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辻神さま

今回もまた私の母方の祖父、多吉じいさんから聞いた昔話です。

祖父が10歳頃のことと言いますから、明治30年代の話だと思います。
多吉少年が住んでいた村の、とある四つ辻の一角に小さなお堂がありました。
人が10人も入ればいっぱいになってしまうほどの大きさでしたが、瓦葺きのしっかりとした造りのものだったといいます。

毎朝、村の年寄たちによってきれいに清掃されて、常に花や食べ物が供えられており、小さな子どもたちにも遊び場として親しまれていたお堂でした。
村の人たちからは〈辻神さま〉と呼ばれていましたが、祀られていたのは荒神様(こうじんさま)だったと言います。

荒神信仰は仏教や神道、修験道などが入り混じった民間信仰で、西日本、特に瀬戸内海沿岸で広く祀られている土着神(どちゃくしん)です。
なかでも岡山県での信仰は厚く、荒神様を祀った「荒神社(こうじんしゃ)」の数は県下で200にのぼると言われています。

荒神様というと、一般的には竈(かまど)や台所の守り神としての「三宝荒神(さんぽうこうじん)」がよく知られていますが、それとは別に土地や地域を守る氏神的な性質を持つ「地荒神(ぢこうじん)」というものがあり、多吉少年の村のお堂もこの地荒神を祀ったものでした。
地荒神は大樹や岩などを御神体とすることも多く、辻神さまのお堂の後ろにも大きなクスノキが一本、悠然とその枝葉を広げていたのでした。

ある年のこと、そんなお堂に一匹の犬が姿を見せるようになりました。
白く短い毛並みの大きな犬でしたが、性格はおとなしく人懐こかったため、お堂を掃除に来る老人たちが餌をやるようになり、いつしかお堂に居付いてしまいました。
村の人たちや子どもたちも、農作業の行き帰りや遊びの合間に、それぞれ好き勝手な名前で呼んで、可愛がっていたそうです。

しかし、村人の中にはそんな犬をいじめる者も少数ですがいたのだと言います。
なかでも勘太という当時14,5歳の少年と、その取り巻きの3人の少年たちは、棒で犬を叩いたり執拗に追い回すなどのいじめを繰り返していました。
そればかりか、お堂の扉や壁を壊すなどの迷惑行為もたびたびしていた、村の鼻つまみ者たちでした。

けれど、そんな彼らに村人たちは大っぴらに注意をしたり文句が言えなかったのだそうです。
それは、勘太の家が〈地主さん〉と呼ばれる村一番の裕福な、代々の庄屋の家系だったことによるものでした。
勘太は幼いころから悪童ぶりが目立つ子どもでしたが、成長するにつれてその家柄を鼻にかけた乱暴狼藉や悪戯が日々増していったのでした。

度重なる横暴ぶりに、村中が手を焼いていたある秋の日のことです。
勘太たちはお堂に土足で入り込み、お供え物を食べたり壁に落書きをするなどの悪戯をしたあげく、4人並んでお堂の壁に小便をかけはじめたのだそうです。
そして、それを止めようとした老人数人に軽いケガを負わせたのでした。

この時ばかりはさすがに村人たちも怒り、皆が〈地主さま〉の所へ苦情を言いに行ったそうです。
しかし、勘太の両親はもちろん、村長を務めたことのある祖父さえも、大事な跡取りである一人息子の度の過ぎた悪戯としてしか取り合わず、お堂の修理費用といくばくかの治療費を出しただけで、勘太たちにはさしたる注意をしなかったのだといいます。

それから数日たったある夜のことでした。
勘太の姿が急に見えなくなりました。
夕食後、誰かに呼ばれたように、ふらりと表へ出て行ったきり帰ってこないのだと言うのです。
おろおろとするばかりの勘汰の家族の頼みで、村人総出で山狩りなどをして探したのですが見つかりません。

幼い子でもあるまいし、あの歳で神隠しか?などと皆が口々に言いはじめた頃、勘太は遺体で見つかりました。
自分の家の敷地にある、普段は使っていない古い土蔵(どぞう)の奥で、傷だらけの姿で発見されたそうです。
噂によると、勘太の体には山犬か何かに噛まれたような傷が無数にあったともいいます。

そのことだけでも大変なことなのですが、勘太が見つかったときには、蔵の鍵が外からかけられた状態だったために、近くの町からも警官が多数応援に駆けつけっるほどの、村をあげての大事件となりました。

遺体発見時の状況から見て、家人の仕業が真っ先に疑われました。
〈地主さん〉の家の者は、家族、使用人を問わず、数日間あれこれと厳しい事情聴取を受けたそうですが、結局のところ犯人はわからずじまいで終わってしまったのだそうです。

そして、この事件に続くように、勘太の取り巻きだった少年たちにも次々と異変が起きはじめました。
3人のうち二人は後遺症が残るほどの大ケガをして、残る一人も急に大病を患い、それぞれ命こそ失くしませんでしたが、その後満足に働けなくなるほどのひどい災難に見舞われたのでした。
〈地主さま〉の家はというと、この一件のあとから急速に家運が傾いて、数年後には見る影もないほどに没落してしまったのだそうです。

「じゃからのぅ…」と多吉じいさんは言います。
「荒神さまは、その字のとおり気の荒れぇ神さまじゃから、ちょっとでも失礼なことをしたらすぐに祟られるんじゃ。
不浄を嫌う神さまじゃけぇ、お堂に小便をひっかけるなんかもってのほかじゃ。
勘太たちは、どえれぇバチが当たったんじゃと、村中で長げぇこと噂になっとったんじゃ」と、さも恐ろしげに言ってこの話を終えたのでした。

ちなみに、お堂に住みついた犬は、その後お堂の脇に立派な犬小屋を作ってもらい、〈辻神さまの犬〉として、特に名前もないままに村人たちに可愛がられ、その天珠を全うしたのだということです。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
テーマ回「八百万の神々・守護霊に纏わる不思議怖い話」
2023.10.14

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