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バタフライマン 第12話 足長屋敷の怪

 メタモル・シティ大学では前期の講義が終わり学生たちが憑き物が落ちたような顔で門の外に出て行く。カラスマ・ミドリの教え子の一人であるヒイラギ・ルミは大学が休みの間、収入を得ようと思っていたため、アルバイトを探していた。そして電柱に張られたこんな張り紙を見つけた。
「女中求ム 高給 経験不問 ○○番地ノ西洋館ニテ   足長」
 ルミは怪しさの漂うこの張り紙を一瞬訝しんだが、その給料は今まで見てきたどの仕事よりも高給だった。そして意を決してその家に行ってみることにした。そのあくる日の水曜日、ルミは張り紙に書かれていた件の洋館に向かった。どことなく怪奇小説に出てきそうな不気味な雰囲気が漂い、門には蜘蛛の紋章が刻まれ、表札には「足長」とだけ書かれていた。ルミは意を決して屋敷の敷地内に入った。扉を叩くと、赤茶けた髭を生やして燕尾服を着た長身の男が立っていた。
「あの、張り紙見て来たんですけど。」
「おおそうか。ちょうどいいところに来てくれた。前の子がやめてしまってな。人手が足りなくなっていた所だ。私の事は足長と呼んでくれ。」
男はそう言うとルミを洋館の中に案内した。中は玄関に入ってすぐのところに暖炉があり天井からは古びたシャンデリアがぶら下がっていた。階段にはカーペットがかけられており、扉がいくつもあった。
「君には私が仕事で留守にしている間、この屋敷の掃除などをしてもらいたい。どの部屋も好きに使ってくれて構わない。だが、一つ言っておきたいことがある。」
そういうと足長と名乗る男は階段の右にある古びた扉を指さした。
「あれは地下室へと通じる扉だ。あそこだけは絶対に開けてはいけないよ。価値のある美術品がしまってあるからな。それさえ守ってくれればいい。」
足長はそう言うと、こう言った。
「では、私は早速仕事に出かけてくるから、よろしく頼む。」
そういうと、足長はそそくさと出て行ってしまった。
「さてと‥」
 ルミは早速立てかけられていた掃除用具を手に取り、掃除するついでに各部屋を見て回った。書斎には数多くの本が並んでいたが、そのほとんどが蜘蛛に関連するものであった。よくみれば家具や階段の手すりなどあちこちに蜘蛛のレリーフや紋章が刻まれていた。足長の趣味なのだろうか。
(よっぽど蜘蛛が好きなのね。少し気味が悪いわ‥)
ルミはそう思いながらもてきぱきと仕事を続けた。そして数時間かけてあらかたの掃除を終えた時、ある扉に目が入った。それは足長が決して開けるなと言っていた地下室の扉だった。ルミは気づくとそのノブに向かって手を伸ばしていた。彼女はそれに気づき、慌てて手をひっ込めた。
「危ない危ない‥私ったら何してるのよ。開けるなって言われたじゃない。」
 彼女はそう言って自分を諫めたが、何故か開けたいという気持ちがまだ残っていた。
するとそこに足長が帰って来て、彼女に給料を渡した。ルミは帰り道もあの扉のことが心の奥に引っかかっていた。
「へテロポダ、何をしている!」
 ルミが帰った直後、足長の頭にテレパシーが走った。
「レイブンか。何の用だね。」
「『繭』を潰すという我々の最優先事項を忘れたのか?呑気に豪邸など構えて暮らしおって。」
「それならば朝飯前だ。だが、『繭』などまだ羽化したての蝶も同然。少し叩けばあっという間に崩せる。私の出る幕などないだろう。他の奴らに任せることにする。」
「これは我々共通の使命だぞ。貴様を通り名持ちにしてやった恩を忘れたか。」
「ちょうど食べ応えのありそうな若い娘が罠にかかったところだ。今度一緒に食べないか。いらんなら私が一人で食べるぞ。」
「ふん。勝手にしろ。貴様が戦士を一人でも殺せたのなら、その娘を肴に祝杯を上げようではないか。」
 レイブンはそう言うとそのまま通信を切った。
 
 その日の夜、ルミは眠ることが出来なかった。どうしてもあの扉のことが気になってまんじりとも出来ない。目を閉じるとどうしてもあの無機質な扉と足長の顔がちらつく。結局彼女は一睡もできず、次の仕事の日にこっそり開けることにした、。後で締めておけば分かるまいという気持ちがあった。そしてあくる日、仕事に向かい、足長が出て行ってしばらくたった後、ルミは一階の掃除をあらかた終わらせた後、その扉の方に向かった。恐る恐るノブに手をかけ、ガチャリと開けた。中は真っ暗でジメジメしていた。鉄くさい臭気が鼻を突く。金属がさびているのだろうか。暗くてよく見えない。この部屋には電気のスイッチもないようだ。この日は結局怖くなってここでやめることにした。次来るときは懐中電灯を持参しようと思っていた。あれだけ開けてはいけないと言われていたのに、自然と開けたいという
思いが湧き上がってくるのだ。ルミは少し恐怖を感じた。あの古びた地下室の扉の向こう側に何があるのだろうか、なぜあの部屋がこんなにも自分の心をかき乱すのか。そしてその日、ルミは夢を見た。自分は真っ暗な足長邸にいる。目の前にはあの扉。その周りには無数の足高蜘蛛がわさわさと動き回っていた。
「アケロ‥アケロ…」
 無数の蜘蛛が囁くようにルミに語り掛けてくる。ルミは自分の意志と関係なくノブに手を伸ばしてしまう。蜘蛛たちがはやし立てるように叫ぶ。ルミは耐えかねてドアを開けてしまう。ドアを開けると恐ろしい形相の足長が立っていて。ルミ目掛けて襲いかかってくる。そこで目が覚める。彼女は汗だくになりながら目覚めた。そして翌々日。また仕事の日がやって来た。いつも通り屋敷を掃除した後、今日こそはと屋敷に入ることにした。ジメジメした不快な空気に包まれたドアを恐る恐る開け、懐中電灯を片手に中に入る。鉄さびのような香りが漂う部屋に懐中電灯を当てる。足長が言っていたような希少な美術品などは見当たらず、まるで監獄か或いは屠殺場のような金属の壁で包まれた部屋。天井は鉄パイプがむき出しになっており、西洋館には似つかわしくない一室だった。ふと天井を見ると、鉄パイプのの上に何かが並んでいるのが見えた。白い何か。ルミはその方向に懐中電灯の光を向ける。そこにあったのは、何か人型をしているように見えるものだった。マネキンか、或いは蝋人形だと信じたかった。が、そこにあるものからは血がしたたり落ちている。鉄パイプの上に並べられた若い女性の生首。その横には女性の死体が腰を曲げた形でいくつもぶら下がっている。その筆舌に尽くしがたい悍ましい光景を見たルミは悲鳴を上げた。彼女は足長が帰ってきても何事もなかったかのように振舞い、後で警察に連絡することにした。そして足長が帰って来た時、彼女はいつも通りに給料を受け取り、何事もなかったかのように出て行こうとした。しかし、
「待ちたまえ。」
 足長が呼び止めた。ルミは背筋が凍る思いがした。
「君のその赤い汚れは何だね?」
 彼女は自分のスカートの裾を見た。赤いシミがついている。あの時床に垂れていた血が付いたのだ。
「これは‥足を怪我してしまって…」
「嘘は言わなくてよろしい。あの部屋を見てしまったんだね。まぁいい。計画通りだからな。」
 そういうと足長は不気味なポーズを取った。足長の背中から長い毛むくじゃらの脚が出たのが見えて、ルミの意識は途絶えた。
気づくとルミはあの部屋の天井の金網の上に糸のようなもので括り付けられていた。目の前でガシャガシャと言う音を立てながら何かが這って迫ってくる。それは背中から長く毛に覆われた脚が生えた怪物だった。体も毛で覆われ、頭頂部には八つの眼があった。
「ようやく目覚めたようだね。」
怪物がそう言いながら長い脚を動かして迫ってくる。
「君は私の罠にまんまと引っかかったわけだ。まぁ引っかからなかった者など今までいないのだがね。」
「ど、どういうこと…」
「この屋敷全体に、入った者にあの扉が開けずにはいられなくなる特殊な念力をかけてある。この部屋にで死んでいる若い娘たちは皆、その念力にかかって私の保存食となった。しかし君は本当に美しい。保存食などにはせず、生きたまま今すぐ食べてやることとしよう。光栄に思うがいい。」
ルミは恐怖し、体をよじって糸から脱しようとした。しかし糸はびくともしない。ルミは苦し紛れにこう言った。
「食べるなら、少しだけ時間をちょうだい…心を落ち着かせたいの‥」
「分かった。では五分間だけ。食べる前に君の美貌を見ておきたいからな。それ以上は一秒たりとも待つことはしない。今すぐ君の体に食らいつきたいのだからね。」
 彼女は無駄だと分かっていても、この短い時間の間に、誰かが駆けつけてくれること願っていた。そんなことは起きるはずはないと分かっていてもだ。錆びて返り血の付いた天井を見つめながら、彼女はかろうじて動く足で鉄のパイプを蹴って大きな音をたてるなどして、誰かの助けを呼ぼうとした。しかし、地下室から外に音が聞こえるはずはない、そう気づいていても僅かな芥子粒ほどの希望を捨てずにはいられなかった。と、その時、眼下の地下室の扉の外から、誰かが走ってくる音が聞こえた。そしてドアが蹴破られる。その音を聞いて蜘蛛の怪物がこちらを向く。
「誰だ‥」
 そこにいたのは緑色に輝く蝶のような装甲と刀を持ち黒い蛍のような装甲を身に纏った二人の男だった。ちょうどテレビの子供番組に出てくるような姿をしている。あまりに現実とかけ離れたものが立て続けに姿を現したのでルミは混乱していた。
「誰かと思えば、『繭』の連中か‥紳士の食事を邪魔するとは不躾な。」
「女性を食おうとする紳士がどこにいる。この怪物め。」
 蝶の装甲の男が言う。
「こんなところに隠れて若い女を食らっていたのか。だがいくら隠れた所で    お前の屋敷からは凄まじい邪気が出ていた。一目瞭然だったぞ。」
 蛍の装甲の男が言う。
「ほう。ならばこの足長男爵が相手になってやろう。貴様らも私の食卓に加えてやろうではないか。」
 蜘蛛男、ヘテロポダは背中から生えた長大な脚をバネのように使って飛び上がり、二人の前に降りてきた。ルミがその光景を見つめていると、壁を突き破ってもう一人誰かが入って来た。
その人物は天道虫の装甲を見に纏い、銀色に光る下駄を履いていた。
「ゲンジュウロウ!その子を安全な場所に逃がしてくれ。」
「よし!」
 天道虫の男はそう言うと、ルミの体を拘束していた糸を渾身の力を込めて千切り、ルミの体を抱き上げてそのまま壁の穴から外に出た。彼はルミを庭の地面にそっと置くと
「嬢ちゃんは早く逃げな。アイツは俺たちが何とかする。」
 それを聞いたルミは一言「ありがとうございます」と言って急いで逃げた。逃げる途中、あの蝶の装甲の男の声にどこか聞き覚えがあるように感じた。が、考えをめぐらす間もなく走り出すのだった。
ミドリたちはルミが屋敷から遠ざかるのを見届けた後、目の前にいる大蜘蛛の方に向き直った。
「貴様ら‥私の貴重な食事を逃がすとは‥」
「彼女はお前の食べ物ではない。」
「貴様らごときに晩餐の邪魔をされた‥この屈辱を晴らすため、通り名持ちとしての威厳を示すため、本気で戦わせてもらうぞ。」
 ヘテロポダはそう言うと、白いゼリー状のものを取り出し、それを食らった。
「あれは…」
「奴から離れろ!」
 ミドリは「ドーサ」がカイジンを強化し、「カイジュウ」へと変化させるものであると知っていたため、急いでヒカルとゲンジュウロウと共に部屋の外に退避した。ヘテロポダの体が巨大化していき、地下室の壁を破った。そしてその巨大な体が地下室に続く階段の両脇の壁を壊して迫ってくる。そして広間を覆いつくさんばかりの巨体が姿を現した。下半身は丸ごと巨大な足高蜘蛛になっており、その頭部に当たる部分が毛むくじゃらで八つの単眼を持つ人型の怪物となっていた。
「さぁかかってくるがいい。三人纏めて捻りつぶしてくれる。」
「こいつぁエラいバケモンだな。」
「私は前にもこうやって巨大になる奴と相対したことがある。その時の奴は知性のない巨獣だったが、こいつは喋れるようだな。」
「どっちにしろ早く片付けないとな。」
 ヘテロポダは怒りを込めて長い脚をヒカル目掛けて叩きつけようとしてくる。ヒカルは飛び上がって天井のシャンデリアに掴まって攻撃をやり過ごし、そのまま飛び上がって斬りかかった。『蛍火』が敵の人型の部分の胴体に直撃し、大きな切れ目が入る。さらに上からゲンジュウロウが鉄下駄で顔を叩きつける。
「よくもこの私をコケにしてくれたな。小賢しい人間どもめ。」
 ヘテロポダは憎々しげにそう呟くと、蜘蛛の下半身の尻の部分から糸を出し、ミドリ達目掛けて飛ばしてきた。避けきれず糸に当たってしまったミドリは体を拘束される。ヒカルが刀を振るってミドリの体の糸を斬りつけるも、今度はヒカルが糸で拘束されてしまう。それを見たゲンジュウロウは後ろから近づき、蜘蛛の尻から出ている糸を掴み、持ち前の怪力で投げ上げると、壁に叩きつけた。
「がっ!」
 壁が大きく崩れ、ヘテロポダがうめき声を上げる。ゲンジュウロウは隙を見てミドリとヒカルに近付き、その体を拘束している糸を渾身の力を込めて千切った。
「お前ら大丈夫か?」
 二人はその馬鹿力に驚嘆しながら立ち上がった。倒れ込んでいるヘテロポダが起き上がろうとしている。ミドリたちは立ち上がると飛び上がった。ヒカルが燐光を放つ刀を振り上げてて飛びかかる。
「蛍切の攻!」
 刀が振り下ろされ、ヘテロポダの蜘蛛部分の右側の足四本が千切れる。ヘテロポダは体を支えられなくなり大きく体勢を崩す。そこにゲンジュウロウがやって来てその顔面目掛けて鉄下駄を履いたまま蹴りを入れる。
「七星一蹴!」
 ヘテロポダは仰向けに倒れる。そして上向きになったヘテロポダの上半身部分の中心目掛けてミドリが拳を打ち込む。
「大揚羽正拳突き!」
その体に拳が当たった瞬間、何かが砕ける感触がミドリの拳に伝わる。
「キィィィィィェッ!」
 ヘテロポダが奇声を上げ、その体が炎に包まれ、灰となっていく。それと同時に洋館も崩れ落ち、その場所は見る見るうちに瓦礫ひとつない更地になった。ミドリ達はその場にじっと立ち、犠牲になった女性たちに黙祷を捧げるのだった。
 
 ルミは今日あったことがまるで夢のように思えてならなかった。怪物が存在することは知っていた。以前もメタモル・シティ中心部で巨大な蛇の怪物が暴れまわり、三人の戦士が倒したというニュースを聞いたことがある。その戦士のはっきりとした姿は捉えられず、そのシルエットから一人は「バタフライマン」と呼ばれていることも小耳にはさんだ。自分を救ってくれた蝶の戦士の声が彼女にはどうしても聞き覚えのある声に聞こえてならなかった。そのことを気にしながら、ルミは眠りについた。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 

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