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箱から出られない箱入り娘(short short)

まりあは、遠く向こうまで続くキャベツ畑で、何かに操られるように歌っていた。
ここ数日、まりあは歌ばかり歌っていた。
歌わずにいられない。突然、メロディーが溢れ出て、やがて歌になる。それが止まらない。
隣の農園のお兄さんにそれを言って、音楽を聞かせたら、すごい才能だということになった。
お兄さんは、大のロック好きで、家にはたくさんのレコードやCDが溢れている。だから音楽については少しうるさい。
そんなお兄さんが太鼓判を押すのだから、まりあは並の少女でないことは確かだ。
早速、サウンドクラウドにあげよう、とお兄さんは提案した。
「インターネット上の、クラウドにあげるんだよ。そしたら、世界中の人が、君の音楽を自由に聞くことができるんだ。」
え?世界!まりあは驚いた。
「ところで、クラウド?インターネット?それってなに?」
え?まじ?お兄さんは、驚き、まりあにインターネットのことを説明した。
そして、まりあは、今日初めて、世の中はクラウドとインターネットだということを知った。
早速まりあは、お兄さんのパソコンでアカウントを作ってもらう。
しかしなぜか、まりあのアカウントは作れない。
そこでお兄さんは、むかし話題になった、ソーシャルネットワークディスタンス運動を思い出した。
10年以上前、ヒッピーの間で、ちょっとしたムーブメントになった社会運動である。
さらに同じ時期に、申請すれば、ソーシャルネットワークの世界でアカウントを作れなくすることができるという実験を宇宙機関が試験的に行なっていた。
しかし、一回申請してしまうと、その解除をするための衛星を飛ばさなくてはいけないため相当なお金がかかるという。
そしてそれは、将来のため、子供の時に申請しておいた方が何かといいという手続きだった。
今でもそれは行われているのかは、わからない。
ショックを受けたまりあ。
いくら、私を思ってのこととは言え、酷すぎる。
まりあは家に帰り、両親に問いただした。
「そうよ。全てあなたを社会から守るためだったのよ。
その申請をして、私たちはここに移住をしたわ。手探りでキャベツ農園を始めた。
ホームスクーリングもそのためよ。すべてはあなたを守るためなの。」
母はまりあに告白した。
「とは言え、守りすぎよ。わたしだってやがては大人になるのよ。このままじゃあ、大人になれないよ。」
「二十歳になったら、それは解除するつもりだった。だからあと5年、待って。」父は言った。
まりあは、何も言わずに、席を立ち、両親の部屋へかけて行った。
机の引き出しにそれぞれ2台のスマートフォンがあった。
さらに、よくよく思い返してみると、毎週、アマゾンというところから配達が届く。
「私だけ、ずるい!二人もソーシャルネットワークディスタンスをやるべきだ!」まりあは二人に歯向かった。
「大人には必要不可欠なのよ。」
「そんなの言い訳だ。ずるい。」
やがて父が折れた様子で、
「分かった、まりあが自由に音楽をインターネットで配信できるようにアカウント申請をする。」
「あなた、そんなお金うちにあるの?」
「なんとかするさ」
そして父親は、まりあの申請はせず、父親がまりあのアカウントを作り、それをまりあに内緒で管理した。
さらに、一台のパソコンを与えたが、それも徹底的に管理した。
まりあの音楽は、瞬く間に広まり、話題となった。フォロワーも増えていった。
ファンが増える一方で、アンチも同じくらい増えて行った。
両親は、ネガティブなコメントは一切彼女に触れないように、徹底的に管理した。
そのおかげで、まりあは自由に彼女のメロディーを奏で、せっせとアップしている。
The end.

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