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滲(し)み

これはKさんという70代の男性が聞かせてくれたお話です。

20数年前、Kさんは小さな工務店を経営していました。
仕事は主に大手住宅メーカーの下請けで、内装や補修などを請け負っていたそうです。

ある朝、住宅メーカーの保全担当のM氏から電話がかかってきました。
20日ほど前に完成して引き渡したばかりの住宅のオーナーから、天井にシミができたというクレームが入ったので、確認作業にいっしょに行ってくれないかとのこと。
M氏とは現地で落ち合うことにして、Kさんはさっそく教えられた住所へと向かいました。

クレームを入れてきたSさん宅は郊外の高台にありました。
低い山を中腹まで切り崩して造成した、大規模な新興住宅地のほぼ一番上にある区画で、Sさん宅を含め、周囲の家はどれも広い庭付きの一戸建てばかりです。

現地に着いたKさんとM氏を迎えてくれたのは、S夫人でした。                                                30代後半くらいのまだ若い女性でした。
挨拶もそこそこに、シミができたという2階の部屋へ確認に上がります。

そこは15畳ほどの広さの夫婦の寝室で、一方の壁一面には作り付けのクローゼット、2方には大きな窓があり、中央にはセミダブルのベッドが2つ、花柄のベッドカバーがかけられて並んでいました。

問題のシミはその真上。天井の一方の隅から反対側の隅へと、中央の照明器具を越えて対角線上に点々と続いています。
そのシミは、Kさんの表現によれば「薄墨の液にひたした雑巾かモップをベタベタと引きずったような」ものだったそうです。

S夫人いわく、昨日の夜まではなんともなかったが、今朝目が覚めてみるとこのような状態だったといいます。
Kさんはひと目見て雨漏りなどの水滲(じ)みでないことが分かったそうですが、S夫人を安心させるために、まずは型通りの調査からはじめたそうです。

調べてみると案の定、屋根や梁、柱などに雨漏りや水漏れの痕跡はなく、
シミがあるであろうあたりの天井板も、裏側はまったくきれいな状態でした。

黒カビのしわざかと思い、クリーニングをして見ましたが、少し薄くなった程度できれいにすることはできませんでした。
ただ、顔を近づけてみると、シミからはドブのようななんともいえない悪臭がにしていたそうです。

「原因不明」というのが正直な結論でしたが、しきりと気味悪がるS夫人には、クロスを張ったときの糊が化学変化で変色したらしいという苦しい言い訳をして、M氏ともども平謝りにあやまった上、天井のクロスをすべて張り替えることで納得してもらったそうです。

「そのあとはどうなったんですか?また、シミが出たりはせんかったんですか?」と聞くと、Kさんは「ありがたいことに、そのあとは何もなかった。
まあ、あんな得体の知れん薄気味悪いことがたびたび起こったらかなわんよ」と言います。

Kさんはさらに言葉を続けます。
「このころからかなぁ、新築の物件でもこんな薄気味悪い、わけのわからん話をちょこちょこ耳にし始めたんは。
これは俺の妄想かも知れんけど、あのシミは何か得体の知れん奴が這いずって行ったあとのように思えてならんのよ。だいたいシミができてたんも、北東から南西、つまり鬼門から裏鬼門へかけてじゃったしなあ」

「あれかなぁ、地鎮祭をせんで家を建てる奴が増えてきたからかなぁ」と独り言のようにつぶやいたKさんは「幽霊か妖怪か知れんけど、あんたの寝ている真上を、真夜中にズルズルと得体の知れん何かが這いずっとったと想像しごらんよ、気味が悪うてかなわんじゃろ」と言って話を終えたのでした。

初出:怖い図書館ツイキャス
怪談目視録 怪爺 15回
2023.1.14
週刊怖い図書館 第272回 怪爺第15回
2023.1.17
再掲:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 八十七日目

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