忘れらない同級生の話をしよう

 私には忘れられない同級生がいた。
 仮にエスと呼ぶ。エスは、全く喋らない人だった。
 なぜかはわからない。噂だと、片親を亡くしたことが原因だとか、そうじゃないとか。
 今だと「場面緘黙症」と呼ばれるのだろう。私も、声を聴いたことはほとんどない。

 エスと出会ったのは、小学校の時だ。といっても、ほとんど話さなかった。
 中学校に上がった時の事である。私はエスと同じ部活になった。(部活名を出すと特定される可能性があるので、伏せます)
 イラストや手芸をやる総合的な部活であり、エスはそこで塗り絵やイラストを描いていた。
 方や私は、三年間で様々なことをやっていた。イラスト・紙粘土・フェイクスイーツ・ビーズなどと、やることが毎日のように変わっていた。

 エスはいじめられていた。記憶が曖昧ではあるが、少なくとも同級生からは避けられていた。理由として、喋らないため意志がわからないからである。
 私もいじめられていた。理由はわからないが、気に食わなかったのだろう。
 今にして思うと、私はエスに対して仲間意識を持っていたのかもしれない。

 喋らないといっても、意志がないわけではない。
 彼女は、首を横に振ったり縦に振ったりで返事をする。
 喋ろうとしている事はあったが、長らく声帯を使っていないのか擦れた空気の音しか出ないことがほとんどだ。
「どっちの塗り絵する?」と聞けば、指をさす。塗り絵の感想を話すと、うなずく。

 私は、エスに対して安心を覚えていた。喋らない、ということは少なくとも罵声を浴びせてくることはない。
 そもそも、エスは穏やかな人物であった。後輩にも慕われていた。
 悪感情というものを、あまり持っていなかったのかもしれない。
 もしくは、喋れなくなったことよりももっとキツイことが過去あったのかもしれない。

 修学旅行。私は、エスと別の友人の三人でグループを作った。三人で回るとき、私はもう一人の友人であるエイチと話をしていた。
 エスは話を聞いているだけだ。申し訳なく思い、聞いたことがある。
「私たちだけで話をしているけど、聞いてて楽しい?」
 返事は覚えていない。首を縦か横か、どっちに振ったかもう記憶の果てに飛んで行ってしまった。
 今思うと、話せない相手にたいしてまぁ酷い質問である。
 話せないのだから、聞くしかないのに。どうしても気になって聞いてしまった。
 当時、私は話をする方が好きだった。人の話を聞くのが苦痛だったためである。

 卒業以降、私はエスと会っていない。何をしているのか、どこにいるのかもわからない。
 ずっと、エスに話しかけていた。いつか喋ってくれるかもしれない、そう思いながら。

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