事故発生時に損害保険会社の営業マンは何をするべきか。

 私は損害保険会社で営業担当者をやって3年目になるが、ここのところ自分自身の行動・対応に悩んでいる点がある。それは、端的に言うと表題の通りで事故発生時に営業担当者がどのように振舞うかということである。 
 自分の悩みを、一般の人々に理解してもらうために、気づくと非常に多くの「前提」に字数を割いていた。個人的な見解であるものの、保険会社の中のことについて比較的平易に書いたつもりであるため、前提を読むだけでも、保険会社の理解に繋がるかもしれない。そして、この悩みについては、保険会社社員の意見が分かれるところであると考える。本文を書く目的は、自分自身のモヤモヤを言語化することで、理解すること、同時に保険会社社員にとってどのような行動が大切であるかを多くの保険会社社員に投げかけることである。それでは、長い長い前提からスタートするとしよう。

 そもそもの前提として、保険会社内部の分業構造から話をスタートさせないと、この悩みを説明できない為、まずは損害保険会社がどのような部門で構成されているのかから述べていく。

長い前提

損害保険会社は主に保険商品を代理店と協働して販売する営業部門・保険事故に対して支払いを行う損害部門・商品開発や人事総務経理を行うサービス部門に大別される。
 保険商品は、商品開発・商品業務部が商品を作り(具体的にはどの場合の保険金を払い、どの場合は払わないかというルールブックである約款を作成する)、営業担当者がその商品の魅力を伝え、保険を購入してもらう。そして実際に事故が発生すると、損害部門が実際に発生した事故に対して、約款を解釈し、どの程度保険金をお支払いできるかの結論を出す。

 原則として損害部門は独立した機関であり、その契約者の保険料の多寡にかかわらず、ルールの適正運用を目指す。特に汎用商品については、契約者間の平等を保つために、例外を認めることなく保険金をお支払いする。なぜなら、保険会社はすべての契約者から保険料を頂き、それを適正に運用することが求められるからである。(この場合の運用とは、資産運用という小さな意味ではなく、お金の使い道のことを表す)。保険会社は、契約者の保険料を適正に運用するという観点から、やはり保険金の支払い1件1件に対して説明責任があるわけで、約款通りに保険金をお支払いしない場合は、極端な話であるが、頂いた保険料を不適切に運用しているという誹りを免れない。よって、損害部門はある種、情や政治的な判断に流されずに保険金を適正にお支払いするということがミッションであると言える。
 (この部分は、国家の三権分立の司法の独立性に模して考えると、わかりやすい。大津事件の児島惟謙のような判断を皆せねばならないのである。)
 
一方、営業担当者は、ビジネスモデル上、売上の多くが既存契約の更新であるため、基本的には新規開拓と同様に、いやそれ以上に大口のお客様からいかに信頼され、毎年更新をして頂くかということに細心の注意を払う。基本的には保険契約は新規を取るよりも既契約を保守することの方がコストは低いと考えられているため、既契約の保全も、営業担当者の重要なミッションである。
 
 主に損害部門と営業担当者は上記のミッションを背負っている。そして、保険会社のビジネスの特徴として、コンバインド・レシオというものが重要視されていることも触れておく。
コンバインド・レシオとは、保険会社の成績表とも呼べるもので、損害率と事業費率の合算である。損害率とはざっくりいうと、契約者から頂いた保険料のうち、いくら保険金でお支払いしたかという指標である。仮にその年の保険料合計が100億円であり、お支払いした保険金額が60億円だとすると、損害率は60%である。事業費率は、こちらもざっくりと説明すると、保険料合計に対してどの程度の経費が掛かっているかという指標である。損害率と事業費率は、どちらも低い方が収益に繋がる。逆に、コンバインド・レシオ=損害率+事業費率が100を超えるということは簡単に言えば赤字ということである。事業比率を安く抑えることは、奨励されるべきことであるが、損害率を低く抑えることについては疑問があるかもしれない。一見、保険金を払い渋れば、損害率が下がるように見える。実際にそれは事実ではあるのだが、保険金を払い渋る保険会社はお客様に選ばれず、保険マーケットから退場させられるのが当たり前なので、保険金の多寡では評価されることは少ない。一方で、なぜ損害率が成績表の項目にあるかは、値決めの精度がここに現れるからである。一般に、保険における値決めはアンダーライティングと言って、契約者のリスクを詳細に分析し、どの程度の保険料が妥当であるかと吟味することである。過去の事故データや近年の自然災害の状況等を加味して、契約者の保険料を決める。保険は、販売時点では売上原価がわからない(契約時点では保険期間中に事故が起こるかわからない)ので、この値決めを誤り、安く見積もってしまうと、損害率が大きく悪化する。一方で、保険料が高すぎると、価格優位がなくなり、保険商品は売れなくなる為、この値決めの精度は他の業界の例にもれず、極めて重要な業務である。

本題の悩み

悩みを話すまでに、前提情報が長くなりすぎたが、当の悩みについて話すと、事故の対応上、保険金をお支払いできない事象に合致してしまう場合、営業担当者において正解とされていることは、誤解を恐れずに言えば、「なんとか証拠を集めて保険金をお支払いする事由に合致する事実を集める努力をする」ことと言われているのだが、この対応は果たして正しいのかということに最近悩んでいる。

大前提として、営業部門には保険金の支払い有無を決める決定権はなく、その決定権は損害部門が独立して持っている。(損害部門の独立性)。その中で、営業担当者はお客様の側に立ち、損害担当者からどのようなことが実証できれば保険金をお支払いできる事由になるのかをヒアリングした上で、その事由に適合するようなエビデンスを集める努力をする。
なぜそのようなことをするのかと言えば、先ほども前提で述べたように、営業担当者の重要なミッションは既契約のお客様から信頼を得て、保険契約を継続することである為、とにかくお客様に寄り添うという姿勢が求められるからである。ひどい場合は「御社を信頼して保険をお任せしているのに、いざというときに保険金が払えないのであれば、全契約を別の保険会社に切り替える」とさえ言われる場合もある。特に大口のお客様であれば、この言葉は営業担当者にとって極めて厳しい言葉である。よって、営業担当者は保険金をお支払いできるように尽力し、仮に保険金がお支払い出来ない場合も、尽力した姿勢を買ってもらい、その後の更新に結びつけることが、重要であると言われる。

自分自身を納得させるためにも、この対応に対する違和感を一つ一つ潰していきたい。

 違和感①:そもそも、保険金が支払えない場合に、契約を他社に切り替えられるという関係性がおかしいのではないかという違和感。

 これは、業界内外の人で意見が分かれるように思うポイントである。
原則として、保険とは、「Aの場合は保険金を支払い、Bの場合は保険金を支払わない」という契約なのである。普通に考えると、保険金が支払えないと揉めるということは、そもそも契約者が契約内容を確実に理解していないということが考えられる。なぜなら、保険金が払えないから揉めるということは、契約者は保険金がでると思っているという事実と、実際には契約上保険金をお支払い出来ないという事実が並存している必要性がある。
この状況には二つの見方があり、1つは契約書にサインしている時点で契約者は保険金をお支払いできない事由を契約時点で了解しているものである為、保険会社の対応に不備がないと考える見方である。もう一方は、保険契約という極めて難解な商品については、顧客保護の観点から契約者に理解させることが原則であり、契約者がルールを理解していないことには保険会社にも責任の一端があるという見方である。通常の契約で考えると、1つ目が妥当である気もするが、保険約款(ルール)は専門的な用語も多く、契約者が完全に悪いという見方も難しい。
これは完全に営業担当者が良くないのであるが、約款の一つ一つを説明することが煩雑かつロード的に難しいため、一般に保険に抱かれている「お守り」のようなイメージを利用して保険を販売しているケースも実際にはある。「保険はお守り」として保険商品を販売している限り、やはり上記のような契約者と保険会社の認識の齟齬は発生することは否めない。しかし、現実問題として、上場規模の大企業の契約でもない限り、実際の営業現場では1件1件の契約に約款の読み合わせを行う時間はなく、契約者側で保険や約款のリテラシーを上げる他ないとも考えられる。その観点でいくと、保険契約者と事故時に揉めるということは、保険の販売方法に問題があると考えられるし、一方で契約者側の保険リテラシーの結果であるともいえる。

違和感②:保険金支払いをルール通り、平等に行うことが重要業務だが、1契約者に対して営業担当者が努力することはそもそも平等の原則から外れないかという違和感。

 前提で書いたように、保険金をお支払いする上、契約者は約款の下に平等である必要がある。しかしながら、1契約者に対して、このように営業担当者が材料集めをすることは、平等ではないのではないかということは、確かに違和感を覚える。しかしながら、この疑問を煎じ詰めると、意外な事実が判明した。原則として、保険料は危険保険料部分と付加保険料部分で構成されている。危険保険料とは、リスクに応じて設定される保険料のことで、純粋に規模やリスクが高さによって変動する。経営指標ではコンバインド・レシオの損害率部分に相当すると考えるとわかりやすい。(厳密にはもっとややこしいが)。一方、付加保険料は代理店手数料や保険会社の社員の給料や利潤等の部分であり、経営指標としてはコンバインド・レシオの事業比率に相当する部分である。主に、営業担当者が保険金支払いに奔走するのは、契約規模の大きい契約者に事案であるが、契約規模はリスク量によって決まると考えると、保険料とはリスク量を表すものであり、これはロスプリ提案(事故を減らす取り組み)を除くと、保険会社の社員の努力とはほぼ無関係に契約者が保険会社に移転したリスク分なので、極めて平等である。(アンダーライティングが正確になされたものである前提)。
一方、付加保険料に関して、よく考えると、付加保険料の太宗をしめる代理店手数料が定率の為、主に危険保険料と連動して付加保険料部分も変わる。しかしながら1契約当たりに対して、保険料が大きくなれば事務のロードがかかるわけではないということがポイントである。確かに、保険契約の規模が大きくなれば、それなりに事務は増えるが、事務も定式化されているため、100万の契約にかかる事務ロードに対して、1,000万の契約にかかる事務ロードが単純に10倍になるわけではない。多くて3倍から4倍程度であろう。そう考えると、保険料は大きければ大きいほど、付加保険料における経費は少なくなり、結果としてなにもしなければ利潤が増えるはずである。ここまで来ると、意外でもなんでもないのであるが、付加保険料分と、事務ロードを考えると、やはり大口契約は高い利益の商品であり、契約者側から見ると、小口契約に対して付加保険料分の働きを保険会社がどこかでしなければ、整合性がつかない。では、やはりその差を埋めるためには損害査定時に契約者の為に奔走することも必要な働きであると言えるのかもしれない。
ここは難しいところである。損害保険会社も営利組織であるため、契約者規模が大きくなるほど、利益が高くなることは、ニュアンスはやや異なるが規模の経済性として理解して良い問題であるのか、それとも、保険会社は大口契約に対しては付加保険料分の働きを平等にするべきであるのか。未だ答えは見えない。ただ、株式会社の株主目線から見ると、利益を効率的に生み出すことがROE向上等に繋がる為、規模の経済性は働いてしかるべきである。一方、保険事業の公共性を踏まえると、どこまでROEに拘るかというポイントもある。保険会社はその公共性から、永続性も同時に求められると考える。保険会社は、破綻した場合は国の最低限のセイフティネットこそあれ、社会に甚大な影響を与える。保険会社は存在し続けなければならないゆえに、やはり利益は不可欠なのである。しかし、永続的に存在し続ける為にどこまで利益を上げるかという問いは、各保険会社によって異なるであろう。この問題は次の違和感にも繋がる。

違和感③:保険金をお支払いする為に奔走することは、保険会社の経営指標をどちらも下げるのではないかという違和感。

 非常に根本的な話だが、保険金をお支払いするために奔走し、うまくいって保険金をお支払い出来た場合、やはり損害率は上がる。そして、保険金をお支払いできても、できなくても、対応に多くの時間がとられるため、人件費はかかる。人件費がかかるということは最終的には事業比率が上がる。営業担当者が保険金をお支払いすることで、コンバインド・レシオを損害率と事業費率の両面から押し上げるのではないかという違和感である。そもそも、営業担当者か否かに拘わらず、ここまで真正面から会社の経営指標を下げる為に働くものなのかと一見感じるが、後者の事業比率については、再考が必要であろう。なぜなら、仮に保険金のお支払い対応時に営業担当者が全く何もせず、契約者側から見限られ、大口契約を切り替えられたと仮定すると、その分収入保険料(一般的な会社の売上に相当する)は落ちる。さらに、その収入保険料を埋め合わせする為に、新規契約の獲得をする為には、もっと多くの人件費が割かれなければならない。さらに、保険は代理店ビジネスであり、契約者への事故対応が良くないことは、すぐに代理店内で悪評が立ち、新規契約を取る為のコストはさらに高くなる。こう考えると、事業比率という観点では、営業担当者はやはり、保険金のお支払いに向けて、全力を注ぐ必要がある。比較的簡単にこの疑問は解消される。

 総括

 ここまで、違和感を主に3点挙げたが、総括すると、違和感①の契約者と保険会社間の情報の非対称性と、契約までの契約者側のリテラシー、さらには保険会社の営業手法にやや問題が解消されると、この悩みは軽減されるのではないかと考える。違和感②では付加保険料に対して社員はどの程度働くべきかという視点で、違和感③では経営指標の特に事業比率の面からこの問題を考えたが、比較的悩みは解消された。その為、結論としては、そもそもの営業活動時にやはり認識の齟齬なく保険契約を締結することが重要であるというのであろう。その為には、契約者側のリテラシー向上と、保険会社側の説明態勢の強化は必要なのではないか。

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