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陰謀論を敬遠する私たちは、本当に健全な思考をもっているといえるのだろうか

※ウクライナ情勢についても、陰謀論みたいなものが出ているようなので、陰謀論について書いてみました。
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陰謀論といえば怪しいイメージだが、それを敬遠する私たちは、本当に健全な思考を持っているといえるのだろうか。

■まえがき
2020年11月。
僕は、米大統領選挙の行方を見守っていました。
トランプさんの続投か、バイデンさんが勝つのか。他国のこととはいえ、選挙結果は日本の今後にも関わることだけに、どこか遠い国の出来事とは思えず、リアルタイムで票の行方を見ていました。

結果は、皆さんもご存知のとおり、バイデンさんの勝利でした。
しかし、選挙中から、民主党側は不正をしているという話がたくさん出てきて、それらしい情報が、Twitterにも溢れていました。

当時、私はトランプさんを応援していたし、ネットで見る"不正の証拠"とされるものは、確かにそれっぽいものであり、バイデンさんはチャイナ寄りという話もあったため、チャイナ共産党が工作でもしたのか? と考えたりもしました。しかし、不正の証拠を調べた結果は、証拠はなしというものでした。

この結果に対し、証拠を隠滅した、最高裁もグルだなどという話も出てきて、トランプさんも強く非難していたために、アメリカを分断するような騒ぎとなりました。

僕は今でも、なにかしらの"不正行為"はあったと思ってはいます。政治の世界ですし、正面から正々堂々なんてないだろうという考えもありますし。
しかし、その証拠は出ませんでした。たとえ最高裁がグルで、証拠を隠滅したとしても、証拠が出ない以上、それがあったとは証明できないわけです。このあたりについては、以前別の記事を書いているので、詳細は割愛します。

バイデンさんが大統領になることが決まった後は、アメリカはチャイナ寄りになり、日本は終わるといった悲観論や、トランプさんがディープステートのことを口にしたこともあり、Qアノン(アメリカの極右の陰謀論)を信じる人たちの間では、トランプさんはバイデンさんが就任する前に、ディープステートの関係者をすべて逮捕して、再び大統領として返ってくる、というような話が出たり、バイデンさんが就任したあとは、3月が"その日"だ、という話もありました。

アメリカがチャイナ寄りになるという部分は、当時は僕も懸念していました(実際には、様々な理由から、アメリカは議会が反中に傾いていたので、大統領が変わってもそのスタンスが大きく変わることはないのですが)。しかし、そのどれもが現実になることはなく、一年が過ぎました。

では、いわゆる陰謀論を信じた人、今も信じている人たちは、おかしい人たちなのでしょうか? 残念ながら、中には本当におかしい人もいると思います。しかし、陰謀論を信じてしまうこと、そのものを、おかしいの一言で済ませてしまうのはちょっと乱暴です。

事実を重んじる人たちの中には、これだけデータを示しているのに、これだけ事実が出てるのに、なぜいつまでも根拠のないことを信じているんだと、攻撃的な態度を見せる人もいます。でも、僕からすると、その人たちも大切なことを見落としています。だから、信じてしまう人たちが、なぜ信じてしまうのか理解できず、冷静になれと言って相手の感情を逆なでし、感情論をぶつけられることで、自分もいつの間にか冷静でなくなっていた、ということになるのです。

本稿では、人が陰謀論を信じてしまうのはなぜか、明確なデータや事実を示しても意見を変えることができないのはなぜか、彼らを変えたいと思うなら、何をしなければならないのかをお伝えします。


■ポイント
・人は感情で動く生き物である。
・事実は人の意見を変えられないという事実。
・お固いのより物語がお好き。
・人間心理を無視してはいけない。
・その言い方ではカルト深まる。


1、事実は人の意見を変えられないという事実
鈴北さん(仮名)は、ある朝、家族と朝食を取っていました。
起きてきた二人の子供が席につく頃には、朝食を終えて、子どもたちが食べ始めると同時に、タブレットで新聞を読み始めた鈴北さんは、一つの記事に目を止めます。

「ガンの発生を防ぐCPAXのワクチンを接種すると、生まれてくる子供が自閉症になる可能性が高くなる」

大手新聞社の一面記事に、鈴北さんは衝撃を受けます。
確か、先日結婚した会社の部下は、奥さんがCPAXワクチンを接種したと言っていた。その話を聞いて、将来のことを考えて、自分も妻と話してみるというやり取りをしたばかりです。

しかし、そこで鈴北さんは思いました。
大手新聞社とはいえ、これまで何度も誤報やフェイクニュースを出してきた新聞社……これは事実ではないかもしれない……

鈴北さんは自分を落ち着かせて、他の新聞社の記事を見ます。
しかし、大手と呼ばれる他の2社も、一面ではないにしろ、ワクチン接種の危険性を訴える記事を掲載しています。

「あなた、どうしたの?」

夫の様子がおかしいことを察した妻が、心配そうに言います。

「いや……なんでもない……」

鈴北さんは、その場をなんとか取り繕い、会社に出勤すると、部下に新聞記事のことを話しました。部下は青ざめ、新婚だというのに、すっかり落ち込んでしまいました。

鈴北さんは、悪いことをしたと思いながら、事実を知りながら伝えないのは、上司として問題だと自分に言い聞かせましたが、罪悪感と不安は残り、ワクチンの危険性について、自分でいろいろと調べたりもしました。

それから数日後。

別の大手新聞社が、一面にこんな見出しを掲載しました。

「CPAXワクチンを接種すると、生まれてくる子供が自閉症になる可能性が高いという事実はない」

複数の医者が共同で行った研究の結果、自閉症になるリスクが高くなるという事実は発見できなかったというのです。鈴北さんはホッとしました。医者が、それも複数の医者が調べた結果なら、大丈夫なのだろう。これで、妻と話もできる……

しかし鈴北さんは、いつまで経っても妻とワクチン接種の話ができませんでした。自閉症のリスクが高いという事実はない。それが専門家である医者の見解なのに、心の中にある不安は消えてくれません。政府も、医者の見解を受けてもなお、接種を進めることに及び腰のようです。

リスクはないといっても、ゼロではないのかもしれない……いや、それはあたりまえのことかもしれないが、しかし……
妻はもう一人子供がほしいと言っている。もしその子供が……

そんな不安が、頭の中をぐるぐると周り、もう少し様子を見てから、もう少し調べてから……先延ばしの思考ばかり浮かんできます。部下にも、医者はこう言っていると話しましたが、伝えた鈴北さん自身も、話を聞いた部下も、不安を消すことはできませんでした。そして結局、妻と話をしないまま一ヶ月が過ぎ、いつの間にか、その話は頭の片隅に追いやられ、考えなくなってしまいました。


あなたも、似たような思いをしたことがありませんか?

先程の鈴北さんの話は、かつて朝日新聞が副作用があると大々的に報じ、そのまま訂正を行っていない、HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの話をモチーフとしたフィクションです。

朝日新聞は、ワクチンには副作用があると煽り、その結果、日本は今でも、HPVで年間約3000人の人が亡くなるという事態になっています。朝日新聞が言うような副作用はないことは分かっており、先進国では接種が進み、死者が減っているのに、日本は先程書いたとおり。当然のように、朝日新聞は謝罪も訂正もせず、何事もなかったように存在していますし、ワクチンに関する記事も書いていたりします。

朝日新聞の記事は、事実ではありませんでした(いつものことと思ったかもしれませんが、落ち着いて)。そのあとに出てきた、朝日新聞が書いたような副作用はないという研究結果は、事実でした。

普通に考えれば、事実が正しいのだから、そういった事実が出た時点で、接種率は大幅に上がるはずです。でも現実には、「本当に大丈夫なんだろうか」という不安が消えず、接種に踏み切れない人が大勢いるのです。


■事実ではないことを恐れるのは無知なのか
事実ではないことを恐れて接種できない人は、無知で愚かなのでしょうか。
事実を重んじる人の中には、そう考える人もいます。科学がなかった古代ならともかく、今の時代にそんなことを信じるなんて……と。しかし、話はそう単純ではありません。

僕らは、正しいことを言っていれば、いつかわかってもらえると、無意識に思っていたりします。それが事実だから、科学的に正しいから、と。しかし世の中には、科学的根拠がない謳い文句で売られている商品もあります。

でも人は、それを信じてしまう。
どんなに合理的な考えをもっていても、人間という動物そのものは、感情で動くものです。論理的な思考で考える前に、感情が"反応"します。どんな事実を並べても、その人が抱えている恐怖や不安を拭えない限り、事実はその人に届かないのです。

人を説得しようとするとき、不安を植えつけるというアプローチは効果は薄く、ポジティブな、希望をもたせるようなことを言ったほうが、人は動いてくれます。しかし、僕らはつい、人を説得するときも、不安や恐れを与えてしまいがちです。

ある行動を止めさせたいなら、代わりになる行動を示さなければならず、代わりになる行動に導くには、ポジティブな方向に話をもっていったほうがいいにも関わらず、です。

事実は、人間の脳である大脳新皮質に訴えかける、論理的なものです。一方で不安は、動物の脳……感情脳と言ってもいい……大脳辺縁系に本能的に訴えかける感情。どちらの訴えが強いかといえば、感情のほうです。

だから、データがどんなに正しかろうと、事実がいくつあろうと、論理で訴えかけている限り、感情には中々届かないのです。

たとえば、ワクチンについての情報が錯綜していれば、誰でも不安になります。
コロナワクチンのように、通常の薬よりも短期間で臨床試験をして認可されたものは、それだけでも人を不安にさせます。実はその裏で、通常では考えられないほど多くの臨床試験が行われていて、安全が確認できていたとしても、最初に表に出てくる情報が断片的なものであれば、本当に大丈夫なんだろうかという不安は、誰にでも湧いてきます。

そこに、コロナワクチンを接種したら子供ができなくなる、接種したら死んでしまうといった、衝撃的な情報が飛び込んできたらどうでしょうか。

冷静に情報を整理し、接種を選択する人もいますが、これから子供を作ろうとしている人、幼い子供がいる人、孫の顔を楽しみにしている老夫婦……そういった人たちは、そうでない人たちよりも大きな不安を抱えます。その結果、ワクチンを接種しないという選択をしてしまうこともあります。

接種しなくても、他に感染しない手段はある、しっかりと手洗いと消毒をすれば……そんなふうにして、接種を見送るのです。そんな事実はないといくら伝えても、すでにできあがった信念を変えるのは、一貫性の原理からいっても容易ではありません。冷静になれと言っても、それは意見の押し付けになってしまい、相手の感情を安心させることには繋がりません。つまり、伝わらないのは、事実を受け入れない人が無知なのではなく、伝え方に問題があるのです。


■相手の感情を無視すれば感情的反発を受ける
2020年の米大統領選挙のとき、"不正騒ぎ"で、アメリカは分裂の危機が高まりました。日本でも、いわゆる保守と呼ばれる人たちの間で、意見の相違の枠に収まらない分裂が起きました。

ここから、分かりやすくするために、事実やデータを重んじる人たちを"事実派"、いわゆる陰謀論的なことを信じる人たちを"陰謀派"と呼ぶことにします。単純に分けられない部分もありますが、分かりやすくするためのものと思ってください。

さて……では、事実派と陰謀派、どちらが正しかったのか。
騒ぎのあとの状況を見れば一目瞭然だと思うかもしれませんが、問題の本質はそこではありません。重要なのは、事実派が陰謀派を説得できたのか、ということです。

後に騒ぎが落ち着いたとき、自分が間違っていたと考えた人もいましたが、騒ぎの最中は説得できず、事実派は陰謀派から、大きな"感情的反発"を受けていたと思います。
僕はそれを、少し離れた場所から見ていましたが、正直なところ、事実派と陰謀派、どちらも冷静ではなくなっているように見えました。

どちらも、自分の意見が正しく、相手は間違っているというスタンスで、意見を押し付けあっている。事実派は、データなどを持ち出して陰謀派を論破しようとしたり……論破は勝ったほうは感情的に満足するかもしれませんが、必ず溝が残ります……陰謀派は出どころの怪しいものを事実として突きつけ、感情を全面に出して事実派を攻撃している……そんなふうに見えたのです。

事実は重要であり、僕もそれを重視しています。しかし実は、事実というものは、僕らが思っているほど人の意見を変える力はありません。その事実がどれだけ科学的に正しくても、あまり関係ありません。

これだけ情報が溢れているのだから、調べれば誰だって事実にたどり着ける、それなのに……と思うかもしれませんが、僕らが普段見ている情報が、客観性を与えてくれるかというと、そういうものでもありません(これについては後述します)。加えて人間の脳は、石器を使っていた頃とほとんど変わっていません。
相手の感情を軽視したら、伝わるものも伝わらないのです。


■ブーメラン効果と確証バイアス
事実派であっても、自分の意見を否定する反証を見せられると、新しい反論を思いついたり、頑なになったりするものです。これはブーメラン効果と呼ばれるもので、誰にでもあります。相手の反対意見に"合理的"に見える反論して、自分の意見を強化すると同時に、不快な感情を解消する……科学者や弁護士のような人であってもです。
しかし、一見"合理的"に見える意見も、自分が相手を説得するために都合の悪い部分は、無視されていたりするのです。

自分の意見に肯定的なものばかりを見てしまう確証バイアスも、誰にでも起きます。気をつけていても、完全にバイアスをなくすことはできません。
ましてや、まともなジャーナリストや科学者でもなければ、何かを調べようと思ったとき、わざわざ反対意見を引っ張ってきて熟読したりしません。仕事で必要などの理由がなければ、そんな"不快"なことはしないものです。

そしてここには、テクノロジーによる情報の偏りという問題もあります。
ネットで情報を得ようとするとき、自分の検索履歴が反映されたものが、カスタマイズされて表示されます。しかし、それが自分にとって都合のいい結果だとはあまり考えませんし、"自分のほしい"情報が瞬時に見つけられて助かる面もあります。

NetflixやAmazonも、これまで見てきたもの、購入したものからレコメンド(あなたの好みそうなものがありますよとオススメを表示してくれる機能)されたものが出てきます。これは便利ですが、まったく違う世界観を持つ映画やドラマ、商品を選ぶ機会を奪われているとも言えます。ネットの検索結果も同じです。進化し、便利になったテクノロジーは、僕らが元来持っている確証バイアスを強化してしまうのです。

いやいや、確証バイアスは知ってるけど、自分はデータを重んじるし、数字を見て正確に判断するから問題ないよと思った人もいるかもしれません。
しかし残念ながら、そういった知的と思われる人のほうが、データを都合よく歪めてしまうという研究結果もあります。そして人間は、自分の能力を平均より上と考える傾向もあるので、油断は禁物です。そういったことをできるだけ減らすには、どんなデータに基づいていたとしても、自分の意見は絶対ではないかもしれないと考える、知的謙遜が大切になってきます。


■信念を覆すのは難しい
テクノロジーによって強化され、感情を土台とする信念を覆すのは、困難です。
どんな情報を示したとしても、その情報は、自分がそれ以前から持っている信念の影響を受けて評価されます。その情報が正しくても、すでに確立されている信念とかけ離れているほど、その情報への信頼性は低く受け取られてしまうのです。

そして、陰謀論は信念の一つと言えます。
陰謀論が信念? どういうこと? と思ったかもしれません。
どういうことか、次の章でお話します。


2、陰謀論は信念の一つ
陰謀論が信念と言われても、意味不明かもしれませんが、事実は思っているより人の意見を変えられないということを踏まえれば、なんとなく分かっていただけるのではないかと思います。

陰謀論を信じる人は、そこに深い信念をもっています。
周囲から、それはおかしいと言われても、そこにはその人なりの信じる理由があるのです。

そういう意味では、陰謀論は一つの宗教とも言えるかもしれません。
しかし、陰謀論を宗教と考えたとき、世界中に広がっている宗教とは、決定的な違いがあります。

それは、救いの有無です。

キリスト教なら、信仰があれば天国に行ける、仏教なら、極楽浄土に行ける。現世でどんな過ちを犯しても、信仰があれば地獄に行くことは免れる……宗教には、そんな救いがあります。

しかし、陰謀論にはそんな救いはありません。そんな宗教を誰が信じるのか……そう思うかもしれませんが、もう一つ、陰謀論には、他よりも強力な、人を引きつける魅力があります。そしてそれが、陰謀論が信念という部分に繋がってきます。


■信念の正当化を助ける陰謀論
陰謀論が一部の人たちを強力に引きつける理由は、信念の正当化です。
陰謀論が信念を正当化し、強化してしまう……なんだか恐ろしげな話ですね。

人は誰でも、自分が信じているものが正しいと思いたいし、否定されれば、相手の意見が正しくても反発心が芽生えます。そしてここに、陰謀論が付け入る隙が生まれます。

君は間違っていると打ちのめされ、感情は反発しているのに反撃する材料が自分の中にない。そのとき、あなたは正しい、気持ちは分かる、一緒に戦おうと言ってくれる人がいたら、好感をもつし、信じたくなるし、すがりたくなります。

心が弱っているとき、余裕がないとき、人は判断力が落ちるし、救いの手を掴みたくなるものです。失恋直後の異性に優しくしたらうまくいく可能性が高いと言われるのも、同じ原理です。

そして、深みにはまっていくのです。
途中で何かおかしいと感じても、一貫性の原理も手伝って、抜け出すのは難しいものです。今さら、自分が間違っていたとは言えないのです。それを言えば、相手が優しく受け入れてくれるわけでもなく、だから言っただろと言われるだけと思っていたら、なおさらです。

たとえば、ある政治家の再選を信じ、応援する宮代さん(仮名)という人がいます。
彼は、応援する政治家が再選をかけた選挙で、途中経過は優勢だったのに、突然不可解に思える逆転されるのを目にします。宮代さんの中には、それが正当な事象……単純な集計ミスだったかもしれないなど……と"冷静に"考える前に、相手陣営が何かしたのではないかいう"疑念"がでてきます。
応援している政治家自身も、おかしい、彼らは不正をしていると声高にいい、相手陣営は当然のように、言いがかりだと言います。どうなってるんだ……そんなことを考えたり、調べたりしているうちに、宮代さんが応援している候補は負けてしまいました。

宮代さんは、大きなショックを受けます。
さらに、相手陣営の候補者は政治思想が危険で、彼がトップとなった場合、国民に多大な被害をもたらすことになるかもしれない……これは大変なことになった……そもそもなんであんな奴が……おかしい、ありえない……様々な感情が湧いてきます。

こんな結果は信じたくない……ありえない……おかしい、何かあったんだ……
マイナスの感情は脳内で反芻され、ネットで調べた情報で、疑念が強化されていきます。
しかし、不正の証拠はいつまで経っても証明されず、どうなってるんだと、絶望的な気持ちになってしまいました。

そのとき、たまたまテレビで流れていた、応援していた政治家の演説を目にします。

「この結果には、重大な問題がある。●●陣営は不正に選挙を乗っ取った。我々はこの重大な問題を追求し、国を守らなければならない!」

確信のこもった力強い演説は、見る人、聴く人の感情を揺さぶり、打ちのめされ心に火を灯します。さらに、その政治家はおかしいと思われることを2、3上げ、こう締めくくります。

「私たちの目を欺き、不正を働き、私たちの国を乗っ取ろうとしている奴らがいる。私は、そんなものには決して屈しない。彼らの不正を暴き出し、必ず返ってくる!!」

必ず返ってくる……その言葉とともに、右手を力強く突き上げます。
それを見た瞬間、宮代さんの中に熱いものが生まれます。自分は悪と戦うヒーローの仲間、共に戦う戦士だ……そんな思いが出てきます。

厨二病じゃないのかと思ったかもしれませんが、違います。

宮代さんの体感したことは、打ちのめされて心が弱っているときに、大丈夫、君は正しい、さあ、もう一度やろうと、手を差し伸べられたようなものです。感情としては嬉しく、同時に、敵対する相手に対しては、強い怒りが湧いてきます。当然、不正はなかった(証明されなかった)と考える人たち……事実派……にも、敵意は向けられます。

ここで陰謀論の出番です。

選挙を乗っ取ったのは闇の政府だ。
票に細工もしたし、票を数える人間も、相手陣営に有利な人選がされていた。
墓の中にいる人間が投票している。
票を数える機械は、相手陣営の息のかかった会社のものだから、そこに必ずカラクリがある。

そんなふうにして、煽り立てます。
そしてそれは、証拠っぽいものとセットになって、ネットであっという間に拡散されていきます。
いや、それはおかしいだろ、こんなもん誰が信じるんだ? そう眉をひそめている事実派とは対照的に、宮代さんは確信を深めます。やっぱり、思ったとおりだった……と。

もうお分かりかもしれませんが、陰謀論は、これが答えだと言い切ることで、その人が持っている不安や不満や恐怖に、着地点を与えてくれるのです。

行き場がなくなった感情をぶつける場所、不安定な状態を安定させる場所を提供してくれる。なぜそうなのか、その疑問に答えを与えてくれる。それは、心理的に不安定な状態になっている人に、安心を与えるということです。


■信念の強化に事実は必要ない
こうして信念は強化され、宮代さんはどんどん確信を深めていきます。
人は信じたいものを信じるし、前章でもお話したとおり、確証バイアスとテクノロジーの助けによって、自分の信念を強化するネタを集めてしまいます。

宮代さんの例でいうなら、不正はあったに違いないと確信しており、その確信を強化するネタを集め、やっぱりそうだと"安心"するとともに、必ず返ってくるという、応援する政治家の言葉に"熱狂"するのです。

しかし、本当に不正行為があったとしても、法治国家である以上、証拠がなければ犯罪行為と認定することはできません。ある殺人事件を起こしたと思われる男がいて、状況証拠的には間違いないのに、そうだと示す物的証拠がでなかった場合、有罪にするのは難しくなります。それは不愉快な現実でもありますが、そうしなければ、犯罪をでっち上げることも簡単にできてしまいます。

ですが、いろいろと調べた結果、証拠がないという事実を突きつけられた宮代さんは、こう考えます。

証拠が出ないのは、その証拠を握りつぶしたやつがいるからだ……

前章でお話した、ブーメラン効果です。

裏付けのある事実を突きつけたところで、強い信念を持っている人は、新しい切り口で反論し、自分が間違っていたとは認めません。

しかしそれは、"事実派"であっても陥る可能性があることです。
私は正しく、君は間違っている。そういうスタンスでい続けるという意味では。

一方を悪に仕立て上げ、自分を正義とするのは、プロパガンダの常套手段ですが、陰謀論にも似たところがあります。

たとえば、あなたが会社で、突然別の部署に異動になったとします。
異動先の部署の仕事に興味があったわけでもなく、異動願いを出していたわけでもない。
今の部署でやりがいも感じていたのに、なぜ突然……

ショックは大きく、あれこれ考えてしまうでしょう。
そのとき、わりと仲のいい同僚が、耳元で囁きます。
「噂だけど、課長の●●、おまえのこと嫌ってたらしくて、裏で異動の手続き進めてたらしい。最低だよな、●●課長……」

●●課長は、とくに慕っているわけでも嫌われているわけでもないと思っていた人物でしたが、あなたは大きなショックを受けます。

そして、その理不尽な仕打ちに、怒りが湧いてきます。
その同僚の言ったことが事実かどうか、あなたが当事者でなければ、一呼吸おいて考えられるかもしれません。

しかし、異動? なんで? といった具合に、感情が前面に出て、視野が狭くなっているあなたには、そんなふうに考える冷静さはありません。そんな心理状態のところに、その答えとなるような、感情を激しく揺さぶることを吹き込まれる……

それでもなんとか落ち着こうと、本当のところを確認するために課長に話を聞くも、なんの話だと言われてしまいました。
課長が本当に何も知らなかったなら、当然の反応かもしれませんが、あなたはそうは考えません。

こいつ、しらばっくれてるんじゃないか……なぜ真面目に話を聞こうともしない? 後ろめたいからか……? これが本性か……? そんなふうに思い、さらに怒りが湧いてきます。
しかし、ぶん殴るわけにもいきません。

怒りと不安が大きくなり、その感情は、頭の中で様々な想像を作り出します。
そういえばあのとき……アイツはいつも俺に……疑いを帯びた主観が、過去の出来事の見直しを始めます。そうして、事実を確認する間もなく、想像は膨らみ、課長は自分を一方的に嫌って、部署を異動させたという"信念"を強くしていきます。

何年かして、冷静になってから考えれば、実際は違ったかもと思えるかもしれませんが、そう思えるかどうかは、異動先の環境が良く、キャリアアップできたなどのプラス面がなければ難しいですし、現時点で何を言われても、何を見ても、疑いフィルターがかかった状態では、事実が介入する隙間はほとんどありません。そうやって、正しいか間違っているかに関係なく、信念は強化されていくのです。

そんなこと、いくらなんでもあるわけない。そう思うかもしれませんが、冷静に考えれば馬鹿げていると思えるものを信じてしまうことは、誰でもありえます。

人間の判断力は、心理状態に大きく左右されますし、寝不足なだけでも判断力は低下します。同じ出来事でも、そのときの心理状態によって受け取り方も変わります。

生活に余裕がなければ、お金に関する詐欺に、嘘だろうと思っても信じてみたいという思いが出てきてしまったり、女性と縁のない男が美人に優しくされたら、何かおかしいと思いながらも貢いでしまったり、心理状態で判断力を誤る出来事は、日常に溢れています。

陰謀論を馬鹿げていると一蹴する前に、背景には、そういった信念の正当化と強化というプロセスがあると考える必要があります。

とはいえ、疑問も残ります。
心理状態が関係すると言っても、街の中で、拡張器を持った人が陰謀論を叫んでも、信じる人はあまりいません。

では親しい人に言われたら?

それは話の内容によります。
真実はこうなんだと、あなたが陰謀論を周囲の友達や家族に言った場合、繰り返し言っていたら白い目で見られるでしょうし、場合によっては、関係を切られる可能性もあります。でも、陰謀論は一定の広がりを見せ、支持されています。
それはなぜでしょうか。

3、発言に信憑性を纏わせる権威効果
人が陰謀論やそれに付随するものを信じてしまう理由の一つは、権威効果と言われるものです。

たとえば、僕がコロナワクチンは有害だと言ったところで、ほとんどの人は信じないでしょう。しかし、医者の肩書きを持つ人が、コロナワクチンは有害だと言ったら、多くの人がドキっとします。後者には、医者としての肩書き、権威があるからです。

街頭で拡張器をもった人が、世界は影の政府に支配されていると言っても、ほとんどの人はスルーします。しかし、アメリカの大統領が、影の政府の存在を公の場で口にしたなら、多くの人が振り向きます。

その発言が正しいかどうかに関係なく、権威ある人の言葉は、それだけ影響力があるのです。医者の言うことだから正しいだろう、大統領が言ってるんだから本当なんだろう、と。

こういった権威効果は、古い心理実験でも証明されています。
悪名高く、有名な、ミルグラムの服従の心理です。
自分がこれからやろうとしていることは、間違っているかもと思っても、権威ある立場にある人にやれと言われたら、多くの人は従ってしまう……嫌な話ですが、人間にはそういった傾向があることが、実験で証明されています。そしてそれは、職業や性別、年齢に関係なく見られるものです。

陰謀論も、僕らのような一般人が言っても、それほど伝わりませんが、ベンジャミン・フルフォードのように、有名なメディアで仕事をしてきて、人脈も広いだろう人が、ロシアの友人から聞いた話では……という感じで話し始めれば、信憑性を纏うのです。

本当に大切なのは、誰が言っているかよりも、何を言っているかです。しかし残念ながら、僕らは、自分と似ていると思う人、親しみを感じている人、権威ある人の意見を正しいと思いがちです。あまりにも荒唐無稽なことを、恋人や友人が言いだしたら、いや、ちょっとまてとなるかもしれませんが、それなりの立場にある人が自信をもって発言していたら、え、もしかしたら……と感じてしまうものなのです。

それが、自らの信念を強化してくれるものなら、信じる気持ちはさらに強くなります。
権威の影響力による信念の強化によって、確信はさらに深まっていくのです。

4、お固いのより物語がお好き
超大国アメリカの大統領さえも、表の顔として据えられているに過ぎない。この世界を牛耳るのは13のイルミナティの一族で、13の一族すら支配するのは、アトランティス王の末裔。彼らは富を独占し、一部の特権階級を除いた人類を奴隷化しようとしている……

そんな映画ありましたっけ? と思ったかもしれませんが、これは陰謀論として語られる話の一つです。

陰謀論には、ストーリーがあります。
練り込まれたストーリーとは言えませんが、B級映画のような、なんかよく分からないけどインパクトはある、なんとなく興味をそそる、みたいなやつです。大衆向けの映画であれば、陰謀論のようなものをネタとして組み込んでも、常に前面にもってくるような描き方はしませんが、そこを中心にして、前面にガンガン押し出すのが陰謀論です。

先程紹介したもの以外にも、こんな話があります。
コロナウイルスは、人類を何千万人も殺害するために作られたウィルス兵器で、主導したのは"あの"ビル・ゲイツ。なぜそんなことをするかと言えば、人類を奴隷化するため。しかし、ウィルスは思ったような効果は発揮しなかったため、作戦を変更。今度はコロナワクチンを接種しなければならないという流れにして、大半の人類にワクチン接種させる。ワクチンの中に極小のICチップが入っていて、気づかないうちに脳を支配され、人類は奴隷化される……

いや、ちょっとまってほしい。

そう言いたくなるかもしれません。
コロナをウィルス兵器として使うなら、バラ撒く前に実験したはずで、何千万人もの命を奪う力はないことは分かったはずだし、大虐殺をしてなんの意味があるのかよく分からないし、人類を奴隷化していったいなんのメリットがあるのか? と。

しかし、この手の"設定"は、映画やドラマでも使われます。
1990年代に爆発的にヒットして、日本でも大人気だったドラマ、Xファイルでは、アメリカ政府を裏で操る黒幕たちは、異星人とともに植民地計画を立てたり、人間の女性に異星人の子供を妊娠させるといった実験を行っていました。

主人公のフォックス・モルダーとダナ・スカリーは、FBIという、アメリカの機関の中でも力がある組織の人間ですが、すべての組織の上に立つ黒幕たちは、様々な方法でモルダーとスカリーを妨害し、"陰謀"を進めていきます。決して表には顔を出さず、闇の中で……

他にも、プリズン・ブレイクというドラマでは、"組織"と呼ばれるものが出てきます。
誰を大統領にするかといったことを決められるほどの力を持っており、必要なら平気で人を殺し、もみ消すことができる。法の外にいるような存在なので、なんでもあり、と言った感じです。

現実の世界を見たとき、そういう存在があるという確固たる証拠はないものの、この富の格差(世界のトップ1%の資産は、全人類の半分の資産に匹敵する)は何かおかしい、一般人には理解できない世界がある、裏で悪いことをしてる連中がいるのではないか……そんな漠然としたイメージは、誰でも少しぐらいはもっているのではないかと思います。

その漠然としたイメージ、不安や不満に対して、それはこういうことだよと、答えを与えてくれるのが、陰謀論のストーリーです。

ストーリーは、堅苦しい事実を並べ立てるよりも、はるかに分かりやすく、人の記憶に残ります。理由は簡単。ストーリーは、人の感情を動かすからです。

ある記憶を思い出したとき、それがどんな出来事だったか、細部まで正確に再現するのは難しい……覚えてると思っても記憶は変化するので……ですが、そのとき感じた"感情"は覚えているものです。辛かったとか、悲しかったとか、嬉しかったとか。

しかし、先程もお話したように、陰謀論的部分を前面にもってくる話は、マニアックになりがちなので、映画でも大衆受けは難しいものです。だから、しっかりと利益を上げなければ予算を回収できないような大作映画では、陰謀論的な要素は、多少使われていたとしても、中心にくることはほとんどありません。

そして陰謀論自身も、映画の中で描かれない背景部分まで、しっかり作り込まれたようなシナリオではなく、「なんでだよ!」とツッコミたくなるような、でもなんか面白いという、B級映画のような設定になっています。しかし、みなさんもご存知のとおり、B級映画が好きな人は一定数います(僕も嫌いじゃないです)。そういった特定の人たちを狙っているという意味でも、陰謀論には、B級映画のようなストーリーがあるといえると思います。

コロナワクチンはなんか怖い、不安……というところまでは、おそらく多くの人が、程度の違いはあれど、「そうだね」と思うでしょう。

しかし、コロナウィルスが人類の大量虐殺を狙ったもので、それが失敗したから、コロナワクチンにICチップを入れて接種させ、人類を奴隷化しようとしていると言われたら、多くの人は、いや、さすがにそれは言い過ぎ……と思うでしょう。

しかし、B級映画としては、それでいいのです。
そうきたか! この後どういう展開にもっていくんだろう……というふうに、ワクワクしながら楽しむことができる。
最初から、爆発的なヒットなど目指していないので、むしろそういう"らしさ"が必要なのです。

数字やデータは、正しさを示すのには役立ちますが、人の感情を動かすかというと、微妙です。たとえば会社のプレゼンで、グラフをふんだんに使って、様々なデータが示されていても、聞いていて退屈ではないですか? でも、この商品を使うとこういうことが起こる、というふうに、思わずその状況をイメージしてしまうようなストーリーがあって、そこに少しだけ、裏付けとなるデータが入っていたら、そっちのほうが印象に残り、やってみようという気持ちになると思います。

ストーリーには、そういう特性があります。
そして、陰謀論で使う場合は、設定が作り込まれ過ぎていないことがポイントです。おいおいまってくれ……というツッコミをいれたくなる世界観を残すことが、陰謀論らしさであることの重要なポイントであり、面白さでもあるのです。

5、何度も触れると好きになる
人間には、何度も触れるものに好意を抱くという性質があります。
これは、単純接触効果といって、まったく意識していない相手でも、何度も会ううちに好意をもつようになるというものです。

会社で、たまたま仕事を教えることになった後輩のことを、特に意識していなかったのに、いつの間にか好感をもつようになったりするのは、単純接触効果の影響もあります。相手がよほどの●●野郎なら話は別ですが……

それはともかく、この単純接触効果は、情報でも起こります。
特に今は、ネットでいくらでも情報を得ることができます。
情報が溢れ過ぎているせいで、逆に脳が圧迫され、ストレスになり、ニュースダイエットという言葉もあるぐらいです。

そしてここに、前章でお話した、確証バイアスとテクノロジーが関係してきます。
レコメンドされた情報に何度も触れるうちに、最初は「本当に正しいのかな……」と思っていたことを、正しいと思うようになり、SNSでフォローしている人が「あれは本当だった」と言っているのを見ることで、確信に変わっていきます。

でもそれは、最初から信じたい気持ちがあったからでは?
そう思うかもしれません。
しかし残念ながら、抵抗感のある話題であっても、何度も触れるうちに、悪い印象がいい印象に変わっていくのが、単純接触効果の怖いところでもあるのです。

検索結果で表示された記事の中身を読まなくても、見出しからなんとなく中身をイメージし、似たような情報に触れることで、気づかないうちに信念を強めてしまう……忙しい現代人にはありがちでしょうし、出来上がった信念を覆すのが容易ではないことは、前章でお話したとおりです。

確固たる証拠がなくても、陰謀論を信じてしまう裏には、単純接触効果も関係していると知っておくのは、自分や周りの人を見たり、話を聞いたりしたときにも役立つのではないかと思います。

6、冷静になれが煽り言葉である理由
ここまで読んでいただいたあなたなら、もう気づいているかもしれません。

陰謀論を信じている人に、"冷静になれ"というには、炎上させる行為です。
落ち着かせようとしているのだと思いますが、それは火に油を注ぐ、煽りの言葉でしかありません。

2020年の米大統領選挙のとき、事実派は、事実という強力な武器をもっていたのに、使い方を誤ったことで反撃を受けたのです。

あの騒ぎのとき、一部の人たちは、不正があったと言う人たちに対して、証拠がない、冷静になれと呼びかけ続けました。
この騒ぎが大きくなり、国が分断されるようなことになれば、笑うのは共産主義国家チャイナということになるので、危機感があったのだと思います。
しかしそれは、物語で例えるなら、賢者の立ち位置からものを言うことです。

ある小さな村に、外からやってきた怪しげな男がやってきました。
男が言うには、今、隣の国では疫病が流行っていて、やがてここにもくる。感染すれば、村の半分以上の人が死んでしまう。でも、この薬を飲んでおけば、感染しても死なないで済む……そんなふうに恐怖と不安を煽り、村人たちが薬に殺到します。

しかし、村の外れに住む賢者たちは、外からやってきた男が言っていることは嘘だと知っています。疫病が出てるのは本当ですが、致死率は高くなく、感染しても2、3日安静にしていれば治ってしまう。隣の国でも、パニックになどなっていません。

賢者は、それを村人たちに伝えます。

「みんな落ち着くんだ。あの男の言ってることは嘘だ。そうやって恐怖を煽って、薬を売りつけて儲けようとしているだけなんだよ」

しかし、すでに不安と恐怖に支配され、薬を買ってしまった村人たちは、聞く耳を持ちません。

愚かな村人たちだと嘆く賢者……
そして村人たちは、わずかなお金を搾り取られ、外からやってきた男はいつの間にかいなくなり、疫病の波もくることなく、村はさらに貧しくなってしまいました……

これは、村人たちが愚かだからそうなったのでしょうか。
もちろん、感情的にすべてを信じてしまうのは問題です。
しかし、賢者のほうも、君たちは間違っているから私の言うことを聞けというやり方ではなく、別のやり方で村人たちを説得することもできました。

それは、賢者ではなく、導き手になるというやり方です。

物語の主人公というのは、最初は未熟であることが多いですが、その主人公を助けるのは、賢者ではなく、導き手です。

導き手は、賢者と同等の知識や知恵をもっていますが、こうしろ、ああしろということは言わず、主人公を正面から否定するようなことも言いません。

主人公がもっている悩みに対して、どう対処すればいいか知っていますが、それを教えるのではなく、自分で気づくように導いていく。それが導き手です。

主人公の自主性や、行動に対するコントロール感を奪うのではなく、正しい方向にいけるようにする。

導き手であることの重要性は、現実世界でも同様です。

たとえば、カルトにハマってしまった子供を助けるとき、おまえが信じているものは嘘だ、
おまえは騙されているんだ、一緒に帰ろうと言っても、それは逆に、カルトを信じる気持ちを強化してしまうことになります。

カルトにハマったという結果の前には、ハマる以前に起こったこと、何か理由があるはずです。親は、子供のことを理解しているつもりで、自分は子供に慕われている、反抗期はあたりまえにあるから……そんなふうに考えていたりします。でも子供は、まったく理解されていない、自分の意見は聞いてもらえない、寂しいと思っているとしたら?

そんな寂しい心をもった子供に、君は悪くない、悪いのは理解しようとしない君の両親だと言って、弱った心温めてくれる人がいたとしたら?

それがカルトかどうかなんて考える余裕もなく、子供はその相手に好感と親しみを覚えます。優しい顔で手を差し伸べている男が、カルトの教祖だったとしても、自分が辛いときに手を差し伸べてくれた人に信頼を寄せるのは、当然の心理です。

第三者から見れば、確かにカルトにハマるのは危険だから、親の言うことを聞いたほうがいいというのは"事実"ですが、ハマっている本人は、そんな事実は眼中にありません。子供が抱えている寂しさに寄り添うことも、苦悩を理解しようともしないまま、子供が信頼しているものを頭ごなしに否定したら、当然のように反発されます。

また、以下のようなパターンもあります。
たとえば、ろくでなしの男と付き合って、一緒になりたいと言っている娘に、あんな男はダメだ、ギャンブル好きだし、女にもだらしないし、今までまともに定職についたこともない……これは興信所を使って調べた、揺るぎない事実だと言っても、娘は聞き入れません。

それどころか、

「でも彼は私のために変わると約束してくれた。お父さんみたいな人が、彼のように頑張って変わろうとしてる人を追いつめてしまうのよ!!」

というふうに、強く反発します。
娘がなぜその男を好きになったのかを考えず、自分が正しいと思う事実を突きつけても、娘は別の反論を持ち出し、感情を爆発させ、最終的には家を飛び出します。

カルトにハマるなんて馬鹿な子供……ダメ男と一緒になるなんて馬鹿な娘だ……
そう言って片付けるのは簡単かもしれません。
しかしそこには、相手に対する思いやりや、相手の信念を真面目に聞く姿勢がありません。

そんな状態で、おまえは冷静ではない(おまえは間違っている)、冷静になれ(私の言うことが正しいから聞け)と言っても、聞き入れてもらえないどころか、溝が深くなって当然なのです。

つまり、陰謀論を信じる人に、それは間違っているとバッサリいってしまうのは、もっと深く陰謀論にハマれと言っているようなもの、ということです。

最初にお話したように、人を動かすのは事実ではなく、感情です。
そして説得とは、相手を論破することではなく、自分で気づいてもらうように導くことです。

怒りを感じたり、冷静なれという言葉を発したくなったら、その場で三回、深呼吸をすることをお勧めします。

導き手には、忍耐が必要です。

そんな忍耐を発揮するより、切り捨ててしまったほうが早いという考えもあるかもしれません。それはそれで一つだと思いますが、もし自分の意見を聞いてもらいたいと思うなら、冷静になるのはまずは自分だと考えたほうがいいかもしれません。

7、まとめ
以上、人が陰謀論を信じてしまう理由と、そういった人たちとどう向き合えばいいのか、人間心理や人間の性質という部分を中心に考察してみましたが、いかがだったでしょうか。

陰謀論で語られることが正しいか間違っているか以前に、それを信じてしまう人間の性質や条件があり、その人が今現在置かれている状況にも左右されるということが分かっていただければ幸いです。

どんなに馬鹿げていると思えることでも、相手はそれを信じていると考えれば、それだけでも少し冷静に話を聞けると思います。
関係を最悪にしたいのであれば、論破でも構わないと思いますが、メリットはほとんどありません。論破したところで、相手は感情的には納得しないし、違う反論を作り出すだけです。

とはいえ、荒唐無稽なことを言ってる人を見たり、それを根拠に自分が攻撃されれば、"感情的に"相手を叩き潰したいと思ってしまうのもまた、人間です。何をめちゃくちゃなことを言ってるんだ、いい加減にしろと。でもそうなったら、もうまともな話などできません。

これに対処するには、常に主観である自分を離れたところから見ている自分を持っておくことです。

そのための方法としては、たとえば、認知療法などで使われているマインドフルネスを、日常でも利用するなどが考えられます。

自分の意見と反対のことを言われれば、それが正しかろうが間違っていようが、感情がざわつくのは誰でも同じです。そして、湧いてくる感情はコントロールできません。しかし、その後の行動をコントロールすることはできます。

いったん落ち着き、なぜこの人はこんなことを言うのだろうというところに興味を向ければ、違うものが見えてくるのではないかと思います。

それができないときも、当然ありますし、できないことがあってもいいと思います。
人間は完璧ではないし、間違いもたくさんするもの。
でもだからこそ、自分にも他人にも、少しだけ寛容さを発揮するといいかもしれません。
自分自身の心の平安のためにも。



◉参考文献
BBC バイデン新政権発足で動揺と分裂 陰謀論Qアノン信奉者たち
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-55777700

事実はなぜ人の意見を変えられないのか 説得と影響力の科学
https://onl.la/SGSAQVw

天才科学者はこう考える 読むだけで頭がよくなる151の視点
https://onl.la/KDpFbtd

世界の黒幕 闇のパワー完全ランキング
https://onl.la/g8PjiyN

HPVワクチン「接種勧奨」が止まっていた9学年分、公費で接種へ
https://www.asahi.com/articles/ASPDR42X0PDQULBJ00T.html

日本の子宮頸がんワクチン接種を激減させた大手新聞の「無責任」
https://news.1242.com/article/326742

子宮頸がん検診で、異常の割合高く 「ワクチン接種率の減少が原因」
https://www.asahi.com/articles/ASPDN6HDMPDNPLBJ008.html


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