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【Letter】 卒業式シリーズ フィクション #ハゲ杯


今、思い出しています。先生の最後の授業の日のこと。
少し人生に行き詰まって、やっと先生の言葉が分かった気がします。



* * *




はーい、みなさん、席についてください。卒業式素晴らしかった!本当に立派な姿でした!先生、なんだか嬉しくて寂しくて、涙が出ました!

感謝を込めて、先生の最後の授業を始めます。ホラ、加藤、席についてください。そうです、席に着くと書いて着席と言います。この【着く】という漢字から、今日は漢字について学んでいきます。

ついて離れないという意味で【着】。似た意味の漢字でいうと【座る】もあります。この違いが分かる人、はい、手を挙げて。松本、じゃあ答えてみてください。はい、みなさん、松本が一生懸命に考えてくれました。先生がまとめます。松本はこう答えました。【着】は動作の主が主体となってなにかにくっついている状態を指す言葉。【座】とは漢字の成り立ちから見て、屋根と土の間に人がいる様子がわかります。その状況を距離を持って見て一つの空間として捉えています。【着】と【座】。似た意味で使われる漢字でも結構な違いがある。ほら、松本、素晴らしい回答をしたんだから胸を張ってください。先生は胸を張った松本が好きだぞー。そう、照れずに、自信を持ってください。

では次の漢字。少し変わって【便】。便利、人からの便り、色々と使われる漢字ですが、やっぱりみんながよく使うのは便通の【便】だと思います。

みなさん、ぜひ正直に答えてください。この中で、今朝【便】をした者は手を挙げて!そうそうそう、佐藤に森山、元気よく手を挙げてくれました。どうしたー女子生徒、恥ずかしがっちゃダメじゃないか。先生は正直な生徒が好きです。では、もう一度聞きます。この中で、今朝、【便】をした者、手を挙げて!はい、6割くらいはあがりました。いいんですよ、これは結果を求める授業ではなく、経過を学ぶ授業です。

みなさん、先生は【便】をした者は手を挙げて、そういいました。ここには皆さんの深層心理が現れています。この教室の中の何割かが【便】という言葉を【大便】と思い込んでいます。【便】ときいてあなたはすぐにそれが【大便】であると思い、先生の問いかけに対して手をあげることをしなかった。違いますか?

ここでみなさんにお願いがあります。先生からの大事なお願いです。どうぞ、思い込みで自身の未来の可能性を妨げることだけはしないでください。先入観や強い思い込みは視野を狭めます。いいですか、この視野、いいことを見る眼、悪いことに敏感になる眼、いろんな視野です。ここでいう【便】は【大便】であり【小便】でもあるわけです。

【小便】、先生も今朝しました。【大便】、先生はもう2度しています。1度目は家で、2度目は学校でしました。朝早くについて、校内に先生は1人でした。それでも安心できなかったので三階の奥の生徒用のトイレへ急いで駆け込んで、ほら、宮本、笑い事じゃないぞ、先生危うく粗相をするところだったんだ。宮本が今朝早くに着て急いでかけ込んだ同じトイレの前で、気が緩んで、先生危なく粗相をするところだったんだ。どうした、宮本、先生に隠し事なんかできないぞー!そう、その同じトイレで先生、【大便】をしました。もちろん宮本より1時間前にです。【先生】は【先に生きる】と書きます。とてもスッキリしました。生まれ変わったように清々しい気持ちになりました。

さあ、みなさん、わたしは【大便】をして、生まれ変わったような気がした、そう言いました。この【便】という字、【人が更新される】と書いて、【便】。なあ、上岡、先生が何言いたいかわかりますか?よくわからないか。まずは、【大便】の成分です。先生は今【大便】の成分についてのお話をしようと思います。

この【大便】、例えば先生は昨日の夜に保健体育の大田先生と海鮮居酒屋へ行きました。卒業式前の揺れる感情の中に活路を見出そう、そう思って誘いました。

ホッケを食べました。そのあとにホッキの浜焼きも食べました。このホッキ貝の浜焼き、いろんなメッセージを含めて最後にオーダーしたのですが、大田先生は全く気付いてくれず、店の前でお別れしました。ほらほら、そこ、前野、ここは笑うところじゃありません!先生悲しいんだ。いいですかみなさん、先生は先生の欲望のメタファーであるホッキをスルーされて悲しいんです!しかしながらそのホッキもホッケも今朝方、便となり流れていきました。1度目は先生の自宅で。2度目は三階の生徒用トイレで。便は生きることで生じた老廃物、新陳代謝なんかで不要になった細胞なんかも一緒に流します。文字通り、先生の体は更新されています。ホッケとホッキの命のおかげでもあり、大便のおかげでもあり、三階の生徒用トイレのおかげでもあります。先生、失恋からそうして立ち直って、今この教壇に立っています。飯野、真剣にきいてくれてありがとう。先生は飯野がそうやって真剣に聞いてくれる姿が大好きです。

いいですかみなさん、飯野は昨日の夜、彼氏とファーストフードでチキンを食べました。ええ、先生なんでも知ってますよ。大学生くらいであろう男性と2人で食べたチキン、それが今朝、飯野を更新して流れて行きました。いいですか、先生に内緒なんかできないぞー。なのに飯野は手をあげてくれませんでした。それでも先生は飯野を誇りに思ってます。いつかきっと手をあげてくれる。そう信じてます。飯野、わかりますか。【更に新しくなる】、そう書いて【更新】です。これは未来に対して使う言葉です。飯野、先生は待ってます。飯野が自信を持って手をあげてくれる日を、先生、待ってます。

はい、みなさん、話がそれました。ではこの授業の本題に入りますよー、曽根、ついてきてるか?そうです、話は今飯野のチキンのことから次の話に進みます。

みなさん、【便】には【小】と【大】がありますね。この漢字をみていきましょう。まずは【小】という字。三つの線でできています。これは何か見覚えがありませんか?川田、見たことはありませんか?そうです、川という字も同じです。水の流れる様を表しています。【川】という字はある程度真っ直ぐに流れている様子であるのに対して、【小】という字はまだ大きな川になっていない状態。漢字は下に向かって大きく広がっています。想像できますか?高いところから低いところへ、小さな水の流れが広がりながらいろんなところへ向かう様子です。山の高いところから始まる小さな水の流れです。

小川、いいですか、よく聞いてください。小川には、小さな愛をいろんな場所に届ける、そんな人生を歩んでほしい、先生そう思うなぁ。けっして大きな優しさを見せるわけじゃないけれど、先生知ってるぞー、植木鉢に水をあげてたり、いろんな愛を注いでる姿をよく目にしています。きっと小川から受けた小さな愛はやがてどこかで大きな愛になって、いろんな場所に恵みを届けていきます。先生はそう確信しています。

話を【小便】に使う場合の【小】に戻します。小さくても人生を更新する。いい方向に更新する。それは末広がりの形を取って広がっていきます。そのように好意的に捉えることができます。【小便】とはこのような素晴らしいものです。いいですか、先生は、今日【便】をした人手をあげてください。そう言いました。今、みなさんの中の一部の人は【便】に対して汚いって感情を持たなくなっているはずです。授業を続けますよー。

では、【大便】の【大】。これはどのように前向きに捉えることができるか。

【一】に【人】一人の人と書いて【大】。【大人】とは【一人の人】、つまり立派な一人の人として生きることを【大人】と呼びます。いいですか、大山、先生は大山に、山のように大きな気持ちを持って堂々と生きてほしい、そう思っています。あなたの友達が人生に困ったとき、たとえ遠くに居てもあなたの姿が見えるような、立派な人になれる、あなたはそうなれると信じています。

じゃあ、【大便】に使われる【大】、これについても考えていきます。

真っ直ぐな横線があります。そこに垂直に何かが入ってきて、これもまた末広がりに広がっています。みなさん、この状態を見たことありませんか?はい、森田、何か思いついた顔しましたね。はい、そうです。この並行な横棒がトイレの便座だとして、人が座っているようにも見えます。素晴らしいです。でも先生がもう少しだけ解説します。

例えばどうでしょう。この【大】という字、【大便】に使われる時、どう捉えることができると思いますか。

並行な線より上が便をする人と考えてください。最初に席に【着く】、席に【座る】の説明をしました。この状態、【大】もまた似た意味を読み取ることができます。

屋根もない場所です。それは厳しい環境の中かもしれません。一人の人が、何もない広い大地にたたずむ様子。それでも大きく人生を更新することによって、その先の世界、つまり平行の線より下に向かってこれもまた末広がりに何かが広がっていく絵のようにも見えます。それは光に照らされて伸びる影かもしれません。土に行き渡る栄養かもしれません。

いいですか、みなさん、大きく人は更新されていきます。何を得たか、どう噛み砕いて、どう消化して、どのように表現して世界にまた姿を作っていくのか。これが【便】の意味です。何も汚くありません。立派に生きた証です。誇りです。

みなさん、3年間、本当によくがんばりました。卒業おめでとうございます。先生からの最後の授業を終わります。

最後に一つだけ質問をさせてください。そして、胸を張って、大きな声で答えてください。先生からの最期の質問です。

みなさん、今日も明日も、一生懸命【便】をしてください。毎日やってくる、今日という日をこれからも一生懸命生きて、【便】をしてください。泣いても笑っても、【便】をしてください。人生は【便今日】です。たくさんのことを得て、よく噛んで、吸収して、精一杯、表現してください。

みなさん、できると思ったら、元気いっぱいに手をあげてください!じゃあ、いくぞー!できるひとーーー!!!









ありがとう、ありがとう。ありがとう。みなさん、心から、卒業おめでとうございます。













* * *


先生、わたし、必死に生きます。
毎日負けずに。
そしていつか、立派な大人になれたら、先生にお便りを送ります。

飯野











【おしまい】






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