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新しい神話(short short)

いつもと同じ朝。けど少し違うのは、僕が18歳の誕生日を迎えたと言うことくらい。
ベッドから起き、外へ出て、砂漠とアンデス山脈らしきものを音で感じる。
10年前ここへ来てすぐ、
「ここはアタカマ砂漠であっちがアンデス山脈よ」と、マリアが教えてくれた。
シェルターで軽い朝食を済ませて、コーヒーを飲む。やっぱりいつもの朝。
「ハッピーバースデー、つよし」とリンがハグをしてくれた。
「よく憶えていたね」。
「当然でしょ。親友の誕生日は忘れない。良いバースディを」。
そしてリンは、エレクトリックチェアで部屋に戻っていった。
僕もそろそろ部屋に戻って、仕事に取り掛からなくては。
そしてエレクトリックチェアで部屋に向かった。
「つよし、お客さんよ」マリアが僕を呼び止めた。
「エントランスに、あなたのご家族が見えたわ」。
今から10年前、地球に流星が降ってきた。
それを見た人々は、一瞬にして思い出を失った。あまりにも美しく、ほとんどの人が思い出を失った。
生まれつき目の見えない僕は、思い出を失わなかった。
そして思い出を失わなかった人々は、この地に集められた。
ある目的のために。
それは、新しい思い出、新しい過去、新しい歴史、新しい神話を作るために。
僕たちは決して本当のことを誰かに語ってはいけないことになった。
僕はここで、新しい神話作りの部署に配属された。完成した神話を日本語に翻訳する。
あと1年後か2年後かには、この新しい神話が世界中で出版される。
そうすれば、世界はがらりと変わるだろうと言われている。
ある日僕は、覚えている思い出を、カセットテープに吹き込むことを思いついた。
そしてそれを、こっそり、母さん父さん、妹のいる故郷へ送った。
何年も何本もカセットテープを送り続けた。
そして今日、彼らは僕に会いにきてくれた。
失った思い出は、誰かが語ることによって、再び蘇る。そのことが証明された。
でもそれは、口外してはいけないと、僕たち家族はここで一緒にしばらく暮らすこととなった。
そのことを知ったリンは、
「わたしも家族に会いたい」と言った。
僕はリンに、こっそりその方法を伝えた。
そしてそれが少しずつこのシェルターから、そして世界に広まり、少しずつ思い出が蘇る人が出てきた。
それでももうすぐ、新しい神話が世界中で発売される。
僕たちは今日も、家族に恋人に友達に先生に、思い出をカセットテープに語って送る。
本当の過去を忘れないために。
The end.

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