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バタフライマン 第5話 七つ星の男

 地下にあるカイジンの住処で、黒い軍服の男、レイブンはタペストリーの蜥蜴の紋章を爪で引裂いた。そして彼は、自分の眼下に集まっているカイジンたちの方を向いた。
「おい、キャメルとオイスターはどうした?」
「あの2人はあなたのことなど眼中にないようです。自室で作戦の準備をしています。」
 レイブンの側近の女カイジン、ブルーシャークが言う。
「不届き者どもめ。まぁよい。好きに暴れさせておけ。」
 レイブンが吐き捨てるように言う。
「イグアナが戦士どもに倒されたのは知っているな。さらに今度は‥」
 レイブンが玉座の上で語りだす。
集まったカイジンたちは皆、さもつまらなさそうな顔をしていた。フィドラーが右手の鋏で前髪の手入れをしながら言った。。
「その上から目線やめてくんない?マジでウザいんですけど。」
「命令なんざいらねぇ。俺たちの自由にさせろ。」
 横にいた深緑のレザージャケットに逆立った髪の男が言う。
「フィドラー!グラスホッパー!口を慎みなさい。」
「アンタそのオッサンの何がいいの?カマボコおばさん。」
「レイブン様の命は絶対です。口応えは許しません!」
「あら、レイブンっていい男じゃないの。私は好きよ。」
 化粧をし、斑模様のワンピースを着た背の高い禿げ頭の男が口をはさむ。
「コンストリクター。その顔キモいからウチに近付かないでくれる?」
 フィドラーが鋏を打ち鳴らす。
「生意気な娘ね。丸呑みにしちゃおうかしら?」
͡ コンストリクターが異様に大きな口を開け、二股の舌をちらつかせる。
「静まれ!愚か者ども!」
 カイジンたちがすぐに静まった。
「今日、吾輩は新たなる戦士の候補となる男の情報を手に入れた。」
 前のモニターに下駄をはき、鉢巻をつけた無骨な男の姿が映し出された。
「この男が強化服を密かに持っている。なんとしても戦士としての覚醒を阻止せねばならん。おいコアラ!いつまで寝ている。」
 柱にしがみついて寝ていた毛皮を着たがっしりした体格の男が目を覚ます。
「フガッ!」
「お前は今からカラタチ・シティに向かえ。そこでひと暴れして来い。」
「ガァッ!」
 コアラは寝ぼけ眼で外へと出て行った。
「レイブン様。あの者は口がきけませんが‥」
「だが、能力は確かだ。」
 レイブンは笑みを浮かべる。
  
カラタチ・シティは決して大きいとは言えない街だ。だが、情緒溢れる街並みと活気に満ち溢れた人々のせいか人気の高い街である。いくつもの商店や町工場がある通りにある一際大きな工場で、ある男が銀色に輝く下駄を磨いていた。濃い眉と無骨な面構えは一見すると強面だが、どこか愛嬌のようなものも感じられた。この男、ホシノ・ゲンジュウロウは、この地で代々金属製品を扱う工場を営んできた家の生まれである。この下駄は行方不明になった父が託したものだ。彼の父は下駄以外にもあるものを彼に残していた。ゲンジュウロウは時々思い出したように箪笥の引き出しを開けてこれを取り出すが、結局どう使うのか分からない。それは天道虫の形をした金属製の何かだった。父はどこかに出かけると言って帰ってこなくなる前に、彼にこう言った。
「お前が大きくなるころにな、この街におっそろしいバケモンが攻めてくる。そのバケモンどもはなぁ、この街どころか世界中を攻めるかもしれねぇ。だからな、そん時はこれを使って戦うんだ。これを掴んで、『装身ッ!』って力いっぱい叫ぶんだ。そうすりゃ、お前は誰にも負けねぇ武士(もののふ)になる。いいか、覚えとけよ。」
 ゲンジュウロウはそれを掴んで振ったり裏返してこじ開けようとしてみたが、何も起きない。「装身」と叫ぶがやはり何も起きない。化け物なんてものもあまりに荒唐無稽だ。
「ありゃぁ、親父のたちの悪い冗談だったのかもなぁ。」
 ゲンジュウロウはそれをまた箪笥にしまいこんでしまった。
所変わって、人気のない通りを一人の老人が歩いていた。そしてふと、枯れ木に何かがしがみ付いているのを発見する。見ると、毛皮の服を着たがたいのいい男だった。
「そこのあんた。降りられなくなったのかい?まったくいい齢して木登りなんかして…今降ろしてやるか待ってろ。」
「ガァッ!ガルルルル…」
 男は獣のように吠えた。
「あんた、口がきけないのかい。」
 すると男の姿が変化する。全身が灰色の毛でおおわれ、鼻が大きく、頭のわきに大きな耳がついた獣人へと変化したのだ。
「何だいその姿は!」
 老人が驚くと、獣人は咆哮を上げ、どこからともなく革袋のようなものを取り出して老人に投げつけた。
「わっ!何をする!」
 袋を被ると同時に音が遮断され、中で暴れる老人が見る見るうちに小さくなっていく。そしてどんどん縮み、最終的には動かなくなる。すると袋がパッと消え、中には老人の服があるのみとなった。
「ガァッ!ガァッ!」
 獣人は嬉しそうに手を叩く。
 このカイジン、コアラは特殊な革袋に人に投げつけ、成長を退行させて、無の状態まで戻してしまう。つまり、人間の存在そのものを消すことが出来るのだ。本人はこれを遊び程度にしか思っていない。コアラはそれからも、道行く人々に次々とこの革袋をかぶせていった。
そのころ、ゲンジュウロウの家の近くに住む大工の男が慌てた様子で走ってきた、
「おい!大変なことが起きたぞ!」
「何だ?騒々しいぞ全く。」
「人が何人も服だけになってるんだ。まるで蒸発したみたいに‥」
「何だって?」
 ゲンジュウロウは急いでその場所に向かう。あちこちに抜け殻のように人の服だけが落ちていた。
「何があったんだ…?」
 人々は不思議そうにその様子を見ていた。結局警察が調べても消えた人々がどこに行ったのか分からず、人々は帰っていった。
ゲンジュウロウは帰路につく途中、木にしがみつく何かに遭遇した。それは灰色の毛を持った何かだった。
「誰だ?あんなところに悪趣味なぬいぐるみを置いた奴ぁ。」
 彼はもっと近づいた。すると、そこには耳と鼻が大きい獣人がいた。
「ガァーッ!」
 獣人は吠えた。そして革袋を投げつけてきた。ゲンジュウロウは危険を感じ、ひらりと身をかわす。革袋はその横にいた野良猫にかぶさった。するとその体がみるみる縮み、袋が消えるとそこには何もなくなっていた。
「そうか、人を消したのはお前だな?このバケモノめ。」
 ゲンジュウロウは化け物で父の言葉を思い出した。そして獣人を後目に急いで家に戻り、箪笥からあの天道虫を取り出した。木の近くに戻ると、天道虫が光を放ち始める。
「親父…あの話は本当だったんだな…」
 ゲンジュウロウは天道虫をかざす。そして、あの言葉を叫んだ。
「装身ッ!」
「Coccinella septempunctata」
「えっ?何だって?」
 すると天道虫がバラバラに分離し、変形しゲンジュウロウの体に装甲となって装着されていく。
「うおおお!こいつはすげぇや!」
 そして装甲が完成した。頭部、背中のマント、肩に赤地に黒い斑点の模様があり、目が緑色に輝く。全体的に重厚感のある見た目の戦士となったゲンジュウロウ。脚の鉄下駄はそのままだった。
獣人、コアラは革袋を投げつけるも、交わされてしまう。怒ったコアラは木から飛び降りた。
「グガァッ!」
 そして鋭い爪を振り下ろそうとする。が、ゲンジュウロウは下駄をとっさに手にはめてこれを防御する。何度も爪を振り下ろすコアラと、下駄で防御するゲンジュウロウ。やがてコアラが少し疲弊した隙をついて、コアラの胴体を下駄で力いっぱい叩きつける。この戦いを聞きつけて、窓を開けて住民たちが何事かと顔を出す。
「何だありゃ?」
「すげぇ!テレビみたいだ!」
 少年が声を上げる。子供向け番組でしかありえないような戦士と怪物の戦いに皆釘付けだった。
「がんばれー!てんとうマン!」
 幼い少女が声援を送る。
(なんだよその名前…)
 ゲンジュウロウはそう思いながらも戦いを続けた。
「やっちゃえ!テントウ仮面!」
「行け!ミスターテントウ!」
「気が散るからやめろ!」
 ゲンジュウロウはコアラの攻撃を必死にかわしながら叫ぶ。
「今の声、どこかで聞いたような…」
 住民たちはその怒鳴り声にどこかで聞いたような気がしていた。ゲンジュウロウが全ての攻撃を下駄で防いでしまうため、コアラは疲れ果ててしまった。コアラは革袋を使い果たしてしまえば、単なる格闘戦しかできなくなる。疲弊してしまえば、もう打つ手はない。
ゲンジュウロウはふらつくコアラを見て、これを好機と見た。そして下駄を再び足に履くと、足を上げ、その足をコアラの頭部目掛けて叩きつけた。
「七星一蹴!」
  ゲンジュウロウは自然とそう叫んでいた。
 蹴りが命中すると同時にコアラの頭蓋骨が砕ける音がする。
「グォォーッ!」
 コアラは地面に倒れ伏すと、蒸気をふき出しながら溶けて無くなってしまった。
「おあとがよろしいようで‥」
 ゲンジュウロウは決め台詞のようなものを口ずさんでいた。
すると、周囲から歓声が上がる。
「よくやったテントウ仮面!」
「えらいぞザ・テントウ!」
「だから、俺を変な名で呼ぶなっ!」
 戦いが終わったので、ゲンジュウロウの強化服が解除された。そして元の姿に戻る。
「あんた‥ホシノさんとこの‥」
「ゲンさんが街を救ったぞーっ!」
 ゲンジュウロウはいつの間にか街の人々に担ぎ上げられていた。

数日後、新たな戦士が覚醒したと知って、ミドリとヒカルが「繭」本部から派遣されてきた。カラタチ・シティの様子を見て、2人は驚愕した。街のあちこちに、
「僕らのヒーローてんとうマン」
「てんとうマン万歳!」
「ここはてんとうマン生誕の地」
といった垂れ幕や看板があちこちに掲げられていたからだ。人知れず悪と戦うことをモットーとする「繭」には、あってほしくない事態である。さらに、
「金属製品のことなら、ホシノ金属へ。てんとうマンことホシノ・ゲンジュウロウの生家です。」
という看板まであった。「繭」の戦士に住所バレなど持っての他だ。
「これは…」
「まずいな…」
 ミドリとヒカルは急いでホシノ金属に向かった。
「こんにちは、ホシノ・ゲンジュウロウさんはいらっしゃいますか?」
「何だぁ?」
 ゲンジュウロウが素っ頓狂な声を上げて出てきた。2人は「繭」のことや、カイジン一族のことを説明した。
「ほぉ。すると、あんたがチョウチョウで、あんたがホタルってわけか。それで俺がてんとう虫か。」
「まぁ、そうなるな。ところでだな、あの垂れ幕や看板はまずいぞ。俺たちは人知れず戦っているわけで…」
 ヒカルが諫める。
「まぁいいじゃないかヒカル。よくよく考えれば、皆の希望になっているわけだ。」
 ヒカルたちはゲンジュウロウを連れて本部に帰ってから、キイチに何とか許してくれるよう申し出た。そして、カラタチ・シティの外に情報を漏らさないという約束のもと、なんとか許された。そしてゲンジュウロウは「繭」の一員となった。

レイブンたちの巣では、レイブンが悔しそうにコアラの紋章を引き裂いていた。
「またも戦士が生まれたか‥」
「レイブン様、落ち着いてください。」
 ブルーシャークが宥めるように言う。
するとそこにフィドラーとグラスホッパーが入ってきた。
「アンタさ、マジで無能じゃん。あんな口もきけない脳筋バカ派遣するとか頭湧いてんの?バカなの?ウチらの負担増えちゃったじゃん!羽むしって茹でてあげようか?ホントムカつく!」
フィドラーがはやし立てる。
「威張ってんじゃねぇぞ。クソガラス。その椅子から降りろ。」
 グラスホッパーが吐き捨てるように言って、フィドラーと一緒に出て行く。
そしてレイブンのもとに、今度はコンストリクターがやって来た。
「この私が、3人纏めて潰してあげてもいいけど?アンタいい男だから、なんでも言うこと聞いちゃう。」
「よし。行ってこい、何としてでも奴らを潰せ!吾輩の名に懸けて行ってこい!報酬はいくらでも出すぞ!」
「オッケーよ。サービスしちゃう!」
 コンストリクターが舌をチロチロ出しながら喜び勇み、出て行った。


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