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ドメスティックバイオレンスを嘘と決めつけた人生相談が炎上した件について、編集者目線で伝えたいこと。

先日、とある記事が炎上した。

写真家の幡野広志氏がcakesというメディアに掲載している「幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。」という連載だ。過去には書籍化したこともある人気連載だが、擁護はごくわずかで非難轟々となっている。

連載内容は読者から相談を募ってそれにこたえるスタイルだが、最新の記事(10/19)は夫から精神的なDV(ドメスティックバイオレンス・家庭内暴力)を受けている女性からの相談とかなりヘビーな内容だ。

一方で記事タイトルは「大袈裟もウソも信用を失うから結果として損するよ」というタイトルで、幡野氏は「話半分どころか1/8くらいで相談を聞いた、相談内容はウソや大袈裟過ぎるのでは?」と回答をした事で炎上している。

結果的に記事は削除され、幡野氏とcakesは謝罪に追い込まれた。幡野氏には「DV相談に嘘をつくなという回答なんてありえない」と批判が殺到し、記事を載せたcakesも「なんでこんな記事を載せるのか?編集部は内容をチェックしていないのか?」と批判されている。

10月19日に公開された幡野広志氏の記事に関するお詫び|幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。|幡野広志|cakes(ケイクス)

よくこんな酷い記事を載せるな……と筆者も批判的に見ていたが、知人が「好きな文章を書く人なのに残念」と話していたことで、この記事と幡野氏への見方も変わった

実際、過去には書籍化されている連載なのだから人気があり、良い回答や面白い回答をしていたことは間違いないのだろう。それにも関わらず今回突然大失敗をしてしまった。

結論を先に書いてしまうと、今回の炎上は「たまたまバカな人が変な記事を書いて炎上した」といったような単純な問題ではない。

筆者はウェブメディア編集長で、専門家向けに執筆指導を行っているため、コンテンツの制作は業務の一つだ。また、ファイナンシャルプランナー(FP)としてお金に関する相談に乗り、相談を紙面で再現する連載を書いていたこともある。相談も相談の記事化も業務の一つだ。

現在は個人でSNSやブログで情報発信をしたり、企業が自社でメディアを運営しているケース(いわゆるオウンドメディア)は珍しくない。コンテンツや情報発信がこれほど多くの人にとって身近になった時代は無く、今回のような問題は決して他人事ではない。

批判は他の人がすでに行っているので、個人攻撃ではなく視点を変えて上記のようなFPで編集長という筆者の立場から、なぜ今回の記事は炎上したのか? 相談記事はどうあるべきなのか?を考えてみたい。

■DV相談は大袈裟?

分野を問わず、そして紙・ウェブを問わず、悩み相談は定番コンテンツだ。まずは相談とその回答を改めて確認したい(ウェブ上のキャッシュより確認)。相談者は若い女性となっている。

相談内容を読むとDVと言っても殴る蹴るではなく、夫と義父の両者から精神的に追い詰められるような状況で、子育てや家事について厳しく責められる、夜中に起こされて家事のやり直しをさせられる、義父から何時間も説教される、といった状況だという。

加えて夫は毎日深夜まで長時間労働でストレスを貯めているから、こういった仕打ちも仕方ないと思って我慢していたが実は深夜まで飲み歩いていたことが発覚。私も必死で働いて子育てと家事をして家庭と家計を支えてきたのに酷過ぎる、もう我慢の限界、でも子どもは夫になついているのでどうしたら良いか……という相談内容だ。

かなり深刻な相談内容だが、幡野氏は話半分どころか1/8くらいで相談を聞いた、と茶化すような表現で相談内容を半ば否定する。

「夫の態度に嫌気がさして実家に帰ろうとすると、夫の実家に引きずって連れていかれて義父に何時間も説教をされる」
「毎日夜中まで働いていたと思ったら夜中まで飲み歩いていた事が分かった」

上記の相談内容についても、文字通り女性を引きずって歩いている男性が居たら普通は逮捕されるのでは? 夜中まで働いてお酒を飲んだ上にあなたを実家まで引きずっていく体力があるのなら、覚せい剤の使用を疑った方が良いのでは?と答えている。

そのうえで、実際にそういう事ではなく、「それ位の感じ」ということなんだろうけど、相談でこういう大袈裟な言い方をすべきではない、ウソや大袈裟は簡単に見抜かれる、と回答している。

まずは重箱の隅をつつくような回答から、相談者に全く寄り添っていないという問題点が明確に見受けられる。

■相談に答える「資格」。

夫の実家に引きずられていくという表現について、客観的にどういう状況かは別にして、主観的にはそう感じるほど相談者が辛い状況である事は明らかだ。引きずられる、という表現は精神的に強く束縛されていることをイメージさせる。行間を読まないと分からないほど難しい表現でもない。

もちろん相談内容全般に言えることとして、夫側にも言い分があることは間違いないが、相談者が大変な苦痛を受けていることは違和感なく読み取れる。

そんな酷い状況でも簡単に離婚はできないと葛藤していたが、長時間労働が嘘だと分かって半ば絶望した状況であることも相談内容から分かる。

この点にも「夜中まで働いてお酒を飲んで」と誤読しているようにも読める。しかも相談者の絶望的な状況を考慮せず、そこまで目茶苦茶な行動はドラッグが原因では?と再度茶化すような回答をして、他人に相談するなら大袈裟な表現をするなと説教までしている。

連載のタイトルは「幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。」となっている通り、過去の記事を読んでも「あくまで自分が個人的にどう思ったか遠慮なく回答します。どう受け取るかはあなた次第です。」というスタンスで、今回も同じように個人的な意見として回答しただけという事になるのだろう。

相談したいと自ら希望した人に個人的な回答しただけ、だから問題ない、という事になるのだろうか。法的な問題があるかは別にして、コンテンツの内容としては大問題だ。その理由は相談者を傷つけているからというだけではなく、本来「答える資格」のない人が相談に答えているからだ。

■夫婦ゲンカは痴話喧嘩か?

「夫婦ゲンカは犬も食わぬ」と言われるように、夫婦ゲンカはよくある下らないこと、取るに足らないこと、というのが一昔前の認識だ。

それが今ではDVという言葉が一般的にも知られるようになり、夫婦間や家族間のケンカは内容によっては決して下らないことや取るに足らないことではなく、時には肉体的・精神的な暴力を伴う酷いものである、と認識されている。

夫婦や恋人であっても、深刻なDVのトラブルにはDV防止法やストーカー規制法が適用されることもある。要するに犯罪だ。

つまり今回の相談への回答は、法律や被害者支援の制度に関する知識が必要だった可能性があり、場合によっては被害者に加えて加害者側である夫へのカウンセリングなど、医療に関する知識も必要だったかもしれない、ということになる。

この連載は過去の相談を見ても様々な人生の悩みを扱っていることから、夫婦間のトラブルも対象になると考えたのかもしれないが、もし以下のような悩み相談が届いていたらどう対応していただろうか。

「毎日食欲がなく、全く眠れず、仕事に行く気力もなく、とうとうクビになってしまいました。今はほぼ引きこもり状態で貯金を取り崩す毎日、将来が不安です」

このような相談ならば、自分達が答える問題ではなく心療内科や精神科が対応すべき病気では?と編集者も幡野氏も認識しただろう。

実はこういった本来専門家が答えたり考えたりすべき事を、素人が常識や気分、考え方やマナー等の問題に置き換えて問題になるコンテンツは決して珍しくない。

■有給休暇は「マナー」の話?

過去には女性が生理日をずらす方法として、風邪薬を飲んだり無理なダイエットをすればいい、と書かれた記事が問題となり謝罪・削除に追い込まれたことがある。また、彼氏にフラれたからと有給休暇を取得してはいけないと、有給休暇をマナーや常識と絡めた記事が炎上したこともある。

言うまでもなくこれらの話は、生理であれば「医療」の話なので医者に、有給休暇であれば「法律」の話なので社労士や弁護士に、といった具合にいずれも専門家の守備範囲で、それを編集者やライターが認識していなかったことがトラブルの原因だ。

有給休暇の記事が炎上したときには「自分の書いた記事が炎上しないか不安だ」という相談を難関資格を持つ専門家の書き手から受けた筆者は以下のように答えた。

「全然怖くないですよ。専門家として自信をもって書ける事だけ書けば良いんです。有給休暇の記事を書いたライターとか編集者も、自ら専門知識が無くても『この話は弁護士とか社労士の守備範囲だ』という事さえ分かっていれば何の問題もなかったし、むしろ『彼氏に振られて有給休暇取得はアリなのか?社労士に聞いてみた』なんてタイトルの記事なら有益な上にバズってましたよ」

もちろんコンテンツの作り方に絶対的な正解はない。専門外の事に異なる視点から言及する、といった記事の書き方もあり、むしろそれが面白いケースもある。ただし、医療や法律などセンシティブな内容であれば慎重にコンテンツを作るべきなのは言うまでもない。

これはいい加減かつパクリコンテンツで大問題となって閉鎖した、かの有名な「ウェルク騒動」にも繋がる話だ。

■薬剤師に依頼したコロナウイルス特効薬の記事。

筆者が編集者として医療記事のネタを考案したこともある。

コロナウイルスの特効薬として話題になったアビガンという薬について、総理が大量に備蓄すると言及したことから、「緊急事態にゴチャゴチャ言ってないで早く承認しろ」という話が今年4月頃にはアチコチで聞かれた。未承認、つまりコロナウイルスの薬として一般的に処方出来る状態では無いにも関わらず、医療従事者全員に配れとテレビで主張する人物まで出てくる始末だ。

さすがにおかしいと思ったが、医者でも薬剤師でもない筆者がそういった記事を書くわけにはいかない。そこで医薬品の開発に携わった経験のある薬剤師に確認したところ、薬の安全性を確認する「治験」が始まったばかりなのにさすがにこれはおかしいという話になり、その話を記事として書いてもらった。

期待のアビガンが簡単に処方できない理由 ITmedia ビジネスオンライン

幸い多数のアクセスを集めて、おかしな空気に「水をさす」役目を果たすことは出来たのではないかと思う。実際、記事の公開から半年も経った10月時点でもアビガンはいまだに承認されていない(一部では11月に承認される見通しと報じられている)。


一方で、筆者はFPとして完全な専門外の話に言及する事もある。


これは被災地に支援物資が殺到することでかえってトラブルになる状況について、機会費用・ボトルネック・リードタイムといった経済学やビジネス(工場の生産管理)で使われる考え方を応用して原因を分析した記事だ。

素人が適当な事を書きやがってと言われそうな内容だが、上記ページ内で紹介しているように防災学を専門とする教授から「極めてまともな指摘」という感想を頂き、幸いシェア数は2000を超えて読まれた。

素人の書いた記事が専門家も納得する内容になった理由は偶然ではなく、自分なりの視点からこの問題を見るとどうなるか?という書き方で「事実関係は正確に調べたうえで、知っている事だけを書いて知らない事には一切触れない」というスタンスに徹したからだ。


■「相談」に真摯に対応しているか?

結局、DVの相談記事が炎上から謝罪、削除にまで追い込まれた理由は、慎重に扱うべき医療や法律の問題に雑に触れた、慎重に扱うべき問題であるという認識がそもそも無かった、専門家が対応すべき医療や法律の領域に素人が踏み込んだ……このように俯瞰した視点で見れば、過去に炎上した記事との類似性もあり、決して珍しい問題ではない。

「あくまで自分が個人的にどう思ったか遠慮なく回答します。どう受け取るかはあなた次第です」

連載のスタンスはこのように見えると書いた。多数の読者に読ませる以上は面白い内容でなければ意味がない。結果的に相談への回答が主眼ではなく、面白いコンテンツにすることが優先される。つまり読者からの相談は面白い記事を作るための「ネタ」として扱われる。

相談者もある程度それをわかったうえで応募しているとは思うが、果たしてそれでいいのか、相談記事を作っている全ての編集者は改めて慎重に考えるべきだ。

FPのマネー相談記事はウェブメディアでよく見かける定番コンテンツだが、相談の多くはメールでのやり取りだ。場合によっては相談者に追加質問くらいはしているかもしれないが、対面で相談を行っているケースはまずないだろう。あまりに手間がかかってワリに合わないからだ。

■相談に答える責任は極めて重い。

筆者が日経DUALという共働きの夫婦向けメディアで住宅購入の相談を連載していた時は、すべて対面で相談を行った。紙面で募集した夫婦に3時間程度の相談を無料で提供し、録音した音声を聞きながら読んで役に立つ&面白い箇所を記事化する、なおかつ本人が特定できないようにプライバシーにも配慮する、という書き方だった。

この連載は原稿料を通常の10倍貰っても良いほど手間をかけていた。それでもメール相談にしなかった理由は、メールのやり取りだけで十分な相談は出来ないと考えていたからだ。

正直に書けば、記事を読んだ読者がお金を払って相談に来てくれれば割に合う、と判断していたから実現していた連載でもある。ただ、FPとして有料相談を生業にしている以上は、手を抜いたメール相談で相談者に間違ったアドバイスをして迷惑をかけることはプロとして許されない、特に住宅購入の相談は人生に関わる重要な相談だから、という判断も当然あった。

実際他のFPの相談記事を読むと、あきらかにヒヤリングに失敗してメチャクチャな回答をしているケースも散見される。これを読んだ相談者は大丈夫なのか?と心配になるような記事まである。


ウェブメディアで質の低いコンテンツが出てきてしまう理由は、収益性の低さや書き手不足など様々な問題もあるが、新しいメディアとしてまだ発展途上であることが一番の原因だ。筆者は専門家向けに執筆指導を行うなどクオリティについては問題意識を持っているつもりだが、残念ながらそうではないメディアも多数ある。

cakesはコンテンツのクオリティについて問題意識を高く持っているメディアであると認識していたことから、今回の炎上トラブルはあまりに残念と言わざるを得ない。ただ、これはウェブメディア全体の問題でもある。

cakesは再発防止を、他のメディアは同様の事例を引き起こさないために、今回の記事で書いた「書く資格」や「守備範囲」の話を参考にされたい。

DVの被害を受けていたという相談者が今回のトラブルでさらに傷つかないよう、編集部には今後も丁寧な対応を期待したい。

中嶋よしふみ FP、シェアーズカフェ・オンライン編集長、ビジネスライティング勉強会オーナー


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