「人は鏡」という言葉が好き 良くも悪くも本当にそう思う 吸収の早い子が職場にいて、私の良い所を取り入れてくれるんだけど 先日、私の悪い癖と同じ事をしているのを見てしまって 「やってしまったな」と反省した 何気ない事こそ無自覚、人は見ていないようで見ているもの 自分の事なのに他人から知らされる(自分の)ダメな情報 仕事も家族も交遊関係もパートナーに対してももっと丁寧にいたいと思っているけれど 意識をし続けるという事は慣れるまで相当なエネルギーを要するし 私はよくストレスへと繋
改めまして、本当にありがとうございました 初個展、無事に終える事ができました これも皆様のご協力、応援あっての事です 私が「時間」というものの大切さに気付いたのはこの数年の事でした 時間とは人生の一部分であると思っています その命の時間を割き、無料開放ではない場所へとお越しいただいた事 本当に心から感謝をしております 個展に行く。という1つの予定がある事によりその前後の予定が変わったり、夜更かししてくれたり、そんな事があったかもしれません そういう事も引っくるめて感謝して
「欲」を撮影してくれた叶さんは、鏡を使った作品を手掛けながら被写体さんとして活動されてるイメージが強かったのですが セルフィーで撮影する側でもある叶さん。 敢えて私が撮ってもらうというのはどうだろうか、と大変興味が湧きました。 普段 被写体として作品になっている方に撮っていただくという事自体がもう「欲」に組み込まれているようで不思議な感覚。 現実的で人間らしさがテーマの「欲」 それにプラスしてミステリアスで繊細な作品にしたいなと思い、その印象にとても近かった叶さんにお声が
「悪」を思った時「憎しみ」の感情をより強く考えました。 憎しみで括ると無限にエピソードが出てくる中でも、もうこれしかないと思う実体験がありました。 これをただただストレートに表現するのだと面白くないと感じ 昭和11年に日本で実際に起こったとある殺人事件の犯人に扮して撮影をしていただきました。 この犯人には運命的なものを以前から感じており、又 内容も精神的な意味合いで似ていた事から 「悪」のテーマにしました。 そして犯人が事件を起こした当時と私の年齢が一緒だった事もあり「今やり
こちらのテーマでは、私自身がLGBT当事者だという事もあり 大通りで開催されるLGBTのイベントのレインボーパレードで絶対に撮影したいと思っていたもの。 コロナで開催されるか不安な時期もありましたが無事に開催当日を迎える事が出来ました。 理解者であるkomaにどうしてもお願いしたかったテーマ、今回1番最初に内容が決まった感情でしたが開催を待ち1番最後の撮影となりました。 「愛情の形は様々」というパレードのメッセージ性を取り入れつつ パレードという人がたくさん集まるシチュエ
「楽」は今回の感情の中で1番、自分らしい解釈になかなか繋がらないテーマでした。 解釈より先にカメラマンさん、撮影場所が決まっていた状態で そこと更に絡ませていくのが悩ましくも面白かったです。 カメラマンの伊藤妹さんとの撮影は当日 2回目。 1回目の時に、とてもエネルギッシュで一緒にいると元気を貰えるお方…そんな印象でしたので「楽」をお願いしました。 作品にもエネルギーを強く感じ、被写体さんの個性の魅せ方が素敵だなと思いました。 妹さんが自身の個展などで取り上げていらっしゃっ
哀しみの向こう側には「人」の存在がある。 最初のイメージはそんな感じだったので、被写体さんをもう1人登場させるかスマホなどを用いて「他人」の存在を匂わせるか思い浮かべていました。 黒崎さんの作品といえば、淡く儚い中にも優しさや温かみを感じるものが多く なんといっても女性の写し方が特に素晴らしい(男性被写体さんや中性的な方の作品も素敵で大好きですが) 黒崎さんの展示を初めて見た日、女性に寄り添った作品ばかりを拝見したので 黒崎さんを勝手に女性だと思ってたくらい。 それくらい繊
という状況の中、何とかぎりぎりその前にお会いすることができたのが「怒」を撮影してくれたWooさん。 以前から、ずっと撮影をお願いしたいと思っておりタイミングを逃し続けてた中のお声がけでした。 Wooさんの作品には 綺麗で少し切なく、上品さの中での強かさ感じる印象を持っていましたがSNSで拝見していただけで、実際の撮影は本番が初めてでした。 私が提案したシチュエーションが「自決」ということで 提案に1番戸惑った感情でもあります。 当初のイメージでは「自決」は取り入れていませ
3月に企画して、約半年の間 準備をしてきた個展。 七つの感情(喜怒哀楽愛悪欲)をそれぞれ7名のカメラマンさんにテーマを伝えお願いをして撮影をしていただいたものです。 このコロナ禍の中ではありますが 皆さんのご協力や励ましの言葉を支えに無事に開催する事ができましたので、感情順に作品の事に触れていこうと思います。 1回目は感情「喜」をテーマに撮影していただきました山田夏蜜さんとのお話しをしたいと思います。 因みに、今年6月に開催されました山田夏蜜さんの個展に私は被写体として参
誰かが何か行動する事に対して 賛成と反対は必ず起きるもので そこに「自分の意見」を持つ事は大切な事だと思ってる。 だけど 何が正解か不正解かは状況や人間が変われば違ってくる訳で 必ずしも私の意見が誰かにとっての正解とは限らない。 皆、コロナ対策に少し過剰になっている。という意見を耳にした。 続いてその人からは無責任さや思い遣りのない行動、発言は確かにあったけど 自分と意見が異なるからといって頭から否定するのは違うと思って自分に言い聞かせた。 皆が同時に幸せになれるなんてい
そもそも私には強い劣等感が在る 現状維持に必死になっているのは本当に苦痛だ。 前に進めていない。 進化や変化を感じられない。 もがいてるという実感はあるが、成長しているという実感がまるでない。 自己否定の塊であるが故、何も行動していない気持ちになる。 きっとそんな事はないのだろうけど。 基本的に私の事など皆 興味がないものと思ってる。 必要とされてるなんてとんでもない。 そんな事ないよ!好きだよ!と言ってほしくて甘えてこんな事を言ってる訳じゃない。 だからこそ、自分だけ
私は幼稚園児の頃から性欲が強く(当時はよくわかっていなかったけど)歳を重ねる毎にその欲求は加速していた。 何か病気じゃないかと疑う程 四六時中そんな事を考えていた。 初体験は女の子とだった。 まともに付き合った最初の人、私が19歳の時だった。 付き合い始めは本当に盛んで 彼女も応じてくれていたけど、余りにも私の欲求が強すぎて怒られた事も多々あった。 「そんなにSEXが好きならAVの仕事したら?」 「君に男性器がついてなくて良かった、君なら絶対誰か孕ませてたよ」なんてキツイ冗
父は気付いたらいなかった。 私の幼少期から既に家にいない事が多く、毎日家には帰ってこられない仕事なんだと思っていた私は特に気にした事がなかった。 小学4年生の時に家を建て直した際に、父の部屋がなかったので「もう一緒に住む事はないんだな」と気付いたけれどそれを確かめもしなかった。 度々 顔を見せに現れてはいたけれどその内それもなくなり 私が中学1年生の時に、誰かと電話で通話してる母の声をたまたま聞いてしまって 父は道外に暮らしていて再婚し、子供もいる事を知った。 母は朝から
10月に企画展を控えてる。 個展という括りとはまた別物と思っているのでそう呼んでいるけど「個展をやりたい」その気持ちから動き出した企画だ。 「どうして企画展をやろうと思ったのか?」 今までセルフでやってきたのは、醜いと思ってる自分の姿を他人にさらすのが怖かったから。 セルフだと自分の良い所だけを魅せる事が出来るけれど、撮ってもらうとなるとそうはいかなくなる。 何故なら私は、自分の容姿が嫌いで嫌いでしょうがないからだ。 去年、勇気を振り絞り撮影を依頼してから少しずつ考え方が
聞いたことがある人も多いと思います 私は長年これに苦しんでいて たまに今もその存在を感じている症状。 よく耳にするのは「確認作業」だと思います。 家の鍵は閉めたか、火は消したか…日常的にする作業でしょ?と言われがちなんだけど 私は1回や2回の確認では不安でした。 鍵の確認は ドアノブを2回引いて閉まっている事を確認 2、3歩進んでまた戻ってドアノブをまた2回引く。その後も「あれは本当に確かな記憶か」と思いながら帰るまで気掛かりになっているというもの。 酷い時は、地下鉄
異変に気付いたのは中学1年生の時だった。 身体的な悩みを抱える事が多くなり、外見だけじゃなく内面的にも自分は最低で最悪で生きてる価値なんてまるでないと気づき始めた。 その悩みの中にあったのが「身体と心の性の不一致」 今でこそ知識も理解も得られる事が増えたLGBTの世界。当時はそんな言葉はなかった。 性同一性障害を取り上げたドラマを見て「その」存在を知った時、どういう訳だかその気持ちが理解ができたのだ。 私はスカートが嫌いだった、胸がぺちゃんこだった、体毛も濃かった、