親先祖が続けていたことに心を依せる

2年前に、あるご門徒さんを京都東本願寺の報恩講参拝にお誘いした時のお話です。

その方は60代の女性の方ですが、その年の9月に最愛のご主人を亡くされ、ご縁があって私が御通夜、御葬式を出仕致しました。ご主人、奥さま、娘さまの3人家族でした。

娘さま曰く「どこに行くにも何をするにも父と一緒の母だったので、これからが心配です。」と言っておりましたが、娘さまの心配の通り、奥さまはお葬式が終わった後、ほとんど家から出られなくなってしまいました。

娘さまに頼まれ、私は奥さまの話を聴きました。

「ここにいると主人を感じることができるから、共に過ごした家に少しでも長く居たい。部屋から出て帰ってきたときに、主人を感じられなくなってしまうのが怖い」と言っていました。

悲しみ深いその言葉と表情に、私は返す言葉が思い浮かびませんでした。この方の力になれない申し訳なさと、自分の力の及ばない、情けない気持ちが溢れました。

その後、私の所属するお寺で、ご門徒さんと一緒に京都にある東本願寺の報恩講に参拝することになりました。以前、私自身が本願寺御影堂の親鸞聖人の御真影と向き合った時に、今まで味わったことのない感謝と感動をいただいたことを思い出し、「外出のきっかけになれば」と娘さまと私で奥さまを説得しました。

私は親先祖から、一年に一度は京都に行くように、そして親鸞聖人のお姿を拝見すると生きる力を賜ると教わってきました。私の力は及ばず、他にできることも思いつかないが、それでも何とかこの人の力になりたい。という一心で参拝をお願いしました。何度も断られましたが、4度目で「そこまで言うなら」と京都参拝を承諾してくれました。

報恩講から帰ってきたその方は、晴れやかな顔をしていました。

「主人がお浄土に行ったと聞かされていたけど、全く分からなかった。ずっと自分のすぐ傍に主人が居ると思ってました。でも、京都の親鸞聖人の像を見て分かりました。主人はあの場所に居るんだって。もう私の傍には居ないんだって。私はまだ命があって、私は一人でしっかり生きていかなければいけない。」と涙を流して話してくれました。

その後、女性はパートの仕事を始め、一人で旅行に行くようになりました。それから2年経ち、女性は来月、お一人で生まれ故郷の北海道へ帰るそうです。

死はいつか必ず訪れるものです。分かっていても受け止めるのは簡単ではありません。深い悲しみの中で、何も役に立たない、力になれることも何も無い時もあります。そんな時、私たちは仏教に依るということを親先祖から学んできました。半信半疑でもどんな形であっても、親先祖から受け継がれてきたように共に心を依せることで、一人の女性が生きる力を賜りました。

それ以上に、私が生きる力を賜ったと感じます。「自ら信じ人を教えて信ぜしむ」という言葉にあるように、この女性を通して、私こそ親先祖の教えに依ることができました。その御恩を報じていくほかにない、尊い人生を歩ませていただいております。

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