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1980-1985岡崎京子の黎明期(岡崎京子の研究)

岡崎京子の黎明期

八〇年代の岡崎京子の一番最初の痕跡は、投稿雑誌『ポンプ』にほぼ毎月投稿されたイラストや文章だ。全ページが読者投稿で埋まった雑誌というのは『ビックリハウス』という前例があるが、そちらがパロディという軸があったのに対して、『ポンプ』はもう少し緩やかな、投稿を通じて自分を好きなように表現していい雑誌だった。自分の描いたイラストが全国流通の雑誌に毎月何点も掲載され、それを見た読者のあいだで自分のファンクラブが作られ、雑誌を通じて学外の友達ができる。音楽を聴くこと、男の子と遊ぶこと。マンガ家になる夢が少し後退していた高校生にとって、そこは居心地のいい空間だったに違いない。

卒業後の進路を考えなくてはいけない時期に入り、マンガ家の夢は捨てていなかったが、ひとまず将来は司書になろうと考えたという。しかし就職先が少ないと聞いて断念。他にはイラストレーター、ファッション関係、マスコミや出版関係などを候補にしたものの、四年制大学に行くつもりもなく、現実的にはデザイナーを考えたようだ。高校二年生が終わる頃の『ポンプ』にこんな投稿をしている。

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2,110字

2001年以降に雑誌等に書いた記事を全部ここで読めるようにする予定の定額マガジン(インタビューは相手の許可が必要なので後回し)。あとnoteの有料記事はここに登録すれば単体で買わなくても全部読めます(※登録月以降のことです!登録前のは読めない)。『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』も全部ある。

2001年以降に雑誌等に書いた記事を全部ここで読めるようにする予定です(インタビューは相手の許可が必要なので後回し)。テキストを発掘次第追…

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