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主要単行本解説(岡崎京子の研究)

『バージン』

白夜書房
一九八五年八月一日発行

コンクリート ジャングル◎『ALiCE CLUB』八四年一一月増刊号
彗星物語◎『漫画ブリッコ』八五年五月号、六月号、七月号
HOW TO USE TANGPONG(タンポンの正しい使い方)◎『漫画ブリッコ』八五年四月号
あねいもと◎『漫画ブリッコ』八五年一月号
CURRY RICE◎『漫画ブリッコ』八五年三月号
愛と悲しみのパーティー(仮題)◎『漫画ブリッコ』八五年二月号
EATING PLEASURE◎『漫画ブリッコ』八四年七月号
まんが家物語◎『漫画ブリッコ』八四年五月号
TVより君が好きさ◎ 『漫画ブリッコ』八四年三月号
赤ヒ靴◎『漫画ブリッコ』八四年二月号
SCREEN-SINGLE BED◎『ラブクリーム』五号/八四年六月
SHY BOY◎初出不明
WEEK END◎初出不明
名もないマンガ◎描き下ろし

記念すべき最初の単行本。主に『漫画ブリッコ』掲載作から選出、〈担当編集者がなにもしてくれなさそーだった〉*1ため、掲載順も岡崎自身が決め、装丁も沢田としき(SAWADA COMIX)に自ら電話して依頼している。企画者には大塚英志の名前があるが、大塚がしたことは企画書を出し、校正をし、いつのまにか決まっていたデザイナーから版下を受け取ったこと、程度だったという。初版は一万部だがそれほど出回らないまま絶版になったらしく、この白夜コミックス版は今となっては珍しい。のちに河出書房新社から内容を変えて復刊されるが、「名もないマンガ」と古いあとがきは白夜版でしか読めない。
書名の「バージン」は処女作だからではなく、岡崎も沢田もイギリスのバージン・レコードが好きだったことから名づけられた。命名者は打ち合わせ時に〈“バージン”ってどお? バージンレコードってのもあるし〉*2と提案した沢田。当時のバージン・レコードはセックス・ピストルズが爆発的ヒットを飛ばし、デペッシュ・モード(岡崎はこのバンドと同名の作品を同人誌に描いている)、ジャパン、カルチャー・クラブなどが所属するパンク/ニューウェイヴのレーベルとして知られており、岡崎の嗜好とも大いに合致したのだといえる。『漫画ブリッコ』で「ひっばあじん倶楽部」というイラストエッセイ連載をしていたことや、マドンナの「ライク・ア・ヴァージン」(八四年)の存在も頭の片隅にはあっただろう。
装丁を沢田に頼んだのは作品のファンだったことが関係しているようだ。〈とにかく私はマンガやるんだったら、沢田としきさんみたいなのやりたかったんですよ。沢田としきって装丁やってくれた人で、その人のマンガみたいなのが一番いいと思ってたんだけど、なかなか難しくって、今みたいなのやってるんです〉〈沢田さんのマンガがすごい好きで、とにかくさわやかなやつが一番いいと思ったんですよ、どうせやるんだったら。『機械みたいにやりたい』とかって、後からつけた理由だから(笑)〉*3とまで語っている。この時期の岡崎は、スクリーン・トーンの貼り方(ズレて貼る)、絵の白さ(書き込みの少なさ)、作品のまとめ方(ミュージック・ビデオのように雰囲気と感覚を描く)に奥平イラの影響が見られ、キャラクターや表情の描き方に高野文子と通じる部分があるが、大きな指針となっていたのは沢田の存在で、「沢田のような作品」が描けないことへの代替として選択されたのが初期の作風だったのかもしれない。
本書には「WEEK END」のように思索的な心の流れを捉えた詩的な作品もあるが、目立つのはやはりセックス(もしくは性にまつわる事物)が当然のものとして日常にある私生活を描いた作品である。ファースト・コンタクト、ファースト・デート、ファースト・キスなど、「初めて」を特別な大イベントとして描くのが少女漫画の王道の一つだが、その定型を借用した「CURRY RICE」のように、夕飯がカレーであることの喜びと初体験を迎える喜びを並列に扱う感覚には、少女漫画的世界観を外部から描こうという意志が見え隠れするし、少女漫画的世界観から排除され見えないようにされていたものを、少女漫画のフォーマットに落とし込んで描こうとしていたともいえる。重要なのは日常感覚であり、「タンポンの正しい使い方」について〈あれは眼の前にタンポンの箱があったんで、それで描いただけなんです〉*4と語る岡崎の言葉は、案外本心なのだろう。〈ふだん、友だちとエッチな話をしているそのままの感覚で描いてます〉*4というように、「エロ本だから嫌々エロを描いていた」のではないのである。
本書のベストは岡崎自身も気に入っているという「彗星物語」。すれ違うだけだった精神的な恋愛がギャップを修正しながら現実の輪郭を帯びていく物語の繊細さは、少女漫画の文法を保ちながら、少女漫画が描かない部分(=セックスなど)も描く点で、ヤング・レディースと呼ばれるジャンルの先駆けのような作品だ。単行本タイトルも当初は『彗星物語(仮)』とアナウンスされていた。他に「あねいもと」は出世作で、掲載誌の翌月には〈実は貴女の作品は嫌いだったのです。しかし、「あねいもと」には困ってしまった。大変ですよ、もう。何度読み返しても快いんだもんなー〉*5と評価を変えたことを伝える手紙が読者投稿欄に掲載されるような変化だった。実際、この作品から希薄だったキャラクターの感情を丁寧に、かつ登場人物の関係性を物語に取り入れはじめたといえる。
なお、本書が出るころにずっと付き合っていたボーイフレンドと別れたそうで、岡崎は〈もしその男の子とうまくいってたら、そのあと漫画描いてなかったと思う〉*1とふり返っている。

*1 『月刊カドカワ』九〇年八月号、角川書店
*2 『バージン』「名もないマンガ」、白夜書房
*3 『別冊スクープ』三号/八六年五月、東京三世社
*4 『FRIDAY』八七年二月二七日号、講談社
*5 『漫画ブリッコ』八五年二月号、白夜書房


『ボーイフレンドisベター』

白泉社
一九八六年一〇月二九日発行

ウォーキン・オン・サンデー◎『あすか』八五年一二月号
東京の灯よありがとう◎『メルティレモン』三号/八五年一〇月
プリンセスガールズ◎『メルティレモン』一号/八五年六月
夏休み◎『メルティレモン』二号/八五年八月
ヨ・レイホ◎『別冊あすか』八六年七月
じゅんこちゃん大変身!◎『メルティレモン』四号/八五年一二月
恋はエスプリ◎『あすか』八六年一月号
お嬢様を探せ!◎『漫画アクション増刊植田まさしのかりあげクン』八六年一月二五日号
さよならお嬢様◎『メルティレモン』七号/八六年六月
図鑑少女◎『メルティレモン』六号/八六年四月
名前と言葉◎『漫画ブリッコ』八六年一月号
ドッペルゲンガー◎『漫画ブリッコ』八五年一〇月号
人生のいい目◎『MOGA』五号/八六年九月号

二冊目の短篇集。構成は大きく三つに分かれ、後期『漫画ブリッコ』の路線を引き継ぐ少女漫画的な路線の〈東京ガール・もの〉、一九八五年末から八六年初頭にかけて起きた「お嬢様ブーム」に関連した〈東京マドモアゼル・もの〉、その二つのジャンルから漏れたものを〈謎のノージャンル・もの〉に分類している。この時期の岡崎の王道は〈東京ガール・もの〉にあるだろうが、〈東京マドモアゼル・もの〉のように少女漫画の定型をなぞり、ありふれた物語を描く時のスピード感にも不思議と岡崎らしさは感じられる。書名はトーキング・ヘッズの楽曲「ガールフレンド・イズ・ベター」から。どこかレトロな雰囲気が漂う描き文字の装丁は以降よく担当する坂本志保。相談しながら一緒に楽しく作業できたそう。
夕陽を見るシーンが印象的な「ウォーキン・オン・サンデー」や、大学受験という転機によって二人の関係を見つめなおす非・東京のカップルを描いた「東京の灯よありがとう」が本書のハイライト。「ウォーキン~」や「プリンセスガールズ」などこの時期の岡崎に頻出する女の子三人の設定は、のちの『くちびるから散弾銃』のひな型のようにも読めつつ、岡崎が一五歳の時に投稿した初めての漫画〈高一のときに描いたやつで、女の子三人の日常物語。あたしはすごい画期的で斬新なものだと思ったんです〉*1と関連しているのかもしれない。
「お嬢様を探せ!」に登場する村岡清子は市場調査研究機関ネクストの代表で、のち車情報誌『NAVI』で一緒に仕事をしている(『ポンプ』の投稿者にも名前を見つけられるが同一人物かは不明)。「図鑑少女」は小学校と高校で図書委員を務め図鑑や事典を眺めて過ごしていた岡崎自身がモデルではないか。植物つながりの「名前と言葉」は『バージン』収録の「彗星物語」のサイド・ストーリーの一つ。謎めいた「ドッペルゲンガー」は岡崎の中では異色作。全体としてまとまりはないものの、『バージン』よりも散文的要素は少なく「漫画」に近づいている点で読みやすい。

*1 『月刊カドカワ』九〇年八月号、角川書店


『セカンド・バージン』

双葉社
一九八六年一一月一四日発行

セカンド・バージン◎『漫画アクション』八五年一二月二五日号~八六年八月六日号

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2001年以降に雑誌等に書いた記事を全部ここで読めるようにする予定の定額マガジン(インタビューは相手の許可が必要なので後回し)。あとnoteの有料記事はここに登録すれば単体で買わなくても全部読めます(※登録月以降のことです!登録前のは読めない)。『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』も全部ある。

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