職域分野の保険制度の重要性と展望~ワクチン職域接種による再評価~


 最近、とあるベンチャーキャピタルが単体ではワクチンの職域接種の申請基準に満たないベンチャー企業を申請基準水準の人数規模まで集め、大規模合同接種を実施しているというニュースを見た。正直、職域接種は大企業と特権であり、中小規模の企業の職域接種に悲観的であった私にとって、このニュースの重要性は非常に高く、私が現在取り組んでいる職域での保険制度運用の価値を再認識する形となった。


 「スケールメリット」というものはビジネス、経済学における第一原則だろう。個別にサービスを提供するよりも、ある程度の規模の集団にサービスを提供する方が、サービス利用者一人当たりにかけるコストを低減させることができる。それにより、一定規模以上の集団であれば利用可能なサービスや、割引というものが世の中には多く存在する。ワクチン職域接種もまた、地域で個別に接種を実施するよりも、職域で接種を実施した方が管理上のメリットが大きいゆえに一定の申請基準を設けてサービス提供を可能にするという政府の施策である。

その観点では、私が現在、保険代理店として企業の人事と協議し、職域分野で生命保険や第三分野の保険制度導入を提案しているモデルに通じるものがある。保険における職域分野もまた、団体割引と呼ばれる保険料のスケールメリットを従業員が享受するというメリットにより、成立している。

 世間ではあまり考えられていないように思えるが、保険(民間保険)も商品であるからには商品の価格である保険料は原価や利益に分解することができる。保険における原価とは、ざっくり言えば、その保険商品で補償(保障)するリスクの発生確率と保険金を掛け合わせた期待値である。例えば、統計的に事故が起こる確率が1%であり、事故への保険金が100万円であれば、保険料の原価は1万円である。(かなり単純化した理論上の説明である)。保険会社は原価に対して、その商品を販売するためのコスト(=保険会社の営業社員の給料や制度の維持コスト、代理店への手数料)などを上乗せし、保険料として顧客に提示している。職域分野の団体割引の根拠となるのは、保険商品を販売するためのコストが、職域で制度導入することにより、大きく低減するからであり、その低減されたコストの一部を顧客側に還元するものである。一部といえども、その企業の従業員規模によっては20%以上の割引が適用されることもあり、従業員が保険加入を検討する上で、かなり大きなメリットがある。
 

 少し脱線するが、団体割引はどちらかと言えば、販売コストのうち、保険会社の営業社員側のコストを低減する考え方であるが、ネット系直販型の保険会社は代理店手数料というコストを低減することで割引に近いメリットを提供している。どちらも販売コストの低減を顧客側に還元するものであるが、保険商品によっては約款(どの事故に対して保険金を払うかのルール)が複雑で、若干異なっている部分があることや、保険代理店による保険料のモニタリング機能を踏まえると、ケースバイケースではあるものの、全体として、個人的には同じ割引効果であれば、団体割引の方が、顧客へのメリットは大きいと考える。

 このように、職域分野の保険には団体割引というメリットの提供ができるのであるが、企業はこの団体割引を福利厚生として従業員に提供している場合が多い。大企業では、団体割引をチラシなどに掲載し、年に1回の保険募集を行っている。しかしながら、経験上、こうした団体保険制度への従業員認知度は極めて低い。その注目度の低さゆえに、会社での制度を知ることなく、来店型保険ショップなどに行って、通常の価格で保険を購入している人も少なくない。これは非常にもったいないことである。私の所属している職域・福利厚生保険専門のチームでは、企業への保険制度導入提案もさることながら、人事部と協働して、従業員周知を目的に、制度説明会を実施している。

 上記は、団体割引を福利厚生としてメリット提供いるという仕組みであるが、そもそも企業が保険料の全額を支払って死亡保障や就業不能保険を手配している場合もある。この場合も、保険料のスケールメリットは働いているため、従業員が個人的に手配するよりも、1人当たりの保険料は安い。企業負担の福利厚生制度としての保険手配は、日本での認知度はそこまで高くないが、公的保険制度の脆弱なアメリカでは、この福利厚生における保険のラインナップはかなり重要視されている。アメリカでは単純な給与と福利厚生として得られるメリットを合算した総報酬という考え方が日本以上に重要視されており、企業の人事部も保険をはじめとする福利厚生制度が他社に劣っていないかということを非常に気にしている。日本では、福利厚生と言えば、住宅補助などを思い浮かべる人も多いが、アメリカでは福利厚生と言えば、専ら保険制度である。さらに、日本での福利厚生としての保険制度は、保険会社の料率が同じ護送船団方式の時代に、持ち株や取引の関係性により「お付き合い」で制度設計されたまま放置されている場合が多い。また、休職者への給与補填などを企業もしくは労働組合で担っている場合(専門用語を使えば、保険がリスクの「転嫁」であるのに対して、こうした制度はリスクの「保有」となる)、近年のメンタルヘルスによる休職者の増加から、制度自体が立ち行かなくなっているという話も聞く。

 私は、今後、人口減少と高齢化により社会保障制度が脆弱化していく日本において、従業員や人事部にとって福利厚生としての保険への注目度はこれまで以上に高まると考えている。また、社会全体で見ても、企業の福利厚生としての保険は社会保障制度の補完という位置づけで重要度は高まるであろう。実際、企業が全従業員を対象として福利厚生としての保険手配をした場合、保険料全額が損金算入されるなど、国としても税制上のメリットを既に設定している。

 その意味では、今後、職域分野の保険が重要度を増すという展望を私は持っている。今後も日本の社会保障制度や保険業界のアップデートのために、日ごろ感じたことや、学びを少しずつ発信していきたい。

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