浦島太郎.5

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花見のついでに駄弁りに行ったことをきっかけに、僕らは不定期だが二人で出かけるようになった。夏の終わりには夏祭り、秋になったら月見ついでの外出、冬にはクリスマスを理由に、特にこれと言って何をするわけでもなかったが、とにかく二人で居る時間が増えていった。それと同時にイベントごとというものは、開催頻度が低いので、無理やりイベントごとに結び付けられなくなることも珍しくなくなってきた。その流れもあってか、僕は幸の下宿先に招かれて一服して自分の家に帰るなど、以前にも増して幸のプライベートな空間に踏み込むようになっていた。そんな僕らの奇妙な関係を知った幸以外の友人に、恋愛相談の形で幸との関わり方を参考として聞かれたりした。傍から見たら僕らは「男女」の仲に見えていたのだろう。実際僕もそういう感情を彼女に抱いていたのは否定できないし、姑息ではあるが、イベントごとで一緒に駄弁りに行ったときは、人混みではぐれない様にと、手をつないで移動したりなど少しでも彼女に近づこうとした。ただ一方で、僕自身は幸とは、出会ったきっかけがきっかけだったため、ある意味で駄弁るくらいの関係性でないと幸と関わる事由はないのだろうなと思っていたし、そういう点で幸とはつかず離れずのような関係になっていたと思う。言わずもがな僕からすれば彼女は非常に魅力的だったが。

そんな中、ある日いつも通り彼女と駄弁りの約束を喫煙所で取りつけようとしていた時、僕はまた彼女に掌の上で転がされることになった。

「…それじゃあ、明後日また家にお邪魔するで大丈夫?適当につまみでも買って持っていくつもりだけど。」
「若宮さんならいつでも歓迎ですよ。いつも部屋はキレイにしているつもりなので。」
「…すごい今更なんだけど、家に男を挙げることに対して一切躊躇しないね。」
「若宮さんは『男』ってよりは『番犬』みたいなものですし…。実家で飼ってた犬そっくりです。それに安心してください。若宮さん以外、男性を家に上げたことは今のところないので。」
この手のやり取りはすでに慣れたものだ。幸と出会ったばかりの僕ならば、返答に困ってむせただろうが、彼女の流れも分かってきている。そんな気でいた僕は多少なりとも調子に乗っていたところもあったのだろう。
「僕からすれば田村さんは『猫』みたいなものだよ。まあ、僕は猫飼ったことないからわからないけど。」
僕がそう言うと、彼女は見慣れたニヒルな笑みを浮かべた。そして、ポケットを探る動作を見せたのち、一際粘っこい視線を僕に向けたかと思うと、こんなことを言い出した。
「…葉っぱ、切れちゃったんでちょっともらっていいですか。」
「ああ、ちょっと待ってね。今葉っぱ出すよ。」
ポケットの奥の方に入ってしまった、煙草の葉を包んだ紙を僕は手探りで探した。手繰り寄せるのに手間取っていると、幸は、僕の心臓をこそばゆく撫でるような笑みを浮かべながらこう言った。
「見つからない感じですか?それじゃあ、ちょっと失礼しますね。」
僕が反応する間もなく、彼女は僕が使っていた煙管を僕の手から拝借し、吸い口をハンカチでさっと一吹きして、そのまま煙管を吸い始めた。
その様子に僕が呆気にとられ、何もできないまま彼女が煙管を吸い終わると、彼女は煙管を吸ったときのような爽快な笑みを浮かべつつ、僕に煙管を返してきた。
「失礼しました。葉っぱ変えました?」
「……いいや。最初に田村さんに分けてもらったやつと同じ銘柄だけど。」
「そうすると煙管の感じで変わるんですかね?いずれにせよ、私の煙管とでは味が違いましたね。」
「…そういうものなんだ。あんまりまめに手入れしてないから、味が落ちてなければよかったけど。」
そう言われると僕は幸の煙管をちょっと試してみたくなったが、ただでさえ幸が僕の予想を超えた予想外の振る舞いをしたことに対して頭が追いついておらず、不用意な発言をするのが憚られた。
「まあ、元の形もちょっと違いますし、そのあたりの違いもあるかと思いますよ。」
彼女はフフッと笑いながら、どこか納得している様子であった。
「…それにしても、いきなり煙管を持っていかれるとは思わなかったよ。一応火つけてたし、次からは一声かけてよ…」
僕の恨み節に対して相変わらず幸は口角を上げながら謝罪した。
「あー…そこはすみません。気を付けます。」
「そろそろ失礼するよ。じゃあ、また。」
「それでは、また明後日に。」
「あっ、そうだ、さっき言ってた田村さんの実家の犬の写真、今度見せてもらってもいい?」
「ああ…写真あったかなあ。ちょっと探してみます。」
「楽しみにしてるよ。」

相変わらず僕は彼女の不意打ちには弱いままであった。

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