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或る物売りの話

みなさんは小学生のころ、学校の門の外などで、怪しげな物を売るおじさんを見たことはありませんか?

私が小学生の時には、学校の裏門の脇で、下校時の子どもたちを目当てに、怪しいおじさんが店を広げていたことが時折ありました。

荷台に大きな箱をくくりつけた、オンボロな自転車を脇に停め、道端にペラリと黒い布を敷いて、手品グッズなどを口上と実演を交えながら売っているのです。

当然、学校の許可はもらっておらず、私たちは帰りの会などで「絶対に買わないように」と先生からよく注意を受けていました。

小学5年生の秋の頃、土曜日の半ドンの授業が終わった帰り道での事でした。
その物売りのおじさんは、いつも居る裏門の脇ではなく、50メートルほど離れた通学路の曲がり角に店を広げていました。

赤レンガ造りの小さな倉庫横の空き地に陣取ったおじさんの前には、すでに十数人の子どもたちの人垣ができています。

そのおじさんは、いままでに見たことがない人でした。
頬や首周りをはじめとした、全身の肉が垂れさがっているような、色黒のぷよぷよと太った体型に、目と口が異様に大きかったことを今でも覚えています。

そして、何よりも印象的だったのはその左手です。
人差し指から薬指までの3本が無く、太い小指と親指だけのぷくぷくとしたその手は、不謹慎ながら、美味しそうなクロワッサンのように見えました。

おじさんは、その身体に似合わない甲高い声で軽快に口上を述べながら、クロワッサンのような手で、かたわらの大きな箱から器用に様々な物を取り出して見せるのでした。

その品揃えは他の物売りよりも幅広く、定番の手品グッズのほかに、地球ゴマや、発売されて間もないリカちゃん人形用の着せ替えセットなど、当時のこのあたりの小学生には、物珍しい品物が多くありました。

おじさんの口上につられて走って家まで帰り、いくばくかの硬貨を握りしめて駆け戻ってくる、そんな低学年の子も何人かいたようです。

「ねえ、これはなに?」
おじさんを取り巻いていた中のひとりが、突然声を上げました。
見るとその子は、おじさんが傍らに置いていた黒いアタッシュケースを指さしています。

「ん?これか~?」
そう言うとおじさんは、アタッシュケースを膝の上に乗せて、パチンとその蓋を開け、中身が私たちに見えるようにくるりと向きを変えました。

中には、白い小さな薬袋のようなものが一列、ぎっしりと立てて並べてあり、その横には茶色の小瓶が数本と、きれいな石のブレスレットやネックレス、小さな藁人形や木彫りの人形が数体ずつ、それぞれ整然と並べられていました。

「これはぜ~んぶ、キライな人が消えてなくなる不思議なおまじないの道具だよ~」と、おじさんは変な抑揚のついた妙に明るい口調で言って、薬袋のような物をひとつ抜き出して、私たちに見せてくれました。

袋は薄っぺらく、少し汚れた生成りのような色でした。
表面には赤黒いひょろひょろとした、震えたような手書きの文字で〈のろいのおふだ〉と書かれてあります。

「え~?!、うっそ~」
私たちは口々にワイワイと声をあげたり、笑いあったりしていましたが、中には値段や、本当に効くのかと尋ねる子もいました。
「ぜ~たいに効くよ~」
おじさんはまた、変な抑揚のついた軽い調子で答えています。

〈のろいのおふだ〉の値段はというと、1個20円のアイスクリームを買うべきか否か悩んだ、当時の私たちのお小遣い感覚から見れば高額な、1枚50円とのことでした。

そのあともしつこく、アタッシュケースの中身について尋ねている子が数人いましたが、私はさすがにインチキだと思い、見たいテレビ番組もあったので、その場を離れて帰宅したのでした。
そして、夕方にもう一度その場所を通ると、おじさんの姿はすでになく、そのあとは二度と見かけることはありませんでした。

それから1ヶ月ほどたった頃、小学校では生徒が急な病気や交通事故で亡くなる事例が4件相次ぎました。
亡くなったのはいずれもガキ大将と言っていいような、元気な子ばかりだったと言います。

それが単なる偶然だったのか、それとも誰かが買った〈のろいのおふだ〉が効力を発揮したものなのかはわかりません。
しかし私には、あのおじさんの顔や姿とともに、今でも時おりよみがえる判然としない古い思い出のひとつなのです。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
テーマ回「呪物が関係する不思議怖い話」
2023.2.19

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