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支那事変従軍記章

これはとある中古品買取センターの店長から聞いたお話です。

ある日一人の男性が、買い取り依頼の品を持って店にやってきました。
いかにも遊び人といった感じの若者でしたが、持ち込んできた品は、茶道具の水指(みずさし)や茶碗、掛け軸など、およそその風体に似つかわしくないものばかりでした。

それらの品の中に、ひとつだけ異質な「支那事変従軍記章」というものがありました。
従軍記章は、功績があった人に贈られる勲章とは異なり、従軍したことを国が証明・表彰するものです。
軍功の有無や階級の上下、軍人・軍属にかかわらず、文民や一般人にもひろく贈られました。

特にこの「支那事変従軍記章」はその数が多く、合計約340万人が終戦までに授与されたといいます。
そのような品ですので骨董的価値は低く、状態にもよりますが、買取価格は高くても千円程度のものです。

今回若者が持ち込んできたものは、手擦れなのかメダルの彫りが浅くなっており、評価額は500円がせいぜいといったところでした。
茶道具も現代の品ばかりで、これといった有名作家の作品もなかったため、買取価格の合計は1万数千円といったところです。

若者は提示された金額をみて、明らかにがっかりしていましたが、しぶしぶ納得して、そのわずかなお金を受け取って帰って行きました。
いちおう身分証明は確認しましたが、盗品の可能性もあったので、店長は買い取った品をすぐには店に出さず、しばらく倉庫に保管することにしたということです。

それから1週間ほどして、若者が再び店にやってきました。
前回とはうってかわってスーツにネクタイ姿で、えらく憔悴しているようすです。
彼は店長にすがるような目つきで、一週間前に売った品を返してほしいといいます。
特に従軍記章は絶対に返してほしいのだと訴えました。

このようなお客さんはたまにあり、変な揉め事になるよりはと、素直に返品には応じるようにしているのですが、品物が少し離れた倉庫にあることと、
手続きに少し時間がかかるため、時間つなぎに若者に事情を訊いてみたそうです。

彼が言うには、持ち込んだ品物は、遊ぶカネ欲しさに実家にあった金目の物をてあたりしだいに箱につめて来たのだそうです。
その際に仏壇にあった従軍記章がなぜか目について、勲章のようだったのでついでに持ってきたのだということでした。

それで、品物を売り払ったその夜のこと、彼は奇妙な夢をみたのだと言います。
その夢の中、彼は懸命に走っていました。
背には何か重いものを背負い、手には長銃を持ち、銃の先には銃剣が光っています。
彼の中には、一人の女性の面影と、もうどうにでもなれという、やけくそなな思いがぐちゃぐちゃに交差したまま、ただただ息荒く走っているのでした。

すると突然、彼の脚元で轟音がとどろき、同時に体が浮き上がるような感覚と、痺れるような痛みが襲ってきました。
その歪んだ視界には、黒い地面とほの明るい空が斜めに見え、強烈な土と血のにおいが鼻を突きます。
そのにおいを嗅ぎながら、彼の意識はなくなっていったのでした。

そして、再び目を開くと彼はどこかの和室に座っていました。
部屋には小さな仏壇があり、白木の位牌と男性の遺影が飾ってあります。
そしてその前には、一人の女性がへたり込むように座っています。
走っていたときに脳裏に浮かんでいた面影の女性です。

彼女は遺影の前に置いてあったあの従軍記章を手に取り、くり返し撫でながら、遺影を見上げています。
そのかたわらには元気に遊ぶ幼い男の子の姿がありました。
その光景を見ながら夢の中の彼はゆっくりと立ち上がり、廊下へと出ていきます。

和室を出た先の、長い廊下の奥の暗がりには、一人の軍服姿の男性が立っており、彼に向けて敬礼をしています。
顔は暗くてはっきり見えませんが、ああ、この人は泣いているのだと思ったところで夢が醒めるのです。

この一連の夢を、彼はこの一週間、毎日見続けたのだと言います。
思いあまって母親に相談したところ、ひいお爺さんが怒っているのだときつく叱られて、こうして返品の依頼に来たとのこと。
それを聞いた店長は、それ以上はなにも言わず、品物をすべて若者に返したということです。

「彼の夢の話を聞くかぎりでは、そのひい爺さんらしき人は多分爆死だったんだろうな。
地雷か手榴弾かでさ。遺族の元へはどれくらいの遺骨や遺品が返ってきたんだか。
ありふれた従軍記章だけど、亡くなった当人と遺族にとっては数少ない思い出の品だったのかもわからんねぇ」
しんみりとした口調で店長は言って、この話を終えたのでした。

初出:怖い図書館ツイキャス
週刊怖い図書館 第267回
怪談目視録 怪爺 14回
2022.11.27/29

再掲:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」

怪異体験談受付け窓口 八十五日目

2023.8.5

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