浦島太郎.4

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そんなこんなで、1年次が終わりに差し掛かっていた。
先にも振り返ったように基本的に僕らは、喫煙所か食堂での迎合でしか、腰を据えて話すことはなかったし、結局僕らが出会ったきっかけになった新歓イベを主催してくれたサークルに、幸も入会しなかったみたいだった。幸自身のプライベートに関して、僕は幸が一人暮らしをしており、週に二回ほど、大学近くでの古本屋でレジ打ちという名の古本読みバイトに耽っていることくらいしか、分からなかった。もちろん、この他にも幸の好きなタバコの銘柄や、趣味といったものに関しては、雑談程度で知ることは出来たが、如何せん当時幸は、川を流れるわらしべの如く、僕の予測に対して予想以上にのらりくらり対処してきたので、僕は彼女が語る彼女自身のことに対してイマイチ確信が持てずにいた。バイトにしたって、偶々僕が幸のいるタイミングで古本屋に立ち寄ったことで知ったことだったし、一人暮らししていることだって、1年次が終わるタイミングで彼女自身が春休み期間に実家に帰ると喫煙所の主のような教授に言っていたのを、そこはかとなく聞いていたからである。

1年次の後期の試験がすべて終わった後、僕はその足で喫煙所に向かった。何となく幸が居る気がしたし、いなくとも僕が喫煙所で煙管を吹かしている間に幸がやってくるだろうと思ったからだ。実際僕のその予感はいつものように当たっていた。

「うーっす、若宮さん。調子どうですか。」
「お疲れ様。こっちは試験も何とか終わったし、まあそれなりにはって感じだね。田村さんは試験どうだった?」
「私は試験嫌で、今期レポートで評価される授業をほとんどとっていたので試験自体は全然なかったです。…おかげでここ2週間くらい、スケジュールが火の車でしたが。」
「そっか、お疲れ様。まあでも、田村さんくらいだったら、レポートをパパっと書いちゃうくらいわけないでしょ?」
「レポートも試験も本質変わりませんよ。どっちも、『期限以内に聞かれたことを考えて書く』んですから。私は考える時間が沢山ほしいのでレポートの方が好みなんです。」
僕はレポートと試験のどっちがいいかなど、考えたことすらなかったため、幸の聡明さを痛感してしまった。
「つまり、君にとってレポートは『試験と同じくらいつらいこと』なんだね」
「まあ、言ってしまえば。ただ、こっちの方が性に合ってるんです。それに、考える時間がある方が色々書けますし。」

そう言うと幸はまたいつものように口角を挙げながら、煙管を口に運ぶ。

「そう言えば、春休み期間って実家帰るって言ってたけど、田村さんって実家どこにあるの?」

僕自身、これといって特に予定がなかった。もちろん、バイトや大学の勉強などある程度やらないといけないことで予定は埋まっていたと思うし、それなりに友達とも飲みにでも行こう、という話があるにはあったが、煙管を吹かしていた段階で特に決まっていたようなものでもなかったし、それなら、幸とそれこそ煙管を吹かしあうことをできればいいな、と浅はかにも考えつつ幸に尋ねた。


「…当ててみてください。」
幸は本当につかみどころのない返答をしてきた。煙管から浮き上がってくる煙のようにのらりくらりとしている。僕はそう感じざるを得なかった。
一応僕は、彼女の訛りなどを考慮して真面目に答えた。
「…徳島…だと思う。あってる?」
「…若宮さんが私の実家に行くことになった時にでも教えますね。」
彼女は時たま、こう言った際どいことを言ってくるので、ドキリとさせられることが多く、僕はそれがむず痒かった。
「目隠しとかしないでね?」
「流石にそこまでしませんよ。若宮さんにやったら面白そうですが。」
「うーん、それじゃあ、また2月くらい期間空いちゃうね。また年度改まったら喫煙所で田村さんとこうやって吸えることを楽しみにしてるよ。」

その時、彼女の吹かした煙管の煙がいつもより早く消えたように感じたが、彼女は葉っぱを追加して、また煙管を吹かしはじめ、こう言った。

「どうせなら、春休みもこんな感じでどこか駄弁りに行きませんか?」

後になって幸が言うには、あの時の僕の表情は今までで一番魂が抜けて居るようだった、とのことらしい。

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