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演奏を、続けてくれてありがとう

昔から何事にも執着心が薄かった。

友達、異性、好きな色とか。
女の子だけでお姫様ごっことかやりはじめると、良いときで王子様か、時に従者や飼い猫に甘んじて。
「絶対ドレスはピンクのね!」と逞ましい声で叫ぶ万年お姫様役のリカちゃんと、テレビで見た優雅なディズニープリンセスとの間に違和感を覚えながらも、その場が丸く収まれば別にいいかと思っていた。
何に対しても強い感情を覚えることがないまま中学生になった。つまり、自分の人生にあまり興味がなかったということ。

「好きなバンド」ができた時のことは、今もよく思い出す。
2年生の3月、受験生という恐ろしげなレッテルを貼られる前の、ささやかな凪のような春の日のこと。初恋の人は会ったこともないロックバンドのボーカルだった。
歌詞がいいなと思った。声がいいなと思った。それだけで好きになるのには十分だった。「いい曲だね」で終わりにすることを脳が全力で拒否した。

他の曲も聴きたい。
いいアルバムだった、過去の作品も知りたい。
そうか、この人は一人で音楽をしている訳じゃないんだ。
ギター、ベース、ドラムの人がいて、彼らはバンドを組んでから10年単位で今までずっと一緒に活動していて…

なんて素晴らしいんだろう。彼らの音楽に出会えただけで、私の人生には意味がある。
いたいけな心はようやく「何かを好きだと思えた」という充足感でいっぱいになった。

家族や友達の話では、やはり当時の私は相当そのバンドに熱を上げていたらしい。
新曲のリリースは年2回あれば多いほうだろうのに、毎日毎日「いかにそのバンドの楽曲世界が素晴らしいか」とか「聴かないことに対してデメリットしか感じない」みたいなヤバめの押し売りじみたやつとか。
もうその話聞き飽きたわ!と家族内で口喧嘩になったり、放課後カラオケに行って楽しく歌った帰り道「他の歌手の歌も歌えよ」と痛烈なご指摘をいただいてしまったこともあったっけ。
でも私は嬉しかったんだ。日々が輝き始めるってこういうことだよ!って、本当に感じていたんだ。

時が経ち、私はすっかり大人になった。親友ができたし恋もいくつかしたし、お気に入りのバンドは数え切れないほどに増えた。好きな色はピーコックグリーン。
だけど大人になっても「大好きだ」と思える存在は本当に僅かだ。私の場合、僅かなそれは全部、音楽だった。
あまり聴かなくなった時期もあったけど、本当に辛いとき迷わずこの耳が求めるのはあのバンドの音楽だ。それはずっと変わっていない。
会ったこともないけれど、私の人生の並走者で居てくれているのは間違いなく彼らだ。
演奏を続けてくれてありがとう。何かを大好きになることで、ひとりの人間が自分自身の人生と向き合うきっかけをくれてありがとう。

「音楽は世界を救う」という言葉、音楽好きでありながら胡散臭くてちょっとキライだった。
だけど、みんなが不安を感じているこの時代に、個人を救う音楽はきっといくつも存在している。
そのことが暖かくて、なんだか年甲斐もなく少し泣きそうな気分だ。そんな春の日。
世界を包むこの長い暗闇が明けたときは、いつかまた、今度こそはライブハウスで。