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プリズナー

これは私が小学6年生のときの思い出です。

当時私が夢中になって観ていたテレビ番組のひとつに『プリズナーNo.6』というものがありました。
1967年から68年にかけてイギリスで製作された連続テレビドラマで、主演・企画・製作総指揮・監督(一部の回)はパトリック・マッグーハン。
『秘密諜報員ジョン・ドレイク』や『刑事コロンボ』の「祝砲の挽歌」の犯人役としても知られる名優です。
日本では1969年の3月から6月にかけてNHKで放送されていました。
当初は午後9時半からの放送でしたが、途中から午後11時からに変更となりましたが、それでも親に小言をいわれながらも毎週観ていました。

あらすじはNHKの公式番組紹介によると
〈国家の最高機密に関わっていた諜報部員の主人公が、組織を抜けようとしたことで捕らえられ「村」と呼ばれる見知らぬ場所に幽閉されてしまう。ここでは人々は名前を持たず番号で呼ばれ、彼に与えられた番号は「No.6」。あらゆる脅迫に抵抗し自由を求めて脱出を図ろうとするが、予想もしない意外な結末が待っている。SF的要素を織り込んで描くサスペンスドラマ〉というもので、現在でもカルト的な人気を誇り、熱狂的ファンに支持される不条理SFドラマです。

頻繁に代わるNo.2や謎のNo.1の存在も興味をそそりましたが、主人公の脱出を阻む「ローヴァー」と呼ばれる大きな白い風船状の物体の印象は特に強烈でした。
村を脱出しようとする者や立入禁止区域に入ろうとする者がいると、村をくまなく監視するコントロールセンターから「オレンジ警報」なるものが発令され、海中から大きな泡のように「ローヴァー」が出現して,生き物のようにプルプルと震えながら迫ってくるのです。
そのシュールさに私は毎回興奮していました。

そのような大人が観ても訳の分からないようなドラマでしたから、当然小学6年生には難しく、同級生の間でも観ている者はほぼいませんでした。
ただその中でK君という同じクラスの男子だけは、私同様、毎回熱心に観ていて、休み時間にはドラマの様々な謎について、二人で熱く語り合っていました。

そして、色々と話しているうちに私が気づいたのは、単なるドラマファンの私と違って、K君はどうやら自分とこのドラマの主人公を重ね合わせて観ているようだということでした。
「自分も本当はどこか別の世界からこの街につれてこられて、幽閉されている囚人なんだ。
No.6のように重要な一桁の番号じゃないとは思うけど、何桁かの番号をふられてこの世界にずっと閉じ込められているんだ。今までにも何回か脱出しようとしたけれど、そのたびにローヴァーみたいな親やほかの大人たちに邪魔されて連れ戻されたんだ」と彼は折に触れて口にしていたのでした。

K君は、成績はクラスはもとより学年でもトップクラスでした。
小学校卒業後は、大学の附属中学に進学することが、親や教師の間でも当然のように思われていたので、そのプレッシャーからくる発言なのかなと私は思っていたのです。

やがて6月でドラマは終わり、自然とK君と会話する話題も機会も少なくなっていきました。
そして夏休みに入り、聞こえてきたのはK君がプチ家出のようなことを、何回か繰り返して、そのうちのいくつかは警察のお世話にもなっているという噂でした。

そして二学期が始まりましたが、教室にK君の姿はありませんでした。
担任からは体調不良でしばらく休むという説明がありましたが、夏休み中の噂を知っている者は、誰も信じてはいませんでした。

K君の不登校は3ヶ月以上続きました。
そのあいだに給食のパンや宿題のプリントを届けに、私も何度か彼の家を訪れたことがあります。
たいていはお母さんが出て来て受け取ってくれていたのですが、一度だけK君本人が玄関先まで出てきたことがありました。

見た目は確かにやつれていたのですが、それ以上に印象的だったのは彼の発言でした。
「夏休みの間に何度か脱出しようとしたんだけど、そのたびにローヴァーが出てきて連れ戻されたんだ」と彼は声を潜めて言うのです。
「ローヴァーって、あれはドラマの中だけの架空のものでしょ。本当にいるわけないじゃない」と言う私に
「いや、ほんとうにいるんだ。白い大きな風船みたいなのに追いかけられて、最後はギュッと包まれるようになって、気がついたら家に戻ってるんだ」とK君は真顔で言うのでした。

「大丈夫?」と少し怯えながら尋ねる私に、
「大丈夫。実は昨日の夜にある人からローヴァーを除けられるパスをもらったんだ。今度はそれを試してみようと思うんだ」とK君は少し嬉しそうに言うのです。
私はなんだか気味悪くなって、その日は逃げるようにK君の家をあとにしました。
そして、その後は彼の家に行くのも、前を通ることさえ避けるようになったのでした。

そのような状態が続いて、2学期も終わろうかという12月にK君が亡くなったという知らせが入りました。
私たち同級生も、全員告別式に参列しましたが、K君が亡くなった原因を知らされることはありませんでした。

噂では朝起きてこないので、お母さんが様子を見に行ったら自室のベッドで冷たくなっていたということでした。
不審死ということで、警察も来て捜査しましたが、結局は突然の心臓麻痺によるもので事件性はないということで落ち着いたようです。

あれから50年以上たった今でも、私は時々〈K君は本当にこの世界に幽閉されていたプリズナーだったのかも知れないな〉という夢想をしてしまいます。
〈様々な障害の象徴ローファーを避けるためのパスを使って、ついに仮りそめのこの世から脱出できたのかも知れないな〉と想っているのです。
パスをくれたのがたとえ死神だったとしても、K君にとっては救いの神だったのかも知れない…そんな考えも浮かんでくる古い思い出なのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
テーマ回「数字に纏わる不思議怖い話」
2023.11.11

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