きっと今度は、さよならできる 【短編小説/恋愛/切ない】スキマ小説シリーズ 通読目安:12分

仕事終わりの金曜の夜。

西原綺月(にしはら はづき)は、一人、地元のBarに向かっていた。
飲み会に誘われていたが、何となく行く気になれず、かといって、そのまま帰る気にもなれず、たまに行く地元のBarに寄って帰ろうと、家とは反対方向に向かって歩いていた。

会社に行くときに降っていた雨は、すっかり止んで、雲間からは月が見えており、それがなんとなく、幻想的に見える。


「いらっしゃいませ」

Barは、金曜日の夜にしては、お客は少なかった。
カウンター10席とテーブル席2つの小さなBarで、綺月が知る限り、そんなに混んでいることはない店だが、それにしても・・・

(そっか、今日はまだ、時間が早いんだ・・・)

壁にかけられた時計が、19時を少し回ったところなのを見て、状況を理解した。

「こんばんは」

「あ、こんばんは」

「どうぞ」

「ありがとうございます」

カウンター席に座り、おしぼりを受け取る。
常連というわけではないが、何度か来ているから、店員さんも顔は覚えてくれているらしい。

「ジントニックをください」

「かしこまりました」

ブー ブー

スマホが震えて、見ると、同僚から飲み会の写真が送られてきた。

「・・・」

既読にしたものの、返信はせずに、ケースを閉じる。

いつもなら参加するのだが、今日はどうしてもそういう気分になれず、理由をつけて参加を見送ったのだが、写真を見て、それが正解だったと感じた。
あの雰囲気の中にいるのは、今日は辛い。


「ほんとビール好きだよね」

ドリンクを待つ間に食事を決めようと、メニューを見ていると、奥のテーブル席から声が聞こえた。
何気なく見ると、20代前半ぐらいのカップルが見えた。

「ビールうまいじゃんか。
 飲めないってすごいもったいないぞ」

どうやら、男のほうはビールが好きで、彼女のほうは苦手、ビールばかり飲むのは理解できない、という感じらしい。

(そういえば、暁史もそんなことを言ってたな・・・)

『俺は一杯目はビールがいいね。
 さあ飲むぞって感じがして』

平良暁史(たいら あきふみ)が、彼女と別れたという話を聞いたのは、つい二日前だ。
暁史と別れたのは、もう半年も前の話で、とっくに傷は癒えているはずなのに、聞いた瞬間に、心がざわついた。
それから、何となく気分が沈んだまま、なぜ自分がそんな気持ちになっているのかも分からなかった。

(沈んだ気持ちを静かに癒そうとしたのに、
 暁史のことを思い出すようなことを聞くなんてね・・・)

家に帰る頃には、かなり酔っており、化粧も落とさずに、そのままベッドに倒れ込んで寝てしまった。
目を閉じる瞬間、起きたときに後悔するという声が聞こえたが、その声を耳を傾ける余裕もなく、目が覚めたときには、外は明るく、鳥のさえずりが聞こえていた。

「・・・」

分かっていたことだが、最悪の寝覚めだった。
何もせずに寝たから、体中気持ち悪い上に、軽い二日酔いで頭痛、後悔と自責の念、暁史というワードが浮かび、これ以上ないほど最悪の気分が、身体中を覆っていた。

「はぁ・・・」

何気なくスマホを見ると、メッセージが届いていた。
同僚の飲み会の写真は見る気になれず、友人の友梨佳のメッセージだけを開いた。
友梨佳は、以前働いていた職場の同僚で、転職した今も、付き合いは続いている。

『おはよう。
 まだ寝てる?
 平良さんのことを話してから、何となく元気なさそうに感じたから、余計なこと言っちゃったかなと、ちょっと反省・・・
 大丈夫?』

「気分は最悪だけど、それは私の問題だもんな・・・」

友梨佳を責めることなく、昨日飲みすぎて最悪、とだけ返して、シャワーを浴びに行った。

熱いお湯で身体を満たすと、ようやく生気が戻ってきた気がして、気持ちも少しだけ楽になった。
もう二度と、化粧落としもせず、シャワーも浴びずに寝まい・・・
そう固く誓ったが、これまでも何度かしている誓いだけに、少々頼りない。

シャワーから出ると、友梨佳からメッセージが返ってきていた。

『飲みすぎ? 飲み会だった?
 じゃあ・・・ 今日の夜飲む?w』

何がじゃあなのかよく分からないが、友梨佳と会って話すのは、純粋に楽しい。心配することがあるとすれば、話しすぎて時間を忘れることぐらい・・・

『うん、飲もうw
 どこで会う?』

『19時にいつもの店で』

いつもの店とは、二人で飲むときによく行く個人経営の和風居酒屋で、鹿児島出身の店主が作る料理が絶品の店だ。

綺月は、昼間は読書をしたり、映画を見たりしながらゆっくりと過ごし、夕方に準備を始め、18時に家を出た。


「いらっしゃい」

店に着くと、店主が笑顔で言った。

「こんばんは、高木さん」

「友梨佳ちゃんから連絡あったよ。
 奥のテーブル席、取っといたから」

「ありがとうございます!」

5分ほどして、友梨佳がやってきた。

「友梨佳ちゃん、いらっしゃい」

「こんばんは、大将」

友梨佳は、店主の高木のことを、大将と呼ぶ。
常連さんでは大将と呼ぶ人も多いが、何となく、綺月はそう呼ぶのが恥ずかしく、いつも高木さんと呼んでいる。

「綺月~

 どう? 昨日のお酒は抜けた?」

「うん、大丈夫」

「よし、じゃあ・・・ 飲もっか」

ドリンクと料理を頼み、仕事のことや、最近のことを話したあと、友梨佳は姿勢を正して口を開いた。

「それで、昨日はなんでそんなに飲んじゃった?
 一人だったんでしょ?」

「うん・・・
 同僚から飲み会に誘われてたけど、それは断って・・・
 何となく、一人で飲みたくて・・・
 でも飲みに行ったBarで、カップルがね・・・」

「・・・なるほどね。
 それでさらに思い出しちゃったわけか・・・」

「うん・・・」

「・・・
 綺月、正直に言って。
 まだ、平良さんのこと忘れられない?」

「・・・」

「綺月なら、とっくに新しい彼氏ができててもおかしくない。
 っていうか、いないのが不思議。
 何か理由があって、今は誰とも付き合いたくないっていうならともかくね」

「・・・別れ方が、よくなかったのもしれないって思う・・・」

「別れ方?」

「うん。
 別れる二ヶ月ぐらい前から、なんかおかしかったんだよね。
 連絡がつかないことが増えて、会う約束をしようと思っても、仕事が忙しいって・・・

 仕事が忙しいのは、それまでにもあったけど、連絡はくれてた。
 でもそれもなくて・・・ なんか、会わない言い訳に使ってるみたいでね・・・
 それで、怖くなったの。
 もしかして私、フラれるんじゃないかって・・・

 心配事の80%は、実際には起こらないっていうけど、そのときは違った。
 久々に会えると思って、オシャレして出かけたら、別れたいって・・・ 理由を聞いても、ごめんとしか言わなくて・・・」

「そうだったんだ・・・
 別れたとは聞いたけど・・・
 それはひどいね。
 理由ぐらい教えてくれてもいいのに」

「彼、そういうところあるから・・・
 付き合ってるときから、あんまり自分のこと話してくれなくて・・・
 そこが、何ていうか、ミステリアスで好きでもあったんだけど・・・」

「それで、そのまま黙って帰ってきたの?」

「・・・うん・・・

 そう、分かったって・・・
 帰ってから大泣きしたよ・・・(笑
 オシャレした自分を鏡で見て、何やってんだろ、私って・・・
 フラれるのが分かってたら、近所のコンビニ行くみたいな服装で行ってやったのにとか、そんなこと思って・・・」

「綺月はそういうところあるよね。
 自分の気持ちを抑えて、遠慮して・・・
 私だったら、その場で聞いちゃうもん、相手が答えるまで。
 何で別れたいのって」

「でもね、別れてから一ヶ月ぐらいしたら、もう気持ちも薄れて、少し痩せて、前より魅力的になったって、自分でも思ったんだよ。
 暁史を愛してたころの自分なんて、思い出せないぐらい、毎日を楽しんで・・・」

「・・・う~ん・・・」

「・・・何・・・?」

「それはね綺月、無理してそう思おうとしただけだと思うよ。
 フラれて帰ってきて、その日は大泣きして、そのあとは?
 ちゃんと悲しい、辛いって気持ち、自分で受け止めた?」

「え・・・?」

「我慢したでしょ?
 翌日には、普通に仕事して、早く忘れようとしたんじゃないの?」

「・・・」

「引きずらないようにしようっていう綺月の気持ちも分かるよ。
 だけどね、悲しいとか辛いとか、そういう気持ちは、ちゃんと感じきらないとダメ。
 一人で泣くのが辛いなら、私に声かけてくれればいいの。我慢したら、忘れた気になれるけど、気がするだけで、ふとしたときに思い出したりしちゃうんだよ」

「・・・
 ほんとはね、泣きたかった。
 別れたいって言われたときに・・・
 だけど、泣けないんだよね、私・・・
 
 分かっちゃうの・・・
 ああ、この人にはもう、私に対する気持ちはないんだって・・・
 それって、誰か他に、好きな人ができたってことでしょ・・・?
 どんな人か知りたいとも思ったけど、聞いたり、見たりしてしまったら、リアルに想像してしまって、もっと辛くなるし・・・

 そこで泣いたら、ものすごく虚しくて、バカみたいで、自分が惨めになる気がして・・・
 だから帰ってから、一人になってから大泣きしたんだけど、その気分を引きずるのも、自分をフッた男に、いつまでも気持ちを持っていかれるのも嫌で・・・」

「それで、忘れたつもりでいたけど、今は一人らしいって聞いたら、また気持ちが出てきちゃったんだね・・・」

「・・・忘れたと思ってたのに・・・
 時々思い出すことはあっても、それは他のことでもあることで・・・
 あるでしょ? 忘れてたと思ってたことを、ふとしたときに思い出しちゃうこと・・・」

「うん」

「だから、そのうち消えて、他の記憶みたいに、思い出しても何も感じないものになるって、そう思ってたのに・・・
 友梨佳から彼のこと聞いて、気分が沈んでる自分がいて、なんでって・・・ そんな自分も嫌で・・・」

「・・・まだ、気持ちが残ってたんだね・・・」

「・・・そうだね・・・
 別れたんなら、連絡ぐらいくれてもいいのにって思っちゃったの・・・
 悔しかったの、ほんとは・・・」

「彼にフラれたことが?」

「うん・・・
 だから、もし別れたなら、連絡を・・・
 ・・・そっか・・・」

「どうしたの?」

「別れたこともが辛いのもあったけど・・
 私、なんで自分がフラれたのか、それを知りたかったんだ・・・
 彼、何も言ってくれなかったから・・・

 連絡くれてもいいのにって思ったのは、私を振った理由と、一人になって、私と別れたこと後悔してる? って、聞きたかったから・・・
 それがイエスなのかノーなのか、分からないけど・・・
 ノーだったら、また泣くかな・・・(笑
 イエスだったら、そのときやっと、心から彼にさよならできる気がする・・・
 なんか嫌な女みたいだけど・・・」

「気にしないの。

 電話してみる? 彼に」

「・・・ううん・・・
 私からはしないよ。
 もう一度やり直そうとか、そんなことも思ってない。
 半年会わなくて、連絡も一切取ってないから、やり直そうと思っても、うまくいかないと思うし・・・」

「そっか・・・
 結局彼から連絡がこなければ、スッキリはしないんだろうけど、自分が何を求めていたのか、モヤモヤしてた理由は分かったわけだね」

「うん・・・
 それだけでも、良かったかな。
 友梨佳のおかげ」

「私は話を聞いてただけ。
 綺月が自分で、答えを見つけたんだよ」

「ありがとう・・・」

「じゃあ・・・
 新しい恋はできそう?」

「・・・分からないけど、努力する(笑」

「そっか(笑
 じゃあまあ・・・ 飲もっか、今日のところは(笑」

「うん(笑」

別れたことを悔やんでいると言ってほしい。
綺月は心の中で、そう思っていた。

そんなふうに思う自分が、以前は嫌だった。
今でも、そんなふうに思うのは、あまり良くないかなと思う。
でも、それも自分の気持ち。
素直に受け止める。
それが、あなたと別れた後にできた、あなたの知らない、今の私・・・

「新しい私に乾杯・・・」

「ん? 何か言った?」

「何でもないよ」

きっと今度は、さよならできる・・・


みなさんに元気や癒やし、学びやある問題に対して考えるキッカケを提供し、みなさんの毎日が今よりもっと良くなるように、ジャンル問わず、従来の形に囚われず、物語を紡いでいきます。 一緒に、前に進みましょう。