514ffe

●夏目漱石が「I love you」を「月がキレイですね」と訳した理由https://note.com/bz_write/n/n316d3ecb2dd1

●VERY編集長・今尾朝子さんに学ぶタイトルのつけ方
https://note.com/bz_write/n/na9236e9985dc


■士業と専門家向けに、記事を書いて集客とマーケティングを行う方法を教えています。

正しい文章の書き方は小手先のテクニックではなく、「何を、どのように書くか」です。すべて学びたい人はビジネスライティング勉強会に参加して下さい。(noteのサークル機能を使ったオンラインサロン)

特に士業と各種分野の専門家を歓迎していますが、働き方や業種は問いません。会社員や女性、地方在住の方など、様々な人が参加しています。