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終のすみかの乙女たち 「キレる」

ユリは再びブチギレた。
こいつらみんな私を赤ん坊扱いしやがって。
おしっこ?おしっこ行きましょうね、って、
貴様、私をいくつだと思っているんだ。馬鹿にするんじゃないよ。
お前は見たところ二十歳そこそこの小娘じゃないか。
ユリの怒りは絶頂に達した。
もう我慢できない。
「気安く触るんじゃないよ!」
ユリは小娘の手を払い除ける。
小娘はそんなユリの気持ちをこれっぽっちも理解していない様子で、
「でもねユリさん、そろそろトイレいかないとまたパンツ汚しゃうでしょ」
ユリの怒りは絶頂に達した。
この場から早く退散したい、こんな侮辱もうまっぴらだ。
ユリはスッと立ち上がり足早にドアへ向かった、つもりだった。が、体は言うことを聞かなかった。
杖を手に取ろうとしてよろけ、その場で尻餅をついてしまった。

「またやったの?お母さん」、呆れ顔の娘。
ユリは、部屋のベッドに横たわり、目を開けた。
「だってさーー」
「いい加減、その癇癪どうにかして。私、面倒見切れないよ。何かある度に呼ばれて。私だって仕事あるし家庭もあるんだからね」
「お前には悪いと思ってるよ。でもさーー」
「だったら、大人しくしててよ。朝昼晩三食付、寝るところもあって、面倒見てくれる人もいて、何が不満なの?こんな贅沢ないよ」
「私は贅沢なんていらないよ。ひとりで大丈夫なんだよ」
「良く言うわよ。弁えてよ。お母さん、いくつだと思っているの?持病だってあるし、歩行だってままならし、トイレだって一人で行けないじゃな」
「行けないんじゃないよ、行かせてくれないの!」
「お母さん、はっきり言って、ここ、安くないよの。でもね、母さんのためにここにしたんだから。わがまま言わないでよ」
ユリは娘に背中を向けた。
「もう!子供みたい。私が何度頭下げたか知ってる?人の気も知らないで」
ユリは娘に背中を向けたまま。娘の怒りは収まらない。
「もう知らないからね。もう私お母さんのために頭下げないからね。ちゃんと自分で謝ってよね。いい歳した大人が、若い子に暴力ふってどうするの」
「暴力って!」
「そう言う行為は、今の時代、ハラスメントって訴えられるんだから。追い出されたって、面倒みないからね」
娘はドタドタと帰って行った。

部屋に夕日の光が差し込む。
ユリは薄暗くなった部屋で、ベッドに横たわっていた。
転んだ尻が痛む。
廊下からは、人の行き交う足音や、大声で名前を呼ぶ声、車椅子の音が聞こえる。
ユリは引き出しから昨日の朝刊を取り出し、クロスワードのページを開く。
今朝分からなかったワードが、見た瞬間わかった。
あら、まだまだ頭は大丈夫。ユリは自画自賛した。

the end

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