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二段ベッド

これは私が小学校5年生のときに、同級生だったユキオ君が話していたお話です。

ユキオ君は両親と3つ違いの弟との4人家族でした。
彼が小学校に上がるのを期に、市営団地から一軒家へと引っ越して家が広くなり、二階の六畳間を子供部屋として使えることになりました。
彼はこのときとばかりに両親にねだって、憧れだった二段ベッドを買ってもらったのだそうです。

弟はまだ両親といっしょに寝ていたので、しばらくの間は彼専用のベッドです。
当然のようにユキオ君は、ベッドの上段で寝ることにしました。
二段ベッドの上から眺める部屋の景色は新鮮で、毎日用もないのにベッドの梯子を上り下りしていたそうです。

そんな二段ベッドのある暮らしにもすっかり慣れた、小学1年生の夏休み。
ある蒸し暑い夜のことでした。

まだクーラーなどは一般家庭には普及していないころの話です。
いつもは、窓を少し開けておけば、ベッドの上段にも涼しい夜風が通るのですが、その夜は風もなく、ユキオ君は寝苦しくて夜中に目が覚めてしまいました。

真っ暗な部屋の中、カーテン越しの月明かりでうっすらと見える壁の時計の針は、2時のあたりを指しているようでした。

汗をかきすぎたのか、無性に喉が渇いています。
彼はぼんやりとした頭で、冷蔵庫の中に昼間飲み残したジュースがあったことを思い出しました。
一口だけならお母さんも気づかないだろうと思い、彼はそろそろとベッドの梯子を下りていったそうです。

半ば眠ったような、気だるく朦朧とした状態で、ゆっくりゆっくりと梯子を下りていったのですが、途中でふっとあることに気がつきました。
長い…長いのです。
いつもなら5歩ほどで床につく足が、その夜はいつまでたっても梯子を下り続けていたのです。

ぼんやりと機械的に足を動かしていただけなので、どれくらい下り続けていたのかわかりません。
いつもの何倍、何十倍だったような気もします。

上を見ると、窓からの月明かりでうっすらと見えていた天井やベッドの柵ははるかに高く、しかも、なにかうす暗いもやもやとしたものに覆われているようでした。

見下ろすと下の方には、小さく丸くほの明るいところがあるようです。
混乱した状態のまま動くことができずにいると、目が暗闇になれてきたのか、周囲のようすがうっすらと見えてきました。

見回してみると、まわりは湿った石積みに囲まれているようです。
前に一度田舎で覗いて見たことのある、深い井戸の中に似ているとユキオ君は思ったそうです。

どうしてこんな所に来てしまったのかと、半べそをかいていましたが、とにかく元のベッドに戻ろうと、急いで梯子を上りはじめました。
頭上に漂う暗いもやもやのことなどを気にかける余裕もなく、彼は必死に手足を動かしました。

すると下の方から、お祭りのお囃子のような音が小さく鳴りはじめたのです。
笛や太鼓のなにやら楽しそうな調子の音楽です。
ユキオ君は梯子を上るのも忘れて、そのお囃子の音色に聞き入ってしまいました。

聞いていると音はしだいに大きく、下から立ちのぼってきて、気づけば四方から包み込むように鳴っているのでした。
そして、そのお囃子を聞いていると、ユキオ君はなんだかとても楽しい気分になったそうです。
「きっと面白いお祭りをやっているんだろうなぁ」と、ぼんやりとした思いで、彼はふらふらと何段か梯子を下りてしまいました。

その時、彼の頭の中に何故かその夜着ていたパジャマのことが思い浮かびました。
着ていたのは黄色地に青い水玉の派手な柄のパジャマで、
「こんなの女の子みたいでイヤだ」とさんざんお母さんに文句を言ったものだったのです。
「寝るときだけなんだから我慢しなさい」と叱られて渋々着ていたものでした。

「こんなパジャマでお祭りに行くのはかっこ悪い」
そう思った瞬間、楽しい気分は一気に消えて、言いようのない怖さがじわじわと押し寄せてきたのでした。
あたりを見ると、周囲の石積みの隙間からは、なにやら白い手のようなものがひょろひょろと彼に向かって伸びて来ているようです。

悲鳴を上げて、ユキオ君はふたたび必死に梯子をのぼりました。
途中、足を踏み外しそうになったり、伸びてきた手に引っ張られたりして、体のあちこちを何かにぶつけながらもなんとかのぼりきり、気がつくとベッドの端に小さくなって寝ていたのでした。

見ればあたりはもうすっかり明るくなっています。
急いで階下の両親のもとへ行って、この出来事を話しましたが、変な夢を見たんだと、相手にされませんでした。

しかし、ユキオ君のパジャマには、なにか擦ったりぶつけたりしたような跡が、あちこちに薄黒く残っていたのです。
そのことをお母さんに言っても「どこかで汚したんでしょ」と軽くあしらわれてしまったのでした。
とにかくその日からは、彼はベッドの下の段で寝るようにしたのだそうです。

そして今ユキオ君は、去年からベッドの上段で寝るようになった小学2年生の弟が、いつか目が覚めたらいなくなっているのではないか…、そんな不安をかかえながら毎朝起きているんだと、真顔で言っていたのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 七十七日目
2023.5.13

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