浦島太郎.2

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(以下続き)

亡き妻、幸と最初に出会ったのは大学の頃であった。
新歓の時期に、その日の飯のために適当に参加したサークルの飲み会で、明日の飯をどうしようか、などといったことを考えていた。
当時、私は浪人しており既に酒が飲める質だったので、先輩にいい具合に目を付けられ酒をいつも以上に飲んでしまい、少々風に当たりたくなっていたことを覚えている。
「先輩、すみません、ちょっとトイレと風当たりに行ってきます」
「いってらっしゃーい!お酒無理しないでね!」
先輩の気遣いを背に受けて、店を出る。
確か、灰皿スペースが外にあったはずだ。そこならば、食い逃げを疑われることなく、風に当たれるだろう、そう思ったうら若き私は、煙草を吸うでもないのに灰皿スペースに向かったのである。

灰皿スペースには既に先客がいた。この先客こそ、幸だったのだが、このタイミングで私たちは初対面であったので、最初、私は先客がいるな、程度にしか思わなかった。そして、よくよく見るとこの人も、新歓の飲み会に出ていたな、そんな風にしか認識できなかった。

「あっ…お疲れ様です。」
私が酔っ払っている様子を感じ取ったのか、幸は幼稚園児が大学に入ってきたかのように言ってきた。
「トイレならあっちですよ」
「いや、ちょっと風に当たりたくなって、それに食い逃げを疑われたくないもので…」
「食い逃げって…ここの会計は全部先輩持ちなんですし、気にしなくともいいでしょうに…現に何人かの子は、終電が厳しいと言って先に帰っているんですし」
「それもそうだね。まあ、僕ももう少し飲みたいんだ。ただ、ちょっと酔い覚ましさせてほしい。許して」
そう言うと、幸は煙草を差し出してきた。
「何だい?これ?」
「煙草も吸わないのに、喫煙スペースの場所取ってると結構文句言われますよ。狭くなってる煙草のスペースで、喫煙者は椅子取りゲームしてるんですから。」
「何だか君が吸っているものと、違って見えるんだけど。」
「…目ざといですね。確かに煙管と煙草じゃ、吸い方も味も違いますが、大丈夫ですよ。健康をちょっと害して、美味しい味を体験するにすぎません。」
そう言ってどことなく首筋を指でなぞられたように感じさせる笑みを浮かべた幸が勧めるがまま、私は幸に火をつけてもらって煙草を吸った。煙草の吸い方など知らないピュアな私は、慣れてない喫煙に思わずむせてしまう。
「ゴホッゴホッ!!何これ…すっごく息苦しくなるんだけど…タバコってこんなにきついもんなのか。ウエッ…」
「一気に吸い過ぎですよ。一回口に貯めてから肺に取り込む意識で行くと、味わい深いですよ。」
言われるがままに、吸ってみる。今度は、それなりに上手く吸えたようだ。特に苦しさは感じなかった。
「…ふぅん、こういう味なんだね。何と言うか独特だ。」
「お口に合わないようでなかったようで、安心しました。」
後で聞いた話なのだが、この時幸が私に吸わせてきたのは、人を選ぶタイプの味のものらしく、これを好むのは変人だ、とも称されていたようである。
「案外イケるね。いつもこういうの吸ってるの?」
「ちょっと前まではそれ吸ってたんですけど、あんまり手に入らなくなっちゃって。それに"こっち"の方が、健康上のリスクも低いし、あんまり親にいい顔されないんですよね。」
そう言って彼女は煙管をふかした。
「えー、そっちの方が健康に良いの?僕もそっちの方がいいな。どうやって吸うの?」
「それだったら、今度教えますよ。ただ、私煙管これしか持ってないし、どっかで買ってきてもらっていいですか?」
そういうやりとりをしつつ、僕らは連絡先を交換し、大学の喫煙所で落ち合うことにした。
「それじゃ、よろしく、田村さん。」
「こちらこそ。久々に話の合いそうな人と話せて楽しかったですよ、若宮さん。」
「僕、そろそろ戻ろうと思うけど、君はどうする?」
「もう少し、一服してから戻ります。」
「そっか。それじゃあまたね。」
「では、また」
去り際に一瞥した、月夜に照らされた彼女のタバコを吸う様は、今まで私が見たことなかったタイプのものであった、私はそう記憶している。


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