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『ガロ』の名作(1964~1972)(2004年)

青林堂は、大和書店・日本漫画社・三洋社と、赤本や貸本出版を生業としてきた長井勝一が1962年に設立した出版社である。白土三平の貸本『影丸伝』『忍法秘話』などを出版し、その貸本で稼いだお金を元に、白土の次なる作品「カムイ伝」を連載するため、1964年7月(9月号)に新しく創刊した雑誌が『ガロ』だ。ここでは初期のガロを支えた作品を紹介したい。

『カムイ伝』白土三平

「影丸伝」「忍法秘話」など貸本で活躍していた白土三平の長編。部落の子として生まれたサスケが忍者の修行を受け旅を続けるが、やがて抜け忍となったカムイを組織が追う。江戸時代の文化・史実を忠実に描き、その部落差別・残虐描写も話題になった。この作品のためにガロは創刊され、それに答えるクオリティと人気で一時代を築いた戦後日本漫画誌に残る金字塔。連載終了後たちまちガロは売上げを落とした。外伝の方が評価高し。(連載1964.9~1971.7)

『鬼太郎夜話』水木しげる

貸本時代の「墓場鬼太郎」から続く水木しげるの出世作。東京郊外で暮らしていた鬼太郎と目玉親父が、家賃を払えず追い出された先に訪れる怪奇事件。「ゲゲゲの鬼太郎」前史ともいえる鬼太郎誕生の秘密がここに。当時の水木は「河童の三平」「悪魔くん」など傑作を連発、65年に少年マガジン別冊で発表した「テレビくん」が第六回講談社児童漫画賞を受賞し、のりにのっていた時期である。池上・つげ・翁二は水木の元アシスタント。(連載1967.6~1969.4)

『ねじ式』つげ義春

メメクラゲに腕を刺されイシャを探して彷徨う青年を描いたシュールレアリスムの怪作。漫画を見下していた文化人を叩き落とし、彼らを慌てて漫画に目を向けさせることになった一作だが、よく見れば66年の「沼」「チーコ」の頃からつげは新しい漫画表現を模索していたのが判る。70年代から徐々に寡作になり、85年に『COMICばく』で久々に発表した連作(「石を売る人」「無能の人」他)は重く内省的な作品ながら話題を呼んだ。旅好き。(初出1968.6増刊号)

『寺島町奇譚』滝田ゆう

滝田ゆうにとっては初の本格的な連載作品。フワフワと揺れた線は相変わらずだけども、60年代初頭の貸本「カックン親父」や短編「ラララの恋人」「あいつ」などの作品に見られる、これまで滝田の特長でもあったベタのない白い空間がここでは影を潜め、陰影を強調した絵の作りが舞台となる戦前の下町を一際輝かせ、少年の情感にリアリティを持たせている。ただ残念ながら途中から物語の行方に悩み始めたようで、迷走の跡が窺える。(連載1968.12~1970.7)

『うみべのまち』佐々木マキ

異色漫画傑作選集に収録された短編。66年11月号の入選時から風刺漫画を得意としていた佐々木マキが、66年4月号の「アンリとアンヌのバラード」で初めて見せたあの特徴的な漫画表現、つまり「物語の不連続をイラストの連続で描く」というスタイルを徹底させた幻想の戦争作品。70年代に入ってからも「ぼくのデブインコちゃん」「ピクルス街異聞」など傑作を描いたが、現在は絵本作家に転向した。ビートルズと稲垣足穂の交点。(初出1968.9増刊号)

『赤色エレジー』林静一

林静一は69年に赤シリーズと呼ばれる、佐々木マキにも通じる、物語を抽象化した実験的作品を発表していた。その後でたのが本作である。不安な未来を抱える男女の同棲生活が、日本的情緒溢れる艶やかな線によって描かれた傑作だ。67年11月号のデビュー作はアメコミ風で、68年6月号「赤とんぼ」から現在に通じる作風となる。72年頃から『ガロ』より『夜行』に腰を入れ、そちらで「酔蝶花」「桃園トルコ」「鱗粉」と傑作を連発した。(連載1970.1~1971.1)

『マッチ一本ノ話』鈴木翁二

古川益三、安部慎一と並んで70年代に「ガロ三羽がらす」と呼ばれた鈴木翁二が、つげ義春の影響をのりこえた後の名作。マッチ一本が灯る瞬間に流れるムゲンの時間を、少年が探し続けるハーモニカに託したこの幻想物語に、鈴木の感性が爆発している。その後も73年に「オートバイ少女」、74年に「東京グッドバイ」「夢を見た人」と安定した才能を見せた。宮沢賢治や稲垣足穂らの影響が色濃く残る。ちなみに本人はかなり不真面目な性格らしい。(初出1972.7)

『紫の伝説』古川益三

現在はまんだらけ社長として有名な古川益三の代表作であり傑作。放浪を続ける風来坊の姿を、極めて映像的なコマ割りで連ねた、郷愁を誘う夢と思想の旅物語。69年に『COM』に入選して上京したものの『ガロ』以外に誘われず、仕方なく『ガロ』で活動したという。当時の絵は下手で恥ずかしいと単行本では女の子が書き換えられているので、掲載時の『ガロ』を古本で探すが吉。全六章で五章から終章の間に五年以上のブランクがある。(連載1970.2~1980.5)

『阿佐ヶ谷心中』安部慎一

精神的に病んでつい最近まで休筆状態だった安部慎一の秀作。70年のデビュー作「やさしい人」や73年の「ピストル」なども良いが、やはり彼の妻・美代子をモデルにした女性が登場する一連の作品に見られる、叙情的で孤独な美しさに溢れた作品を推す。「阿佐ヶ谷心中」は安部の実生活に一番密着した物語が進み、他にも『ヤングコミック』に掲載された短編「軽い肩」「雨の少年」「猫」「浮気女」など、どれも詩的でどこか悲しい。(初出1972.6)

<!--以下2020年コメント-->

これ、たしかブログに書いたんだったと思うのですが、なんで突然ガロの個別の作品について書いたのか思い出せません。ガロって思ったより読まれてないなと思ったのかなあ。

ガロは長井勝一さんが亡くなってからしばらくして休刊となり、しかし復刊したり休刊したりを繰り返して、いわゆる漫画雑誌としては2002年秋号(通巻426号)で止まったのですが、しかし問題があってですね、2010年に『ガロVer2.0』と銘打って、2号ぶんだけ電子書籍で出たんです。中身は往年のガロとはほぼ関係ない、既発の同人作品をまとめたアンソロジーなんですが、これがいま手に入らない! 350円のアプリで、たしか今売ってないんですよ。OSのバージョンアップに対応できなかったかなんかで。もし『ガロ』の歴史を書こうとした際にこれ手に入らないのまずくないですか? そんなこと誰も気にしてませんか?

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2001年以降に雑誌等に書いた記事を全部ここで読めるようにする予定の定額マガジン(インタビューは相手の許可が必要なので後回し)。あとnoteの有料記事はここに登録すれば単体で買わなくても全部読めます(※登録月以降のことです!登録前のは読めない)。『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』も全部ある。

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