浦島太郎.1

若い頃に輝いて見えたことが、年を取ってからそんなにきれいなものではないと思わされる、なんてことは珍しくない──

今や一息つこうにも一々周りに配慮しないといけなくなった状況と、最近益々ひどくなってきた五十肩を重ね合わせつつ、紙巻きたばこに火をつける。この銘柄でもう4代目だ。どうも自分の好きになる銘柄は、採算が合わずリストから削られやすい。

「ふぃ~、若宮さん、お疲れ様です。」
「おう、木村、お疲れ。どうよ、最近?」
新人時代に教育していた木村ももう、他部署のエース、そりゃあ階段昇るのも前以上に苦しくなるわけだ。
「いやあ、相変わらずですよ。若宮さんに指導いただいてた時からはちょっと成長してるんかなって思ってますけど、全然うまくいってねえな、って思っちゃうんすよね…」
「ハハハ、相変わらず真面目だね~。その様子なら大丈夫そうじゃん。あっ、そうだこれ。少なくて申し訳ないんだけど」
仰々しく『出産祝』と書いた封筒を出す。ポケットに入れていたので、少々クシャっとしているが、彼くらいお堅い人間ならこれくらいの方が気を遣わずに済むだろう。
「あっ、すみません…連絡遅くなっちゃって。わざわざありがとうございます。」
「まあ、君ならここで会えるだろうし、渡すにはちょうどいいかなって。シャキッとしなよ、折角子供生まれたんだし。」
「それを言われちゃうと、却って益々緊張しちゃいますよ…。家族のために頑張らないとなって一層思いましたし。」
彼の都度都度の初々しさに懐かしさすら覚えてしまう。
「おう、僕も息子が生まれたときは、なんか緊張したなあ。今じゃ威厳もへったくれもないけど。まあ、君は娘さん?らしいから、思春期なんか来たら僕以上に肩身狭くなるかもね、ハハハ。」
「それ冗談になってないっすよ。ハハハ。」
そうして少々の雑談をした後、彼は最初に火をつけた一本を大事そうに吸って灰皿に押し当てる。
「それじゃ、自分はここらで…」
「あれ?早いね。いつもならもう二本くらい吸っていくじゃない」
「…実はこの前の健康診断で危ないって言われちまって…子供もできたし、嫁にも禁煙してくれないかって頼まれちまいまして…。ここに来る頻度も、減ると思います。」
「…そっか。寂しくなるけど、それはしょうがないね。まあ、また飲みにでも行こうよ。」
「その時は是非!」
彼もまた変わっていくのだ。私も変わるように。
いつも通り二本目に火をつけたが、急に他部署にヘルプに行かされた時のようなむず痒さを覚えてしまい、その場を後にすることにした。


「ただいま…と言ったはいいが、誰もいないか?」
「おかえり」
「おお、いたのか。今日は早かったな?お疲れさん」
「部活中に顧問が熱出して早上がりになっちゃった。明日以降どうなるかまだ分からないんだよね。」
「そうか。まあ、分かり次第連絡頂戴」
「あいー」
今日、木村とあんな話をしたせいか改めて、息子というものを改めて意識してしまう。
ルックスは、亡き妻に似ていて本当に良かった。私に似ていたら今頃目つきが鋭くて必要以上に人に敬遠されてしまうだろうからな。性格も、私を反面教師にしてくれたのか、目立って悪い話も聞いてないし、もちろんまずいと思ったことはそれなりに叱ってきたつもりだが、それでも私が目をかけた以上にまともに育ったと思う。
だからこそ、余計に『母』が居たら、と思ってしまうのだが。



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