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会社が派遣社員さんから妊娠の報告を受けたらどうしなければならないか

近年の案件対応の中で、派遣社員さんの産休・育休等についてはあまり知られていないのかなと思い、Noteでもまとめました。皆が正しく知識を持って無用な争いにならず子供を産み育てやすい労働市場になっていってほしいものです。

そこで派遣社員さんは妊娠した場合に産休や育休はとれるのか、派遣先に母性保護措置等に派遣先は対応しなければならないのかといった点です。また、別の方に交代させられないのかといった点について整理します。

1 派遣社員さんと産前産後休業

派遣社員さんは産前産後休業を取れるのかという点ですが、結論として当然に取れます。派遣労働者も労基法9条の労働者ですので、当然に産前産後休業を与えられなければなりません。
なお、産前休暇は「出産する予定の女性が休業を請求した場合」に与えなければならないものなので、本人の希望で取らないという選択肢もありますが、産後休暇は必ず与えなければなりません。
また、この場合の「使用者」は派遣元ですので派遣元事業者が産休を与えなければいけません。

■労働基準法
(定義)
第九条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。(産前産後)
第六十五条 使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。
② 使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。
③ (略)

2 派遣社員さんと育児休業

(1)理論上のお話

派遣労働者も育児介護休業法による保護の対象ですので、同法の求める一定の要件を満たせば育児休業をとることができます。

ア 無期雇用の場合

無期雇用の場合、原則として1歳に満たない子を養育する男女労働者であれば育児休業はとれますが、労使協定で定めましたら以下の条件に該当する方は育休の対象外となります。
実際には、当該労使協定を締結しており、1歳に満たない子を養育する労働者で下記①~③に該当しない方が育休対象者ということが多いでしょう。
①事業主に継続して雇用された期間が1年に満たない労働者
②育休申出の日から1年以内に雇用関係が終了することが明らかな労働者
③1週間の所定労働日数が2日以下の労働者

イ 有期雇用の場合

有期雇用の場合、上記に加えて下記にも該当する場合に育児休業がとれます。
④同一の事業主に引き続き1年以上雇用されていること
⑤子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでないこと

なお、上記の同一の事業主は、派遣元になりますので④は派遣先が変わってから1年以内であってもその前の派遣先と併せて1年以上であれば要件を満たします。

(2)事実上の問題点

上記より育児介護休業法上の要件を満たせば育児休業は取れる旨説明いたしました。では派遣社員さんが出産後に育休を申請すればとれるのが原則かといいますとそうとも言い切れない実態があります。
といいますのも、登録型派遣の場合には派遣先にいる期間満了までの有期契約で契約期間は1年以内が多いため上記⑤の要件を充足しない場合が出てくるためです。
もっとも、近年の働き方改革の流れの中で育児休業を法定の基準よりも緩やかに認める企業もありますので、育児休業が取れるかは派遣元の就業規則を確認し、かつ人事にも確認した方がよいでしょう。

■育児介護休業法
(育児休業の申出)
第五条 労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、次の各号のいずれにも該当するものに限り、当該申出をすることができる。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年以上である者
二 その養育する子が一歳六か月に達する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの)が満了することが明らかでない者

(3)派遣社員と母性保護措置

労働者が妊娠した場合に、使用者には当該労働者の母性保護が労基法上及び男女雇用機会均等法上求められます。この措置は就業上の措置ですので、派遣社員さんとの関係においてこちらの義務を負うのは就業先である派遣先事業者になります(派遣法44条)。

・妊婦の軽易業務転換:妊娠中の女性が請求した場合には、他の軽易な業務に転換させなければなりません。
・妊産婦等の危険有害業務の就業制限:妊産婦等を妊娠、出産、哺育等に有害な業務に就かせることはできません。
・妊産婦に対する変形労働時間制の適用制限:変形労働時間制がとられる場合であっても、妊産婦が請求した場合には、1日及び1週間の法定時間を超えて労働させることはできません。
妊産婦の時間外労働、休日労働、深夜業の制限:妊産婦が請求した場合には、時間外労働、休日労働、又は深夜業をさせることはできません。
・育児時間:生後満1年に達しない生児を育てる女性は、1日2回各々少なくとも30分の育児時間を請求することができます。

■労働者派遣法
(労働基準法の適用に関する特例)
第四十四条 (略)
2 派遣中の労働者の派遣就業に関しては、派遣先の事業のみを、派遣中の労働者を使用する事業とみなして、労働基準法(略)第六十四条の二、第六十四条の三、第六十六条から第六十八条(略)の規定(これらの規定に係る罰則の規定を含む。)を適用する。(略)。

(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の適用に関する特例)
第四十七条の二 労働者派遣の役務の提供を受ける者がその指揮命令の下に労働させる派遣労働者の当該労働者派遣に係る就業に関しては、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者もまた、当該派遣労働者を雇用する事業主とみなして、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和四十七年法律第百十三号)第九条第三項、第十一条第一項、第十一条の二第二項、第十一条の三第一項、第十一条の四第二項、第十二条及び第十三条第一項の規定を適用する。(略)。

4 妊娠した派遣社員さんの交代請求の可否

(1)産休・育休に入る前

使用者は、妊娠・出産・育児等を理由に労働者の不利益取扱いをしてはならず(均等法9条3項、育介法10条、16条)、不利益取扱いをすると当該不利益取扱いは無効となりますし、行政リスクにもなります(指導、勧告、勧告に従わないと最悪公表されます)。
そしてこの不利益取扱いの禁止は、派遣元だけでなく派遣先も対象になり(派遣法47条の2、3)ます。
また、「妊娠した派遣労働者が、派遣契約に定められた役務の提供ができると認められるにもかかわらず、派遣先が派遣元に対し、派遣労働者の交替を求めたり、派遣労働者の派遣を拒むこと」が不利益取扱いに該当すると厚労省は考えています。
https://www.jcci.or.jp/download/20200826_chirashi.pdf

そのため、派遣先は妊娠等を理由として、派遣労働者の交替を求めることはできません。この点、妊娠等以外が理由でありそれを立証できるのであれば交代を求めることも適法ですが、そのハードルは非常に高いです(※)。
※ 例えば能力不足の場合ですが、当該能力の不足が妊娠等によらないものである必要があり、現実問題として当該能力の不足に妊娠がどれだけ影響しているかの評価を会社ができるのかというと難しいと言わざるを得ません。

(2)産休・育休に入った後

これは、不利益取扱いとは関係なく、休業により派遣元に労働者派遣をしていない状況になりますので、派遣先は交代人員を求めることが当然にできます。

■男女雇用機会均等法
(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)
第九条 事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
2 事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。
3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
4 妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。

(3)補足

「手が足りないから派遣をお願いしているのであって母性保護措置等によってお願いしたい内容を100%満たせないのであれば不完全履行なので派遣先は交代を請求できる」というのは誤解です。
派遣契約における派遣元事業主の義務は労働者派遣をすることであり、労働者も母性保護措置等の法律に基づく範囲で軽減された労務を提供しているのであれば、派遣元事業主・派遣労働者ともに契約上の債務不履行とは評価できません。

4 期間満了による終了の可否

厚労省は、「期間を定めて雇用される者について契約の更新をしないこと」も不利益取扱いとし挙げておりますので、妊娠・出産等を理由として期間満了により労働者派遣の個別契約を終了することはできません。
もっとも、そもそも派遣就業は臨時的かつ一時的なものでなければならないものであり解雇権濫用法理の類推による期間満了終了無効が法的に観念されないので(派遣法25条、伊予銀スタッフサービス事件、マイスタッフ事件)、期間満了が終了した理由であればそれ自体妊娠・出産等を理由としていないのではないかと疑問が沸きます。
この点労働局に電話で聞いてみました。彼/彼女らは派遣や契約期間が1年未満で未更新の有期雇用のように雇止法理の適用がされない状況であれば期間満了それ自体をもって妊娠・出産等を理由としていないことになるとは考えていないようです。
更新の期待がないということは法的な利益がない状態であるのに「不利益」な取扱いと評価するのは法解釈として論理的ではないと思いますものの、行政としては事実上の保護の必要性を優先しようとしているのでしょう。

※参考文献

【備考】
電子書籍を書いたりしています。Kindle Unlimitedに加入している方は無料で読めますので、お読みいただきご意見等いただけるととてもうれしいです。



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