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青山さん

今回は高野さんという会社員の男性が若い頃に体験した不思議なお話です。

高野さんが関西にある某会社に就職して間もない20代はじめの頃のことです。
会社の創業20周年記念パーティーが開かれたことがありました。
彼が勤めている本社といくつかある支社、あわせて社員100人あまりが出席する立食パーティーでした。

その席で、高野さんは青山さんという、高野さんよりも10歳ほど年上の先輩男性社員と知り合いました。
彼は、高野さんと同じ大学出身で、今は支店勤務ですが、その前は本社の高野さんと同じ部署にいたのだと言います。
また、たまたま自宅が近所だということもわかり、お互いに妙に気が合って、パーティーが終わる頃にはまるで旧知の間柄のような親しさになっていました。

パーティーが終わり、二次会が終わってもまだ飲み足りなかった二人は、もう一軒行こうということになりました。
しかし、その頃には夜もだいぶ更けていたため、青山さんが
「うちでゆっくり飲み直さへんか」と誘ってきたのだそうです。
金曜日の夜だったのと酒の酔いも手伝って、高野さんはそれほどためらいもなく、青山さんの自宅へ押しかけることにしました。

青山さんの家は、少し古めの8階建てマンションの5階にありました。
招き入れられた室内はきれいに片付いている…、というか片付きすぎていてどことなく殺風景な印象でした。
しかし、ダイニングのテーブルの上には、いつ連絡したのか、深夜の急な訪問だったにもかかわらず、作りたての2人分の食事と飲み物がきちんと用意されていて、そこだけが華やかな色彩に溢れていたのでした。

「今日は嫁さんが朝からちょっと調子が悪うてね。こんなものしかあらへんけど、まあ許したってくれ」と青山さんが言うと、ダイニングに続くリビングの向こう、締め切ったふすまの奥から
「すいませんねえ、お出迎えでけへんて。ごゆっくりしていってくださいね」と少しか細い女性の声が聞こえてきました。

「えっ、ええんですか?奥様がお休みになってはるのに、押しかけて来てしもて…」と高野さんが遠慮していると、いつのまにか普段着に着替えた青山さんは笑いながら
「かまへんかまへん。そんなこと気にせんと、ほれ、飲み直そうや」と食卓の椅子を勧めるのでした。

最初は気を遣っておとなしく飲んでいた高野さんでしたが、用意されていた料理とお酒の美味しさもあって、結局青山さん宅をあとにしたのは深夜1時をまわった頃でした。

それから数日後、高野さんは、たまたま青山さんと同じ支社の社員数人と、一緒に仕事をする機会がありました。
そのときの休憩時間の雑談で、彼は何気なくパーティー後に青山さん宅に行って、奥さんの手料理を肴に深夜まで飲んだことを話しました。

するとそれを聞いていた支社の社員の一人が、
「あれ?青山さんの奥さんって、病気で長いこと入院してはるって聞いたんやけどなぁ」と言います。
「えっ?ほんまですか?じゃあ、たまたま一時帰宅されてたんかなぁ」と高野さんが話していると、今度は別の社員が
「いや、まてよ。…たしか青山さんの奥さんは去年の秋頃に亡くなったんやなかったっけ。なんか連絡が回ってきて、俺、香典を出した記憶があるんやけど…」と言い始めました。

「いやいや、そんなはずはないですよ。たしかに奥さんの声を聞きましたよ俺…」
「もしかすると、青山さんの新しい彼女さんやったりして…」
そんなとりとめのない、冗談交じりの会話を交わすうちに、休憩時間も終わり、この話題もそのままうやむやになってしまいました。

それからまたしばらくして、今度は本社の同じ部署の人たちとの雑談で、〈最近食べたもので最も美味しかったものは?〉という話題になりました。
高野さんは、何の気なしに「◯◯支店の青山さんの奥さんの手料理」と答えたのですが、その場にいた人たちは一様に怪訝そうな顔をしています。

「青山さん?それ誰ですのん?」と一人の女性社員が尋ねました。
「えっ?◯◯支店の青山さんですよ」と高野さん。
するとその場にいた人たちは
「え~?!◯◯支店にそんな人おったっけ?」と口々に言い合います。

「たしか支店に移る前はこの部署に居たって言うてはりましたよ」と再び高野さんが言うと、
「俺はここに長う居てるけど、そんな人記憶にないなぁ」と古参の社員が言いました。
「ほら、30代なかばくらいの…」と高野さんは必死になって青山さんの容姿の説明をしましたが、その場にいた誰も知っている人はいませんでした。

「ええっ?そんなはずは…。確かにこの前のパーティーにも出席してたし…」とみんなの答えに納得がいかなかった高野さんは、最後の頼みの綱とばかりに総務部の山田さんの元に駆け込みました。
山田さんは定年後の再雇用で勤務している、会社で一番の古株の社員でした。彼なら青山さんについて詳しいことを知っているかもしれません。

いきなり飛び込んで来て青山という人はこの会社にいるかと聞く高野さんに対して、山田さんは驚きつつもしばらく考え込んでいましたが、ようやく「ああ、あの人か」と思い出したようでした。
「青山さんていう人は確かにこの会社にいてたよ」と山田さんは言います。
「いてた…んですね!」と声を上げた高野さんを軽く制して、山田さんはさらに言葉を続けました。

「たしかにおったけど、病気になってしもて、しばらく休職して療養してたけど、良うならんで結局は退職しはったよ。
ん?結婚?結婚はしてたと思うよ。けれど奥さんや家族については詳しいことは何も知らんわ。
えっ?彼がこの前のパーティーに来てた?家に行って奥さんの手料理を食べた?
ないない。そやかて青山さんが退職したのはもう5年ほど前のことやし。ありえへんよそんなこと。誰かほかの人と間違えてるんちゃうの?」と、山田さんは言うのでした。

山田さんの答えを聞いて、高野さんはますます混乱するばかりでした。
しかし、これ以上騒ぎ立てても、社内で変な目で見られるだけだと考えた彼は、もやもやとした思いを抱えたまま、会社の中ではこの話題を口にはしないことにしたそうです。

後日、休みの日に青山さんの自宅マンションを尋ねてみましたが、当の5階の部屋には別の名前のプレートがかかっていました。
掃除をしていた管理人をつかまえて、青山さんは引っ越したのかと聞いてみると、
「青山さん?ああ5階にいてはった…。それやったら去年の暮に亡くならはりましたよ。秋に奥さんを事故で亡くされてよっぽどショックやったんかねぇ。まだお若かったのにねぇ」と言うではありませんか。

「結局、青山さんて何者やったんでしょうねぇ。それに奥さんも…」と高野さんは言います。
「みんな言うことが違うし、今となってはほんまに居てたんかなぁとも思うんですが、僕は確かにパーテイーで彼と知り合うて、家に行って、奥さんの声も聞いて、その手料理も食べたんです。それだけは思い違いや幻覚なんかやないと断言できるんですけどねぇ。これ、どう思わはります?」
そう私に問いかけてくる高野さんなのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 九十三日目
2023.10.29


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