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箱根駅伝をめぐる「闇」の真実 / 原晋

この記事では2023年11月1日発売の原晋・著『最前線からの箱根駅伝論』より本文の一部分を抜粋して公開いたします。

最大の問題は関東学連という組織の実態


今後ますます駅伝が発展していくためには、その弊害についても触れないわけにはいきません。
足元を見れば、私たち大学の陸上部が所属する関東学連(関東学生陸上競技連盟)にまつわる、さまざまな問題点が目につきます。
私がつねに疑問に思っているのが、この組織の実体についてです。箱根駅伝を主催しているのが関東学連ですが、この団体について一般の方はどれほどご存じでしょうか。

組織としては、会長、副会長がいて、その下に強化委員会や競技審判委員会などがあり、駅伝のルールなどはそこで決まります。
私はよく言うのですが、この競技審判委員会の委員長が勝手にルールを決めないでほしいのです。
箱根駅伝のルールや規則は、参加校の監督が集う「監督会議」を通して意見を出し合うのが筋で、審判は本来、そこで決まったルールが正しく運用されているかを見るべきなんですね。それが本来の仕事であるはずなのに、私たちが知らないところで勝手にルールを決めて、あとはそれに従ってくださいというやり方を、関東学連は変わらずにやり続けているのです。

そんなふうに上から目線で来られると、こちらも反発せざるを得ません。なぜならば、関東学連という組織は株式会社でもなければ社団法人でもなく、ただの寄せ集め集団にすぎないからです。加盟団体である152(2023年6月4日現在)の大学の集まりで、だからこそ青学大にも一票を入れる権利があります。
それなのに、どうして私たちが関与しないところでルールが決められてしまうのでしょう。叩き台をつくっていただくのはけっこうですが、それをどう揉み込んでいくかは監督会議で決めるべきです。「密室談合のようなやり方はやめてほしい」と、監督会議や評議員会議といった正式な場面で10年近く訴え続けているのですが、この意見が受け入れられたことは一度もありません。

他の大学の監督でさえ、その場では賛同してくれないのです。
ただ、会議が終わった後で、「原さん、よく言ってくれた」とは言われます。「こちらは正式な場で主張しているのだから、その場で同調してくれよ」とは思いますが……。決められたことに文句を言わないというのが、陸上界ではよしとされるのでしょう。

しかしここ数年で、各大学の監督も代替わりが進み、中堅の監督から是々非々で意見が出るようになってきました。ようやく悪しき伝統から解放されるようになるのかと、私も少し期待を持って行く末を見守っています。
ただ、現状としてはまだ、参加大学の監督が一堂に揃う監督会議が、ただの連絡会になってしまっている。監督同士が話し合う機会もほとんどないのが実状なのです。

まったく変わらない上のポストの顔ぶれ


この際ですから、関東学連に対する不満をしっかりと書きましょう。
関東学連は本来、学生が主体となる団体で、幹事長をはじめとして多くの学生がその運営に携わっています。しかし、彼らは大学生ですから4年ごとに代替わりをしてしまう。
新しく入ってくるのはどうしても経験の浅い学生たちになり、会長や委員長ら大人に頼らざるを得なくなるのです。この構造がまず問題なんですね。

さらに言えば、会長の決め方にも問題があります。その人選は代表者委員会というところで正式に決まるのですが、委員会には任期がなく、委員長はほとんど会長の知り合いのような人たちです。これでは、会議で反対意見が出るはずありませんし、上のほうのポストはずいぶん前から顔ぶれが変わっていません。

学生の幹事長は毎年替わるのに、組織のトップだけがずっと同じでいいのでしょうか。
正論を言えば、各要職も加盟校で持ち回りすべきなのに、一部の人間だけがその座に居座り続け、物事を決めています。これでは「談合体質」と非難されても仕方がないでしょう。
私は組織を横から見ているので、問題点がよくわかります。

任期がなければ設けるべきで、少なくとも会長や委員長の仕事振りは、その年ごとにきちんと評価されるべきです。責任の所在を明確にして、ダメなら厳しく追及される。そうでなければ、そのポストは居心地のよいただの“名誉職”と同じです。

なぜこんなことになるのか。それは、陸上がトラック&フィールドで成り立っているからです。トラック種目とフィールド種目が一緒くたになっており、短距離もあれば長距離もあるうえ、跳躍系も投擲競技もまとめてひとつの団体なのです。
つまり、専門的なことを議論したくても、議論が深まらずに提案がそのまま通ってしまう構図になっているということ。

たとえば、私に短距離のことを聞かれても、「わからないからそれでいいよ」と言ってしまうのと同じで、長距離部がない大学にも等しく一票が与えられているため、駅伝の議論がしたくても、しっかりとできるはずがありません。
これでは、本気で何かを変えたいと思っても、その手段がないのと同じです。つまり、いまの関東学連は、駅伝の改革をすることが、ほぼ不可能な組織になっているのです。

組織の隅々にまではびこる「無責任主義」


では、駅伝のあり方に多大な影響力がある関東学連を、より開かれた組織に変えるために何をすべきか。
私は、短距離なら短距離の、長距離なら長距離のブロック(組織)をつくって、そこで議論するやり方がいいと思います。さらに長距離のルールを決める際には、長距離部を持つ大学のみに投票権を与える。いまは女子大や大学院も同じ一票を持っていて、権利自体がほとんど形骸化しているからです。

加盟団体を平等に扱うがあまり、逆に不平等になっているんですね。
とくに箱根駅伝は社会に与えるインパクトが大きい。公道を走る駅伝ですから、社会とどう折り合っていくのか、しっかりと参加大学で議論すべきでしょう。現場の意見を吸い上げる機会のない現行のルールでは、決して改革は進まないのです。

現実問題として、改革を進めるためにはリーダーの決断が欠かせません。
おそらく、日本の長距離がいまのままでいいと思っている関係者はいないと思います。
それなのに何も変わらないのは、トップにいる人たちの覚悟が足りないからでしょう。世界との差がどんどん開いていくことに危機感をおぼえても、それをいざ改革しようとするとエネルギーがいる。ヘタなことをして失敗したら、今度は自分のクビが飛びます。キツイ言い方をすれば、誰も責任を取りたがらないのです。

連盟にただ籍を置いているだけでしたら、そこでは「先生」と呼ばれて、社会的な地位が保てます。いろいろな大会で表彰式のプレゼンターを務めたりして、当の本人はご満悦なのでしょう。
ようするに、自分のことにのみ関心があり、陸上界を強くすることには、まったく重きを置いていないのです。ですから、私が外からガヤガヤ意見を言うと、その内容を精査することなく「うるさい!」となるのです。

箱根駅伝については年4回、監督が集まる会議がありますが、そこではすでに決まったものが情報として流れてくるだけ。議論する場ではありません。すべてが情報共有型の会議ですから、私たち当事者が集まっても何も決められないのです。
じつにおかしな組織だとしか言いようがありません。

全国化のカギとなる関東の大学への優遇措置


箱根駅伝は非常に人気の高いコンテンツです。ところが、テレビの視聴率は関東と関西では10%程度差がある。もちろん関東が上です。
やはり地方だと当事者意識が持てないのでしょう。

次回の箱根駅伝は100回大会であることを記念して、地方の大学でも予選会に参加できることになりました。従来の参加資格は関東地区の大学だけだったのが、今回に限り「日本学生陸上競技連合男子登録者」であれば参加資格を得られるというように規則が変わったからです。

ですが、今回のこの措置は、私が唱える全国化とは似て非なるものです。なぜなら、この特例措置は1回限り。次の101回大会では従来通り、「関東学生陸上競技連盟男子登録者」にのみ参加資格が与えられるという流れになっています。
つまり、全国化と言っても、地方の大学が予選会に挑戦できるのは1回だけ。このたった1回のチャンスを狙って、どこの大学が本気の強化を試みるでしょうか

そもそも全国化の方針を決めたのは2022年の7月くらい。すでに、2023年4月入学予定のスカウト活動はほぼ終わっていて、箱根駅伝に向けた新戦力の確保は難しい時期でした。箱根駅伝は短期決戦ではありませんから、長期的なプロセスが不可欠なのも、本書で説明した通りです。ですから、せめて3、4年前に発表をしないと、地方の大学が強化を図るのはとても難しいと言わざるを得ません。

いま、高校生長距離ランナーの全国ランキングで100位以内にいる選手は、ほぼ全員が関東へ来ています。地方とはそれだけの差が最初から存在するのです。多くの識者が今回の措置を「茶番」と称するのはそのためです。
なぜ、恒久的な全国化に踏み切れないのか。
考えられるのはおそらく、「全国化すると自分たちが出られなくなる」と、いくつかの関東の大学が危機感を抱くからでしょう。

しかし、そのような仲間内の損得勘定を優先すると、いつまで経っても改革には踏み切れません。ですから、たとえば全国化しても、最初の10年間は関東の大学に出場優先権を与えるというのもひとつの手です。
わかりやすく説明しましょう。

現状、20の大学チームと関東学連選抜の1チームのみが箱根駅伝に出られます(100回大会での学連選抜チームは廃止)が、全国化するに当たって、出場できるチーム数を仮に25に増やすとします(学連選抜チームは廃止して)。
シード校は従来通り10校、予選会から15校が出場できることにすれば、出場枠は増えます。ですが当面は、地方の大学が仮に予選会の1~7位を独占したとしても、5位までしか出場できないルールにするのです。そうすれば、関東の大学は少なくともいままでの20チームには出場権が得られます。

現状はおそらく、地方の大学も強化にはある程度の時間が必要でしょうし、その間は関東の大学からいまよりプラス5校、出場のチャンスが増えるのですから、みんなにとってハッピーだとは思いませんか。

ようするに私が言いたいのは、第100回大会以降も継続して地方に門戸を広げるべきだということ。もし、毎回全国化するのが難しいというのであれば、せめて5年ごと、いや大学スポーツは4年周期ですから、4年に一度だけは全国化しますというルールに変更すればいいのです。
オリンピックと同じ4年に一度。決してできなくはないでしょう。


PROFILE

原晋(はら・すすむ)
1967年、広島県三原市生まれ。青山学院大学陸上競技部長距離ブロック監督、同地球社会共生学部教授、一般社団法人アスリートキャリアセンター会長。広島県立世羅高校で全国高校駅伝準優勝。中京大学卒業後、中国電力陸上競技部1期生として入部するも、故障に悩み5年で引退。同社でサラリーマンとして再スタートし、新商品を全社で最も売り上げ、「伝説の営業マン」と呼ばれる。2004年から現職に就任。09年、33年ぶりに箱根駅伝出場を果たし、15年に同校を箱根駅伝初優勝に導くと、17年、大学駅伝3冠を達成。翌18年に箱根駅伝4連覇、20年には大会新記録で王座奪還し、22年にはさらに大会記録を更新し箱根駅伝6度目の総合優勝を果たす。監督業のかたわら、地方活性化、部活指導、さらにはフジテレビ系「Live News イット!」、TBS系「ひるおび」、読売テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」等に出演するなど幅広く活躍中。
X(旧ツイッター)アカウント:@hara_daisakusen

\  2023年11月1日刊行 /
『最前線からの箱根駅伝論』

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