とある絵描き




小さな頃から
絵を描いていたんだ。

大好きだった。
自分の目で見たものを、感じたものを
たくさんの色で表現して。

誰かが見てくれて、なにかを感じてくれれば
それでよかった。

でも、大きくなるにつれて
周りから評価を受けた。

平凡な構図、平凡な色使い。
君はあまりにも凡人だと。

そう、一笑に付された
それでも、やめなかった。

ただ、自分を表現したかったから。
でも、それは間違いで。

心のどこかでは認められたかったのだろう。
自分の絵は誰かの心を震わせられると
そう信じていたから。

あなたの絵は素晴らしいと言われたかっただけ。
自分が承認欲求の塊になっていく。

醜い化物。
心が、爛ただれ、壊れていく。


そんなある日、本物の天才に出会った。
その絵には、僕が求めたものがつまっていて。

絶望したんだ、その才能に。
称賛を受ける彼に嫉妬をした。

苦しみながらも絵を描く。
僕にはこれしかないから。

天才の彼は、瞬く間に有名になっていく。
僕は、それを地を這うように眺めるしかなくて。

嫉妬や、憎悪を絵にぶつける。
醜く、恐ろしい絵は誰からの
称賛も得られない。



暗く、暗く燃え上がる憎悪の業火。
それに身を焼かれるように、絵を描いた。

描き上げた絵にパレットナイフを突き立てる。
こんなものでは
誰も僕を褒めてくれない。

こんな色じゃ、こんなものじゃ…。
ああ、そうだ。
赤色を使おう。

天才の彼に流れる赤色を使えば
僕の絵は良くなるんじゃないか?

………………

深夜、彼のアトリエに忍び込む。
パレットナイフを握りしめながら。

こんな容易に忍び込めるなんて…
もっと早くに気づけば良かった。

こうすることが一番簡単だったじゃないか。
さあ、赤色を。
その才能を僕に寄越せ。

刹那、壁にかかった絵が見えた。
これは…
僕が描いた絵じゃないか。

この男は、こんなにも僕をバカにしたいのか?
凡人の絵を見ながら
せせら笑いながら
絵を描いていたのか!!

くそっ、くそっ!!
こんな酷いことがあって良いのかよ!

自らの絵に
ナイフを振り上げる。

物音に気づいたのか
彼が目を覚ます。
動じることもなく、こんばんは。
と声をかけてくる。

呆気にとられる僕に彼は
泥棒ですか。と問う。
答えられなかった。

彼に顔を向けながら
振り上げた腕を力なく降ろす。


ああ、その絵はね。

彼が流暢に語り始める。

私の好きな絵なんだ。
優しくて、力強くて。
絵を通して、描いた方の人柄が伝わってくる。
そんな絵なんだ。
…その絵が私の原点なんだよ。
だから、傷つけないでくれないか?

よろめくように部屋を出る。
ああ、そんな、そんな。

僕の絵を好きだって?
天才の彼が?
なんで、なんで、なんでだよ!

どうして。
僕はこんなに醜くなってしまった?

…ああ、やることが出来た。
捕まる前に、やらなければ。


自らのアトリエに戻り絵を描き始める。
自分が見た、愛した、そんな色で。

………………

何日か掛けて、一枚の絵を描き上げる。
光が射し込む窓辺の絵。

こんな身近に美しいものがあったのに
僕の心はそれを見つけられないくらい
曇っていたのだ。

描き上げた絵に満足をしながら
僕はパレットナイフを手に取る。

誰かに評価された満足感。
自らが犯そうとした罪。

こんな幕引きも悪くないじゃないか。
ナイフをもった手を自らの喉に向かわせた。

             『とある絵描き』

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