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カフェの大テーブルに見る人間模様

次の予定まで3時間ほど空いたある日、本でも読もうと都内のカフェに入った。

時間は午後3時。渋谷の大型商業施設に入っている店内は、友人グループやカップル、お一人様で賑わっている。私が見つけたのはカフェの入り口付近にある、横長の大テーブル。真ん中がアクリル板で仕切られていて、長辺に6人ずつ、12人掛けだ。リモートワーク中の社会人や、横並びに座ってスマホを見せ合うカップルを横目に、わたしは一席だけ空いた角の席に腰を据える。

真向かいは買い物の休憩中らしい同世代のお姉さん。
斜め向かいは、試験に向けて一緒に頑張ろう!と2人で自習をしている学生さんたち。お隣りは、音楽を聴きながらスマホを眺めている若い男の子。

30代半ばの私は、大きめのホットチャイティーとレーズンサンドをお供に、
読もう読もうと思って持ち歩いていた文庫本を開く。

ガヤガヤしてる。でも、ちょうど良い。
誰もお互いのことに興味なんてないだろうけれど、かといって邪魔も干渉もしない。スマホが大テーブルで「ブブブブブブ」と響く、あのプチ・ドッキリも起きない。お互いがお互いのことを、無意識に思いやっているのだろう。

あぁ、なんて心地よい読書時間。

15分くらい経ったのだろうか、真向かいのお姉さんが旅立った。
いってらっしゃい。気をつけて帰ってね。もしくはショッピングの続きを楽しんで。

すぐに、大きなギターケースを抱えたお兄さんが真向かいに座った。
浜野謙太さんみたいな雰囲気のお兄さんは、私のように文庫本を取り出して読み始めた。あら、同志ですね。エンジョイしましょう。と心の中で勝手にエールを送る。

気付けばお隣りの若い男の子がいなくなっていた。
なんでそれに気付いたかといえば、次の方が座りに来たからなのだが・・自習の学生さんたちも、浜野さん(とお呼びする)も私も、彼女にリズムを乱されることになる。

「ドン!ジャー!ボスッ!ギーギギー!はぁっ。」
翻訳:バッグ置く、ファスナー開ける、座る、椅子引く、ため息(大)

突然、私の視界に圧がかかった。予想以上に、彼女のバッグが私のエリアに侵入しているのだ。しかも、ずっとそのバッグをガチャガチャやっている。探し物をしているらしい。

「ドン!ドン!シャー!はぁ。カタカタカタ・・」
翻訳:ラップトップなど置く、筆箱置く、筆箱のファスナー開ける、ため息、タイピング。

あら、なんかストレスフルなことでもあったのかね、とチャイに手を伸ばすと、斜め向かいの自習学生さんが彼女をすごい目で凝視していることに気付く。そうだよね、ちょっと集中を乱されるよね。ドンマイだ。切り替えよう。

浜野さんにちょっと目をやると、浜野さんは全然大丈夫そうに本を読んでいた。器の大きい人だ。私はといえば、すっかり彼女に気を取られて、同じ行をもう4回くらい読んでいる。日本語は第一言語のはずなのに、全く意味が入ってこない。

「カタカタカタカタ・・ドンッ!」
「ズォー・・はぁカタカタカタカタ・・カリカリバンッ!」
(ここからは想像してお楽しみください)

この人の音は、なぜこうも気が散るんだろう。もうこうなったら、と、私は読書を少し諦めて、本を読むふりをしながら、彼女を視界の端っこで観察してみることにした。

そして、わかった。
彼女の所作は、全てがマルチタスクなのだ。
片手で文字を打ちながらドリンクをすすり、ノートをとりながら画面をスクロールし、ペンを半ば放ると同時にもう文字を打ち始めている。

比べて浜野さんは、一度に一つのことしかしない。
本を読む。本から目を上げる。ドリンクに手を伸ばす。持つ。飲む。戻す。そしてまた本に目を落とす。

自習学生さんも同じ。
ペンを走らせる。ペンを置く。テキストを読む。マーカーを手に取る。線を引く。キャップをして置く。またテキストを読み続ける。

その時その時の自分の動作ひとつに集中しているから、物をぞんざいに置いたり放ったりしないのだろう。今やっていることをしながら、もう次のことをやり始めていないから、今やっていることを終えてから次に移っているから、周りの気遣いも無意識レベルでしているというよりは、無意識に所作が丁寧になるのだろう。

ドンガラガッシャンの彼女との違いがわかって、なんだかスッキリした。
なんだかスッキリしたら、読書にまた没頭できるようになった。
彼女もきっと、色々あるのだろう。

そんな彼女は、ものの10分くらいで出て行った。
嵐のような人だったなぁ。

また、騒がしいけど落ち着く時間が流れる。

その後もまた、いろいろな人が座ったり旅立ったりした。

わざわざ狭い短辺部分に椅子を持ってきて、新聞を広げて読んじゃうおじさん。もくもくとiPadでイラストを描き続けるお姉さん。「椅子にお尻つけてた?」と思うくらい短時間で立ち去ったビジネスマン。

浜野さんもまたギターを抱えて出て行ったし、
私も、いつの間にか文庫本は読み終わり、
待ち合わせ時間が近づいてきてカフェを後にした。

自習の学生さんたちは、まだまだ頑張っていた。

今度カフェに行くことがあったら、大テーブルに是非座ってみてほしい。

人間って面白い。そして、とてつもなく愛おしいのだ。


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