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損害保険業界における規模の経済性についての簡単な実証分析(2)~回帰分析編~


本稿において行うこと及び結論の要約

 前回の投稿では、損害保険業界の市場シェアについての主成分分析を行い、保険種目別のシェアを考慮せずに、市場全体を一括りにして分析しても問題がないことを確認しました。そこで、本稿では、ごく簡単な規模関数及び費用関数を設定し、1995~2020年において、損害保険市場全体に規模の経済性が働いているかどうかを検証します。
 分析の結果、2000年頃から収入保険料に関する規模の経済性が失われつつあるのに対し、2010年頃からは総資産に関する規模の経済性が発生していることが判明しました。

 なお、前回の投稿において行った主成分分析の結果については、下記をご参照ください。

分析対象

① 対象
 企業によって販売する保険商品に偏りがある場合、それが産業構造全体の費用構造に影響を与えることが十分考えられます。しかし、主成分分析において損害保険市場内の各企業間に高い同質性が認められたため、本稿では損害保険市場全体を対象として分析を行います。

② 費用変数
 
費用変数としては、損害保険会社の費用を総合的に反映すると考えられる「事業費」を用います。また、事業費の中に含まれる「諸手数料・集金費」についても若干の検討を加えます。

③ 規模変数
 規模変数として真っ先に考えられるものは以下の5つが挙げられるかと思います。

  • 元受収入保険料(以下「収入保険料」と呼びます)

  • 総資産

  • 支払保険金

  • 契約件数

  • 代理店数

本稿では、「収入保険料」及び「総資産」を規模変数として採用します。理由は以下の通りです。

  1. 収入保険料は保険会社の事業活動を総合的に反映させた指標であり、規模変数とするのに望ましいものであること

  2. 総資産は過去の収益の蓄積物であり、過去の収入保険料の情報を潜在的に織り込んでいると考えられること

  3. 支払保険金は企業の支出のあくまで一部に過ぎず、規模全体を表す変数としては不適当であること

  4. 契約件数は、件数あたりの損益を考慮しないため、契約毎の保険金額・保険料に差異がある場合には、規模変数として不適当である場合があること

  5. 近年では実店舗を必要としないネット型保険も普及しており、代理店数と企業規模が持つ相関は希薄化していると考えられること

保険料収入と費用との関係

 ここで、損害保険会社の事業費は、

  1. 一般管理費・営業費

  2. 諸手数料・集金費

  3. 損害調査費

の3要素に大別されます。この中で、諸手数料・集金費は保険料収入と密接な関係を持ち、変動費用的側面が強いと考えられます。一方で、一般管理費・営業費及び損害調査費は固定費用的側面が強いと思われます。
 そこで、以下の分析では、まず諸手数料・集金費と収入保険料との関係を分析し、次に一般管理費・営業費及び損害調査費も含めた事業費全体と収入保険料との関係を分析します。

(1)収入保険料と諸手数料・集金費との関係
 各社の収入保険料と諸手数料・集金費(≒代理店関係費用)のデータを基に、1995~2020年まで5年毎に費用関数を推定します。推定式は以下の通りです。

推定式(1)

そして、推定の結果が図Aに示されています。

図A:収入保険料と諸手数料・集金費との関係についての推定結果

 図Aを見ると、推定係数が全て1%水準で有意であること、そして決定係数が非常に高いことから、収入保険料と諸手数料・集金費との間に非常に強い線形関係が認められます。これを可視化するために、両者の関係をグラフ化したものが下記の図1~図6です。

図1~図6:収入保険料と諸手数料・集金費の関係(単位:十億円)

両者間の強い線形関係が直観的に理解出来ます。ただし、年が経つにつれて、その線形関係が僅かながら崩れていることも認められます。

(2)収入保険料と事業費率との関係
 次に、収入保険料と事業費との関係を見ていきます。その前段階として、1995年における各社の収入保険料及び事業費のデータを用いて、総費用曲線を推定し、それをグラフ化したものが図7です。

図7:総費用曲線(1995、単位:十億円)

 これを見ると、非常に係数は小さいですが、収入保険料と事業費との間に上に凸の2次関数的な関係が認められます。つまり、収入保険料の増加に伴って、事業費の増加割合が逓減する、ということです。これは正に規模の経済性に他なりません。
 そこで、(1)と同期間において費用関数を推定し、分析を行います。推定式は以下の通りです。

推定式(2)

そして、その推定結果が図Bに示されています。

図B:収入保険料と事業費率との関係についての推定結果

 これを見ると、対数収入保険料の係数が全ての年において、有意・非有意を問わず負になっていることが分かります。また、決定係数が2000年以降大幅に減少しており、収入保険料についての規模の経済性が徐々に失われていることが示されています。
 吉野(1994)では1970~1990年において本稿と同様の分析を行っていますが、推定結果の決定係数はどれも、図Bの1995年におけるそれと同様に0.7前後でした。このことから、1995~2000年の間に何らかの事象が発生し、それが損害保険市場全体の費用構造に大きな影響を与えた可能性が示唆されます。この事象についての考察は次回に回しますが、やはり1996年の金融ビッグバンが一番に考えられるでしょう。
 少々脱線しましたが、図Bの推定曲線をグラフ化したものが図8~図13です。1995年では全社がおおよそ推定曲線の付近に位置しているのに対し、2000年以降では推定曲線からの乖離が各社大きくなっています。
 特筆すべき点は、2000~2010年にかけて、企業規模を問わず事業費率が40%前後に近付く企業が増加していることです。これも金融ビッグバンによる競争激化が影響を及ぼしている可能性があります。
 また、時間の経過とともに、収入保険料が低いにも拘らず事業費率が低い企業が増加していることも注目すべき点です。これは、ネット型保険の普及などによって代理店関係費用が減少した可能性を示唆しています。

図8~図13:収入保険料と事業費率との関係(単位:十億円)

(3)収入保険料と代理店数との関係
 諸手数料・集金費、すなわち代理店関係費用と収入保険料の関係が正比例であることは既に確認しましたが、各社の代理店戦略(代理店数の増大)が保険料収入にどのような影響をもたらしているかを調べるために、収入保険料と代理店数との関係について分析します。2022年度の収入保険料と代理店数のデータを基に、理論上の両者の関係をグラフ化したものが図14です。

図14:代理店数と収入保険料との関係(2022、単位:兆円・千店)

 図内の点線は理論上の近似直線であり、収入保険料と代理店数がかなり強く正比例していることが分かります。よって、両者の間に規模の利益は認められません。なお、点線よりも上に位置する企業は代理店数の割に収入保険料が多いことを意味し、点線より下に位置する企業はその逆です。

(4)総資産と事業費との関係
 
最後に、2000年、2010年、2020年における、各社の総資産と事業費の相関関係をグラフ化したものが図15~図17です。

図15~図17:総資産と事業費との関係(単位:十億円)

 まず、2000年においては総資産と事業費との間に強い正比例関係が認められます。よって、2000年において、総資産についての規模の経済性は存在しません。一方で、2010年及び2020年のグラフでは、両者間に上に凸の2次関数的な関係が見られます。これはつまり、総資産の増加に伴って、事業費の増加割合が逓減する、ということであり、総資産についての規模の経済性が発生している、ということになります。
 これは非常に興味深い結果です。なぜならば、収入保険料についての規模の経済性が失われた後に、今度は総資産についての規模の経済性が発生しているからです。フローである収入保険料に見られた規模の経済性が、ストックである総資産に移行した、という見方も出来ます。

まとめ

 本稿では損害保険市場全体について、主に元受収入保険料を規模変数として、規模の経済性が働いているかどうかを検証しました。その結果、元受収入保険料に関する規模の経済性が2000年頃を境に失われつつある一方で、総資産に関する規模の経済性が2010年頃から発生していることが判明しました。
 次回は元受収入保険料についての規模の経済性が弱化した背景を考察します。

参考文献

吉野直行, 郭賢泰, 沖田剛一(1994)「損害保険市場の特徴と規模の経済性に関する実証分析」『三田学会雑誌』Vol.87, No.3, p.406-428. https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN00234.

<データの出所>
保険研究所編「インシュアランス損害保険統計号」平成2年版~令和5年版

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