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「松岡正剛は何をした人なの」と聞かれたらなんと答えればいいのか

松岡正剛が8月12日に肺炎で亡くなりました。80歳。悲しい。100歳まで生きるんじゃないかと思っていました。

「著述家」などと書いてありますが、なんですかね、著述家って。文章を書くことが松岡正剛の仕事の中心だとでも言うのでしょうか。もし知っている人が肩書をつけるならば「編集者」だと思います。

松岡正剛は間違いなく「編集」に特化した人物です。この「編集」の意味が世間一般的な意味とはズレるため、わかりにくいことは認めます。一般的には「複数の素材を取捨選択・関連付けて配置し、一つの企画にまとめること」だと思います。では松岡正剛の「編集」とは何なんでしょうか?

その話の前にひとつ。村上春樹が佐々木マキの作品を初めて見た時のショックについて後年書いたテキストで印象深い一節があります。

僕が佐々木マキのマンガから感じたのはこういうことだったーーのだろうと僕は今思う。つまり〈表現すべきことがない時、人は何を表現すべきか〉ということである。

『佐々木マキのナンセンサス世界』あとがき『佐々木マキ・ショック・1967』

表現すべきことがない時、人は何を表現すべきか〉。

村上春樹はその回答例として「スタイル」を挙げています。

佐々木マキは彼独自の強固なスタイルを所有しており、そのスタイル=文体こそがすべてを統轄しているのだ。そしてそのスタイルは佐々木マキ自身さえをものみこんでいて、そこにこそリアリティーが、表現のためには不可欠なリアリティーというものが生じるのだと僕は漠然と──極めて漠然と──認識した。はじめてジャン=リュック・ゴダールの映画を観た時にも僕は同じようなことを感じた。

「佐々木マキ・ショック・1967」

スタイル=文体。何を書いたではなく、どのように書いたか。文体のリアリティーに圧倒的な個性があり、そこにゴダールと似たものを感じたといいます。たしかにゴダールの映像編集術も、見ればわかりますが、強烈なスタイルがあります。

これに倣って言うと、ワタシは松岡正剛も表現すべきことを持っていなかった人だと思っていて、しかし「編集」という、本来は表現と思われていなかった行為を表現に高めてしまった人だと思っています。作品そのものではなく、作品をどのように取り上げるかの方法です。どのように並べるか。どのように見せるか。どのようにまとめるか。松岡正剛はこの「方法/やり方」で1970~1980年代に圧倒的な個性を持っていました。

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