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1-10 concrete epic

「十年住んでるアパートの畳がカビ臭くてたまらないと引っ越すことを決心してからもう二十年経ったけど遂に引っ越し予算の五万円が貯まってさ品川あたりに良い物件見つけたんだよ駅チカで日当たり良好で床暖フローリングで2LKでペット可でリビングが八畳あってさもう一目でそこに決めたよね家賃はちゃんと見てないけど隣に住んでる女がブスだったから月三万円くらいじゃないかな引っ越しで余ったお金を開店資金に当てて地元の群馬でストリートブランドを立ち上げるんだそしたら美女たちが群がってきてさフェラチオされながらアナルに親指を突き立てられたりするんだろうなでも今日はもう遅いから焼酎飲んで寝るよおやすみ」おまえは地元の親友の留守番電話サービスに録音し終えると振り返り人質に向かって怒鳴った「早く金を用意してこの土囊袋の中に詰め込むんだ!」強盗ってのは簡単なお仕事だがんばった分だけお金が手に入るしシフトも無いし左手のサイコガンをチラつかせれば誰でもビビって言うことを聞いてくれるし帰りはバーミヤンでお腹いっぱい食べてもお母さんに怒られない犯行の際いつも猫を連れているおまえの愛猫っぷりや(盗んだ金の70%は野良猫の保護に使用され殺した人間の肉は削いで持ち帰り加工して野良猫の食料として与えている)強盗に押し入った家のトイレにウォシュレットが無かったという理由で一家を皆殺しにして家を焼き払ったなど数々の残忍な行為が話題となっており『超愛猫家連続強盗殺人事件』として連日メディアを賑わせている巷では「にゃんこ怪盗猫衛門」「猫ババア」「根暗メガネ」などと呼ばれ恐れられているがおまえの愛猫っぷりは一部の過激派野良猫保護団体からカルト的な人気を得ているようだ今回ターゲットとした場所は都内の銀行で人質は客と店員合わせて二十六人おまえとおまえの飼い猫を含めると二十七人と一匹だ銀行員がモタモタと時間稼ぎをしているようなのでおまえは脅しが必要だと足元をうろついていた飼い猫をサイコガンで撃ち殺してみせた「ズゴォォーーン」激しい閃光が猫の頭を撃ち抜きアゴを残して消し飛んだ猫の体は一体何があったのか分からないようで二歩ほどヨタヨタと歩いた後むき出しになった喉から血をゴボゴボと流しながらモサッと静かに横たわった「早くしろ!次にこうなるのはおまえらなんだぜ!?」人質たちは慄いたがそのときおまえの頬に一筋の涙が落ちた突然の愛猫との突然の別れに涙しないものなどいないだろうおまえは床に散らばった血骨と毛まみれの脳漿を手で掻き集め優しく抱き寄せ嗚咽した「まだ温かいというのに!どうしてこんなことに…!」人質も皆涙を流しながらおまえを見つめている「いまから獣医に行かなきゃいけない…皆さん少しでよいのでこの猫のためにご寄付をいただけないでしょうか」こう言いながらおまえがチップスターの空き箱を床に置き頭を下げると人質は一人ずつおまえの前に整列しお金を箱に入れてくれて最終寄付額はなんと合計六百万円になった「ありがとうございます!」おまえは深くお辞儀をして銀行を飛び出し振り向きざまに最大出力のサイコガンで銀行を丸ごと破壊したのだった人質たちに感謝はあるものの金を出し渋りおまえをイラつかせたのは別の話だちょうど通報を受け駆けつけた警察におまえは事情聴取を受けその後パトカーで自宅まで送ってもらった玄関を開けると「ご飯の時間よ〜」と母親の声が聞こえたのでファミマのビニール袋に入れてあった猫の死骸はとりあえず玄関の傘立ての脇に置き食卓へ向かったその日の夕飯はおまえの大好きなハンバーグだったそのうちおまえは大学入試や精通や刑務作業や税金対策など様々な出来事を経るうちに猫の死体のことなど忘れてしまい思い出したのは二十三年後の春のことだった最後に銀行強盗を行った日から毎晩死んだ猫の夢を見ることを不思議に思っていたおまえは母が入れてくれた食後の緑茶に立った茶柱を眺めていると突然猫のことを思い出し導かれるように両親の寝室の隅にある桐ダンスの奥を漁ると30個入りコンドームの箱の下に新聞紙に包まれた猫の死骸を発見した「さては猫嫌いだった母親が死体を隠し家族に催眠術をかけ猫の存在を忘れさせたのだろう」おまえは死体をイケヤのバッグに放り投げ獣医に見せるために家を出た長岡市の獣医は高額請求が当たり前で例えばたかが犬の骨折くらいで東京の一等地に家が建つくらいの診察料を請求するし接客態度も非常に悪いが交渉次第でいくらでも安くなるなぜなら獣医という職業の人間はもれなく重度の獣姦マニアだからだペットの穴と財布を天秤にかければほとんどの飼い主にとって財布のほうが重いに決まっているもちろんプレイの内容がハードになるに連れタダ同然になるがそうなるとプレイ中にペットが高確率で死に至りもし無事に帰宅しても深刻なトラウマによって性格が変化してしまうということは市内でペットを飼っている人間なら誰でも知っている「さて獣医は猫の死体でも食い付いてくれるだろうか…」獣医は近くにあったなぁ確か辻堂駅の駄菓子屋の向かいにあったはずだと駅に着くと昨日から何も食べてないおまえは空腹を覚えた「この辺にCoCo壱かマクドナルドはないだろうか…」結果何もなかった草の木一本も無かった北口改札を出て広がっている光景は中途半端に古いラブホが一軒と大量の錆さびたコンテナと枯れきった広大な畑だけだった「寒い」駅周辺を3分ほど歩いたが乾風が体に応えおまえは帰ることにした夕方には雨が降る予定だしな。

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