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肩の両手

今回は昔よく通っていた喫茶店の常連客の男性から聞いたお話です。

その男性(仮にAさんとしておきます)が30代だった1978年(昭和53年)6月のことです。
その日Aさんは出張のため東京に来ていました。

午後9時頃に仕事を終えたあとは、同僚たちと2軒ほど居酒屋を回り、気づけば時刻は午前零時近くになっていました。
ホテルへと戻ろうと、同僚たちと別れて、西日暮里の駅に向かっていたAさんでしたが、ふと一軒のラーメン屋台が目についたのだそうです。

〈このままホテルに帰って、コンビニの弁当を食べるのも味気ないし、今夜はラーメンでも食べて帰ろうか…〉
そう思ったAさんは、屋台の暖簾をくぐったのでした。

屋台にはほかに客はおらず、40がらみの店主が一人、手持ち無沙汰なようすで立っています。
椅子に腰をおろし「ラーメン…」と言いかけたAさんでしたが、改めて見上げた目の前の店主の姿を見て、言葉がでなくなりました。

店主の左右の肩に、ふたつの青黒い色をした人の手が乗っていたのです。
最初は誰か後ろにいるのかと思ったそうですが、どう見ても背後にはそんな空間はありません。

次に考えたのは、この手は作り物で、入ってきた客を驚かせる新手の趣向なのではないかということでした。
東京だから、それくらいして斬新なことをして目立たないと、商売がやっていけないのだろうかと思ったのです。

しかし、この考えはすぐに打ち消されてしまいました。
Aさんの目の前で、ふたつの手はもそもそと動き出し、店主の首元へ、まるで首を締めようとするかのように這い出したのです。

「お客さん、どうしました?」
驚いて見つめたまま固まっているAさんに向かって、店主はいぶかしげに声をかけてきました。

その声でやっと我に返ったAさんは
「…あ、いや…その…ちょっと用事を思い出したんで、ごめん、また来るわ…」
と、しどろもどろに言いながら、大慌てで席を立って駅へと走ったのだそうです。

そんな恐ろしい思いをした東京出張でしたが、〈あれは悪酔いしたために見た幻覚だったのだ〉と自分を納得させていたAさんでした。
ところが、しばらくして目にしたテレビニュースで、彼はさらに別の恐怖に襲われたのでした。

ニュースは、とある殺人死体遺棄事件の犯人として、すでに別件の殺人容疑で捕まっていた男が再逮捕されたというものでした。

組長代行のポストと縄張りをめぐって対立していた兄貴格の暴力団幹部を、弟分の幹部が子分4人と共謀して殺害し、遺体は子分の郷里に近い兵庫県と岡山県の県境の山中にバラバラにして遺棄したという、事件としては近年では比較的ありふれたものだったのですが、Aさんを震え上がらせたのは そのあとの展開でした。

供述によると、指の指紋から被害者の身元が判明することを恐れた犯人は、両手首だけを遺棄せずに持ち帰ったものの、その処分に困ったあげくに、子分たちが商売にしている屋台ラーメンの出汁として使って、煮え残った骨は金槌で粉々にして捨てたという、なんとも衝撃的な内容でした。

世にいう「手首ラーメン事件」です。
この事件は、犯人の「チャルメラは吹かず客にもネタが無いという理由で断った」という供述にもかかわらず、警視庁捜査4課が「午後5時から9時間も屋台を引いて、一杯も売らなかったという自供を信じろと言う方が無理じゃないか」という見解を表明したために大騒ぎとなりました。

屋台ラーメンを利用した客からは警察に問い合わせが殺到し、ラーメン業界も売上が3割ダウンという事態に陥ったのです。
業界からの猛抗議もあって、最終的には「手首ラーメンは、その他の状況から売られなかった」という捜査4課の弁明でなんとか落ち着いたのですが、ネットでは実際にラーメンを食べたという書き込みもいくつかあり、真相は今でも藪の中です。

ともかく、犯人が「その時のラーメン屋台は尾久(おく)〜荒川の土手〜西日暮里のコースだった」と供述しているというニュースを見て、Aさんは心底ゾッとしたそうです。

あの西日暮里のラーメン屋台…店主の両肩に乗って、もそもそと動いていた青黒い手首…それらの映像がフラッシュバックしてAさんの脳裏に蘇りました。
それらの映像と、あの夜、危うく自分がその手首ラーメンを食べていたかもしれないという二重の恐怖に、思い出すと今でも鳥肌がたつんだとAさんは言うのでした。

ちなみに、犯人がそれほどまでして隠したかった被害者の身元ですが、遺棄された胴体の背中にあった、珍しい天女の入れ墨からすぐに判明したという、そんなまことにお粗末で人騒がせな事件にまつわるお話でした。


初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
テーマ回「事件・事故に纏わる不思議怖い話」
2024.5.18

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