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【マンゴー】 手紙


手紙を書く。そのこと自体に強い意味や理由は必要ないかもしれません。

誰かを恋しくなったり、そんな時に書く手紙。送ることもあれば送らないこともある。いろんな手紙があります。

今日あなたへ書く手紙。わたしは感謝を伝えたいのです。

わたしは文章で何かの賞をいただくことは読書感想文以外で初めてでした。そしてそれは、個人の名前の入った賞。とても嬉しかったです。【千ちゃん賞】。千という漢字が大好きなこともあり、特別ななにかを感じました。大袈裟でなく、わたしにとってのはじめての賞が【千ちゃん賞】でよかった。本当にありがとうございます。

千ちゃんは写真を撮ります。時間の中の瞬間をとらえます。わたしにはできません。写真を撮ってあなたに贈りたかったのですが、なにも意識して写真をとってこなかったわたしには当然ながらうまく撮ることができません。

でもわたしは自分の撮った写真に文章をのせていくことはできます。

なので、文章の作品を手紙にはさみました。

登場人物などは千ちゃんじゃないので安心して呼んでください。わたしの書くものなのでいまいちよくわからない世界ですが。



【マンゴー】




デパ地下の夏を彩る南国のフルーツたち。私はそのみずみずしさと黄色い太陽のこぼれ落ちた様を横目にいつものパン屋さんに入った。

やや高めの価格設定のパン屋さんではあるけれど、味は確かだ。食感にメリハリがある。ザクザクとしたものはしっかりとザクザクして、柔らかいものはしっかりと柔らかく焼かれている。バターと小麦の焼けた香りが心地よい。シャルドネの特徴の強く出たシャンパーニュにでも合わせてステキな午後にしよう、踊るように私はトングでクロワッサンを掴んだ。その時のこと。

「お客様!そちらはクロワッサンでございます!」

急なことだったので一瞬訳がわからなかったけれど、たしかにその店員さんは私を見ている。意味がわからないので知らんふりしてもう一度クロワッサンをつかもうとしたその瞬間、再度聞こえた。

「お客様!クロワッサン!」

よく見るとクロワッサンなどのパリっとした生地のパンの近くには薄いヘラのようなものがあって、それで取ることで崩れず食感を保てる工夫のようだった。でももうちょっと言い方があるだろうに、ヘラを使ってさらにウグイス豆のデニッシュを取る。先ほどの店員さんはにこやかにこっちを見ている。パンは大好きだけれど、売るのはあまり得意じゃない人かもな。よく言えば職人タイプか。そんなことを思う。3つ目に夏季限定のフルーツのたっぷり入ったロールケーキをとった。店員さんはますます笑顔だ。私は自身のチョイスに自信を持った。紙袋に入れてもらったパンは機嫌の良さそうな囁きを送ってくれる。

パンは午後の微睡に、昼は何か少しでいい、おいしいお寿司。デパ地下に入ってる小さなイートインスペースのお寿司屋さんで。お店の前で今日入荷しているお魚の名を見る。スズキにコチといった季節のお魚に貝類も充実しているよう。大西洋産トロマグロと書いてあった。きっと本マグロの脂ののったやつだ。でもトロマグロってトロワグロみたい。トロワグロはフレンチよ、お寿司屋さん。その時、キーンと鼓膜が収縮して、何かが訴えかけてきた。

「濃厚だ……たしかに……脂に甘みもあるんだろう……でも……こっちこいよ……もっと甘くてトロッとしたものがある……」

周りを見渡す。誰だろう。こんなにはっきりとした声で。

「こっちだ……おまえがこの建物に入ってきたエントランスの方だ……」

店内の音楽が小野りさの曲に変わる。憂いを帯びてサブ・トロピックな場所の夕焼けを映すその調べに男の姿が入ってきた。果物屋さんへ向かう。

「こんな日は、本マグロよりいいものが……あるんだ……」

本マグロよりもいいもの。たしかに夏は本マグロの季節ではないけれど。

「トロマグロよりトロンとしてる……約束する……」

まさかね、トロよりもトロンとしたものなんてね。ましてやこっちにはトロワグロだってついてる。

「もちろん……トロワグロよりもトロトロだ……」

その男は、いた。果物屋さんのそばの柱に背をもたれ、斜に構えて腕を組んでこっちを見ていた。

いったいなんて目をしてるの。最愛なものを欠いた世界に残った綿毛のような目。エルメスのスカーフにピチッとしたシャツとパンツ。ワニの皮の灰色の足もと。褐色の肌。

「この声は、あなた?」

「そうだ。よく戻ってきてくれた。入店する様子を見た時から気になってた。」

声はまだ私の中へ響いてくる。

甘い香りの漂う店内。軒先に並ぶバナナと夏蜜柑。全部黄色で真っ黄色な世界。

「そうだ、全部黄色い。太陽からの恵みだ。」

男は依然柱のそばを離れない。店内の従業員が握った夏蜜柑から果汁が滴る。その果汁をコップに収めて男に渡した。勢いよく、でも視線は逸らさずに男がそれを飲み干す。

「バナナだ。まずはそれを店内の男に選ばせろ……」

頼む前に店内の男が一房のバナナを手にしてレジの脇に置いた。

「よし。甘いバナナを選んだな……店内へ、店内内側へ向かって進め……そこに一際黄色くて赤みを帯びた果実がある……」

私はマンゴーを見つけた。よく熟れたマンゴー。店員さんがよく熟れたものを切ってくれて、私はその一片を口に含んだ。甘い。甘いという表現よりも、味覚と嗅覚と視覚を香りで満たすイメージ。マンゴーを取り入れた私はその香気を逃さぬよう蓋をされる。完全なる密閉された空間が私という体の中にマンゴーとともにある。けっして安くはない、そのひとつの果実のもたらす現象への対価。私は花になる。声がマットに響く。

「うっとりとする…その混沌の中に覚醒を促す言葉を一つ投げ入れるとしたら?」

「生活…会話…歩いたり走ったり…そんなことを愛しく感じる…」

「そのまま感じたものを教えてくれ…見つけてくれ…ひとつのことばを…」

「疑わないこと…ありのままと向き合うこと…でもそんなこと簡単にできるわけじゃない。生きていけないわ。」

「もっとだ…うかんできたことばを教えてくれ…」

「雑踏、そこには人がいて、猫や犬もいて、雀なんかもいて。ものが溢れてる。でもまとまりがある。」

「そこはどこだ?」

「インド……?」

デパートの音が戻ってきて、また消えていく。

「人を訪ねろ。軒先に耳を傾けろ。そこに漂う空気は情報だ。」

「パン…」

「パン。それはクロワッサンか、それともデニッシュか、はたまたフルーツたっぷりのロール・ケーキなのか。見えたものを教えてくれ。」

「熱い釜で焼かれたパン…何かを塗ってる…」

「チャツネだ。」

行き交う人が見える。デパートの袋をぶら下げた人たち。楽しそうに小走りになるのを我慢して、それでも満面の笑みを浮かべる子供たち。それを見守る親の笑顔。

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私は今、東京のデパ地下にいた。

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ここでも何かを感じることができる。人を、過ぎていく季節を。

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何かが生まれてくる、そんな鼓動を。


私はいくつかのマンゴーを買って、いくつかの不思議な体験をして、家に帰ってそのうちの一つを食べた。バルコニーにはその甘い芳香に寄せられて小鳥たちがやってきて、クロワッサンを一緒に食べた。この青空の下、穏やかな日でありますように。そんなことを思った。食べきれなかった分のマンゴーはきっとチャツネにして、今日を忘れないために冷蔵庫にしまっておく。



【おしまい】



果物好きなので、デパ地下の良い果物は憧れます。ちょっと勇気を出せば買えるんだろうけど、なかなか手が出せません。でも先日奮発してマンゴー買いました。すごくおいしくて幸せな味でした。夏の果物は黄色くてコロッとしててかわいいので大好きです。

よくわからない手紙になってしまいましたが、果物食べてビタミン摂って夏を楽しくすごしましょう!



千ちゃんへ

クリオネより愛をこめて






本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。