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セレモニーホール

これはセレモニーホールに勤務するAさんという50代の男性から聞いたお話です。

数年前、Aさんの務めるSセレモニーホールに、鈴木浩一という30歳の男性が入社してきました。
聞けば某一流企業の営業職を辞めて、しばらくの療養ののちに、隣県からわざわざ引っ越してきて、この葬祭会社に入社したとのことでした。
どこか陰のあるような少し暗い印象でしたが、そこがかえってセレモニーホールという職場には似つかわしく、泊まり勤務も率先してこなしてくれる仕事のできる後輩でした。
年の差はありましたが、Aさんとも気が合い、よく話をする仲だったそうです。

その鈴木君が入社して半年ほどたった頃、Aさんが誘った飲みの席でのことでした。
「俺、本当はスズキコウイチじゃないんですよ」
Aさんと差し向かいで飲んでいた彼は、いつになく酔がまわったようすで、突然こんなことを言い始めました。

「本当はね、アキヤマキミオっていうんです。
…なんて突然言ってもよくわからんでしょうね。
よしっ、今日はAさんにだけ特別に詳しくお話しするとしましょうか」
彼はそう独りごちて、コップの酒を一気にあおったあと、多少呂律の回らない口調で語りはじめたのです。

「あれは2年前かな。俺はいま働いているあのSセレモニーホールの従業員用の仮眠室で目を覚ましたんです。
最初はそこがどこか分からなかったんですが、自分が会社の取引先の社長の葬儀のためにこのホールを訪れたこと、
焼香のときの抹香の香りがやけに鼻について気分が悪くなり、ホールの支配人の厚意で仮眠室でしばらく寝させてもらっていたことなんかを、徐々に思い出してきました。
ほら、仮眠室まで案内してくれたのAさんだったじゃないですか、覚えてますか?

とにかくそうやって色々思い出しても、いまひとつしっくりとした感じじゃなかったんですが、とりあえず気分の悪さはおさまっていたんで、支配人にお礼を言って帰ろうとしたんです。

部屋を出てホールの出入り口に差し掛かったときに、知った顔を見かけたんです。母方の叔父さんでした。
しばらく会っていなかったんで挨拶をしておこうと思って、叔父さんのあとを追いかけて行ったんです。

どうやら叔父さんは、ホールの別の会場で開かれる葬儀に参列するようでした。
開式前の少しざわついた雰囲気のロビーで、叔父さんに声をかけようとしたときに、ふとその葬儀の故人の名前が書かれたスタンド看板に目が止まったんです。

〈秋山幹夫…〉最初はどこかで見たような名前だなと思ったんですが、それが自分の名前だって気づくのに時間はかかりませんでした。
最初は同姓同名かとも思いましたが、ロビーを見回してみると叔父さん以外にも、親しい友人や知人の顔がいくつもあったんです。

それで、急いで会場内に入ってみると、中央の菊の花に覆われた祭壇の上には大きな自分の笑顔の写真が飾られていて、脇の席には喪服姿の両親や妹が座っていて…。
俺はしばらくは動くこともできずにその場に突っ立ったままでした。

そうしてると向こうから小学校からの友人がやって来たんで、俺は思わず腕を掴んで「これはどういうことか」と聞いたんです。
そうしたらそいつ、腕を振り払って「誰ですか?あなたは」って言うんですよ。
「ミキオ、アキヤマキミオだよ!」って言ったら、
「悪い冗談はやめてください!あなた、ほんとうに誰なんですか?!」って強い口調で言われて…。
ほかにも何人かの友人に尋ねたんですが、みんな同じような反応で、あげくのはてには「ここから出ていけ」みたいなことまで言われてしまって…。

両親や妹には怖くて確認できないまま、しまいにはまた気分が悪くなってしまって、トイレへ駆け込んだんです。
トイレに入って手洗い場の鏡を見た時、俺はほんとうに我が目をうたがいました。
鏡の中には、いつもの見慣れた自分の顔じゃなく、年格好や体つきこそ似ていましたが、まったく見ず知らずの別人の顔があったんです。
撫で回しても引っ張ってもつねっても、顔は別人のままでした。

しばらくは洗面台の縁をつかんだまま、その見ず知らずの顔とにらめっこしていましたが、人目もあるし、俺はとりあえず状況を整理しようと、トイレの個室にこもって考えはじめました。

俺はまちがいなくアキヤマミキオだ。
しかし、眼の前では俺の葬式が行われようとしてる…。
じゃa
今ここに居る見知らぬ顔の俺は何者なんだ?

そんなことを堂々巡りに考えてると、ふっとスズキコウイチという名前が思い浮かんだんです。
慌ててポケットを探ってみると、財布と名刺入れが出てきました。
名刺入れには〈◯◯商事営業部 鈴木浩一〉という名刺が20枚ほどあったので、それがこの別人の名前であるらしいと察しがつきました。

そして、その名刺を見つめていると色々と思い出してきたんです。
スズキコウイチの仕事や暮らしぶり、それまでの人生の諸々が漠然とですがなんとなく把握できました。
そういえば耳に聞こえる自分の声も、いつもとは違って聞こえることに気付きました。
ホールの仮眠室で目覚めた直後の、あのすっきりとしない感覚の原因がわかったような気がしました。

うまい例えじゃないかも知れませんが、目覚めてからの俺は、乗り慣れたアキヤマミキオではなく、スズキコウイチという赤の他人に乗って運転しているようなもんだと気づいたんです。
スズキコウイチの身体の中に、彼の記憶と、俺、アキヤマミキオの記憶と感情が相乗りしてて、スズキコウイチの感情だけがない…そんな状態でした。

とにかくずっとこうしていても埒が明かないと思い、家に帰ることにしました。
家に帰ってみると、マンションの部屋には別人の表札がかかっていました。
そこで初めていつものクセで俺の、アキヤマミキオの自宅に帰って来てしまったことに気づいたんです。
愕然としながらもスズキコウイチの記憶を辿って彼の自宅へと向かいました。
たどり着いたマンションは、明らかに俺のマンションより高級で、ちょっと悔しく思ったことを覚えています。

翌日はスズキの会社に、体調不良でしばらく休むと連絡して、今後どうするべきかを考えました。
スズキコウイチになりすましたスパイのような生活がこの日から始まったわけですが、いざ実際にやってみるとこれが意外とむずかしいんです。

日常生活はこれまでどおり俺、アキヤマの記憶でこなせるのですが、仕事や会社の人間関係となると、いちいちスズキコウイチの記憶をさぐっててから応対するので、どうしても数テンポ反応が遅れてしまいます。

営業というスズキの仕事柄、ちょっとした会話でも,
とっさの判断や過去の記憶に基づいた受け答えが求められるので、この数テンポのズレは致命的とも言えました。
まあ独身で特定の恋人もなく、家族にはそれほど頻繁に連絡をとるような性格ではなかったことはありがたかったですけどね。

そんなわけでしばらく休職して考えてみたんですが、結局のところ今の仕事を辞めて、新しい仕事や職場の人間関係を構築し直したほうが楽なことに気がついたんです。
そこで会社を辞めて、この記憶の二重生活に慣れるために、3ヶ月ほど休養したのち仕事を探しはじめました。
幸いスズキ君にはそれなりの蓄えがあったので、当面の生活には困りませんでした。

で、その時ふと思いついたのは、この不思議な現象のきっかけとなった場所にいけば、もしかすると「秋山幹夫」が生きている元の世界に戻れるんじゃないかということでした。
それで探してみると、運良くSセレモニーホールが求人募集していたんで、さっそく応募したというわけです。
積極的に夜勤をこなしてるのも、すべての発端となったあの仮眠室で寝ていれば元に戻れるんじゃないかと思ってるからなんです」
そう言い終わる頃にはAさんも鈴木君もすっかり酔いが醒めて、お互い気まずい雰囲気で席を立ったのだそうです。

それから1年ほどして、鈴木君は亡くなりました。
夜勤の仕事中にSセレモニーホールの仮眠室で…。
死因は心筋梗塞だということでした。

彼の葬儀はもちろんSセレモニーホールで執り行われましたが、その葬儀の最中に一人の参列者の男性が気分が悪いと訴えてきたそうです。
そして、支配人に言われ、その男性を仮眠室まで案内したのはAさんだったという…そんなお話です。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 八十八日目
2023.9.2

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