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人魂釣り

私が小学4年生の夏に、母方の祖父がこんな話をしてくれました。

祖父が15、6歳の頃と言いますから、明治の終わり頃のことだと思います。
祖父の名前は多吉といい、農家の次男坊として生まれ、高等小学校卒業後は、家の畑仕事の手伝いをして暮らしていました。

当時、多吉少年には3人の遊び仲間がいたそうです。
仮に彼らの名前を甲太、乙次、丙三としておきます。
甲太は多吉より一つ年上、乙次は甲太の二つ下の弟、丙三は多吉と同い年でした。

4人は家の仕事の手伝いをサボっては、よくいっしょに遊び回っていました。
遊びといっても明治時代の田舎の村でのこと、裏山で虫や山菜、木の実などを採るか、川で泳いだり魚釣りをするくらいしか楽しみはなかったそうです。
なかでも魚釣りは、思いがけない食材の確保ができるということで、親たちもなかば公認の遊びだったそうです。

ある夏のこと、4人は日々の遊びにも飽きて暇を持て余していました。
村の神社の境内にたむろして、畑から盗ってきたウリなどを食べながら、なにか面白いことはないかとぼやく毎日でした。

そんな折、甲太が裏山のため池に夜釣りに行ってみないかと言い出しました。
その提案に、多吉少年は内心すこし嫌な感じがしたそうです。
裏山には田畑への灌漑用(かんがいよう)の、さほど大きくない野池(のいけ)があるのですが、親からは危ないから近づくなと幼い頃から言われていました。
それに、池のすぐそばには村の共同墓地があり、周囲の鬱蒼と茂った木立のようすからも、昼間でもあまり行きたくはない場所でした。

多吉と丙三が渋っていると、甲太は
「なにゅう言よんなら。釣りと肝試しの一石二鳥のええ考えじゃろうが。
ちょっと恐てぇくれぇが、ちょうどええんじゃが。
ふたりとも、ちいたぁ男らしいとこを見せんとおえんぞな」と、煽ってきます。
弟の乙次も兄の尻馬に乗って、同様に強気なことを言うのでした。
結局、多吉と丙三も渋々承知して、4人は夜釣りへと出かけることにしたたのでした。

やがて、日もとっぷりと暮れ、親には川へ夜釣りに行くと言って家を出た多吉たちは、手に手に釣り竿まがいの竹竿や魚籠(びく)などを持って、裏山へ続く細い山道を一列になって登って行ったのでした。
先頭を行く甲太が手にする提灯のほかは、満月を少し過ぎた月の明かりだけを頼りに、夏草が茂る道を誰ひとり口をきく者もなく、4人は歩を進めていったのでした。

やがて、行く手に野池が見えてきました。
黒く重なり合う木々の隙間から、月明かりに照らされた池の水面がちらちらと光っているのが夜目にもはっきりと確認できます。
しばらくして、池のほとりに到着した4人ですが、墓地のある側はさすがに恐ろしかったので、池のちょうど反対側、池をはさんで墓地と向かい合う位置に並んで腰をおろしました。

甲太はロウソクがもったいないからと言って、すぐに提灯の灯を消してしまったので、あたりは月明かりだけが頼りの、山の暗闇が深々と迫ってくるばかりです。
その闇の中、さざ波ひとつない月下の水面(みなも)は、妖しく光る一枚の鏡のように多吉少年の目には見えたのだと言います。
4人は小声でぼそぼそと言葉を交わしながら、少し怯えた心持ちで、思いおもいに釣り糸を垂れたのでした。

そうして一時間あまりたちましたが、釣果(ちょうか)といえば、小さなフナが数匹釣れた程度で、コイやナマズなど、思い描いていた魚は一匹も釣れませんでした。
あたりの雰囲気の恐ろしさもあって、そろそろ終わりにしようかと思いはじめたころ、乙次が突然「あれ…あれ…!」と言って池の先を指さしました。

乙次か指さしたのは池の対岸、共同墓地の方向でした。
そこには、山の闇夜の暗さよりもさらに色濃く、立ち並ぶ墓石のシルエットが見えていたのですが、今見るとその上に丸く淡い光の玉が二つ、三つ浮かんでいたのです。

「ありゃぁ…人魂じゃぁ…」
丙三が妙に落ち着いた声でぽつりと言いました。
その声にあとの3人は誰も言葉を返せませんでした。
呆然と突っ立ったままその光景を眺めるばかりです。

見ているうちに、人魂は一つ二つと増えていき、気がつけば十ほどの淡い光が、ふわふわと墓石を離れ、池の水面の上にまで漂っています。
光には白いものや薄青いもの、赤っぽいものなど、それぞれに微妙な色の違いがありました。
それは、まるで大きな蛍の光の乱舞を見ているようで、怖さよりも美しい光景として4人の目には見えたのだそうです。

そうやってどれほどの時間がたったことでしょう
「おい、ありぁ、なんじゃ?」と、今度は甲太が池の水面を見つめながら言いました。
そう言われて、甲太がが見ているあたりを夜目をすかして凝視してみると、池のなかほどの水面から細い銀色の線のようなものが数本、垂直に1メートルほど立ち上がって、上下左右にわずかに揺れ動いてているのでした。
線の先には小さな玉のようなものが付いています。

4人ともわけがわからず、そのまま息を殺して見ていると、池の上を漂っていた人魂が一つ、ふわふわとその線の方に寄っていきました。
そして、線の先に触れたと見えた瞬間、人魂がぶるぶるともがくように震えはじめたのが見えました。
すると銀色の線は人魂をその先端につけたまま、するすると池の中へと潜っていってしまったのです。

人魂が引き込まれた瞬間、小さな波紋がおこり、仄かに池の水が明るみましたが、すぐに元の暗い水面へと戻っていきました。
そのあとも、別の人魂が二つ、三つと、立ち並ぶ線の先に触れては池の中へと引き込まれていきました。

「釣りじゃ…釣りをしょぅる。人魂釣りじゃ…」
多吉少年は思わずそう口にしていたそうです。
池の中からこちらの世界に向けて銀色の釣り糸を垂れる、なにか得体の知れない者たちがいる…。
多吉少年は、池という平らな鏡面に逆向き映る、自分たちに似た鬼の姿を思い浮かべたそうです。
そう思うと、目の前で繰り広げられている光景が一気に怖く思えてきて、まだ状況をよく呑み込めていない3人を急かして、あたふたと家に逃げ帰ったのだそうです。

そして、この日以降しばらくは、4人とも夜釣りはもちろん、昼間でも野池のそばに近づくことさえできなかったのだという、そんな昔話を聞かせてくれました。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 七十五日目
2023.3.26

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