社会保険料は「負担」ではない?逃げてはいけない財源論

 子育て関連の財源が社会保険料と同様の形式で徴収されることとなり、「負担増だ」などと叫ばれている昨今ですが…社会保障のシステムを知れば、社会保険料は単なる「負担」ではないんだよ、ということをお伝えしたくてこの記事を書き始めました。社会保障システムは、基本的に国民の多数を占める労働者が得をするように設計されています。国民が社会保険料を「負担だ!」と嫌悪していては、票が必要な政治家たちは社会保険料を財源とした政策を避けるようになります。そうなると、本当に必要な社会保障政策が実施できなくなってしまう恐れがあります。まずは社会保障を理解し、そのうえで社会保険料の積み増しに賛成か反対か判断してほしいと思います
 なお、事前に述べておきますが、私は「適切な施策のための負担増なら受け入れるべき」と考えている人間です。この記事にも、そうしたバイアスが含まれることを留意して読み進めていただければと思います。
 また、前提として、「適切な歳出の効率化」も当然必要だと思っています。しかし、それでは限度があるとも思います。例えば、「政治家どもは金をもらいすぎだ!あいつらが節制すればいいんだ!」という意見があったとしましょう。では仮に、政治家が貰う歳費や文通費を全部社会保障に回したらどうなるでしょうか。だいたい一人年4000万として、国会議員はだいたい700人。かけあわせれば280億円です。とんでもない額に見えますが、残念ながら社会保障という大きなシステムを動かすにはカスみたいなものにしかならないんですね。厚生労働省によれば2023年度の社会保障給付費は134兆円です(下図)。国会議員を全員タダ働きさせても、社会保障給付の0.1%にも及びません。これでは、社会保障を拡充するとか改革するとかいうのは無理な話です。

引用:厚生労働省ウェブサイト(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21509.html)

 社会保障は非常に大きな額が動くシステムである以上、歳出改革にも限度があります。ですから、子育て支援等の社会保障の拡充を求めるなら財源論から逃げてはいけないというのが私の考えです。少しでも納得できると思っていただけたのなら、続きも読んでいただきたいです。
 

社会保険料の負担とリターン

 社会保障が労働者にとってめちゃくちゃ有利なシステムだということを理解していただくために、社会保険料の負担とリターンを考えてみましょう。
 まずは負担の方から。これは簡単で、

給料×保険料率

これで固定されています。例えば厚生年金の保険料率は現在18.3%ですが…企業に勤める立場の場合、実際に負担するのは半分です。残りの半分は事業主が負担することになります。この労使折半が労働者にとって有利なポイントです。企業としてはなんのリターンもないのに半分負担させられるクソみたいなシステムですが、労働者としては保険料半分で満額払ったのと同じリターンを得られるのでめちゃくちゃ得なのです。企業側の組織である経団連が「子育て支援は消費税増税で」などと進言していたのもこうしたシステムが背景なのでしょう。

 では、そのリターンについて考えてみましょう。こちらも負担と合わせて厚生年金を例にしましょうか。厚生年金は負担額に応じて等級が分かていて、受給額にこれが反映されます。簡単に言うと、「たくさん払った人ほどたくさんもらえる」システムになっています。具体的な金額は計算が面倒なのですが…年金については、厚生労働省がウェブ上で公開している「公的年金シミュレーター」なるものがありまして、こちらでどれくらい払うとどれくらい貰えるかを計算することができます。
(リンクはこちら:https://nenkin-shisan.mhlw.go.jp/main.html

 さて、公的年金シミュレーターで、次のようなステータスで計算してみました。
・1990年4月生まれ
・年収460万円(日本の平均)
・20歳から65歳まで会社勤め
・66歳から受給開始

計算結果がこちらです。

けっこうもらえますね。どのくらいで元が取れるか計算すると…だいたい10年も受給すれば負担額を上回るくらいはもらえます。しかも公的年金の良いところは、どれだけ長生きしても無限に保障してくれるというところで、100歳まで生きようが120歳まで生きようがお金をもらい続けることができるんですね。民間の保険会社だと利益を出さないといけないのでこういうわけにはいきません。平均寿命が80歳を超える日本でなら、多くの人が負担額以上に貰える可能性のあるシステムになっています。厚生年金における保険料負担は、実質的に「老後のための投資」みたいなものになっているわけですね。社会保険料を語る時には、1年単位で「年収の壁が…」などと言われますが、これは視点を欠いていて、長期的に見ないとリターンを考慮できていないことになってしまいます。
 余談ですが、年金については「少子高齢化で破綻してるんじゃないか」みたいな感覚の人も多いと思います。実は日本の年金システムはかなり頑丈で、そうそう破綻しません。最近フランスで年金受給開始年齢の引き上げでデモが起きていましたが、日本はそういうことをしなくても年金を維持できるシステムが整っています。詳しくはまた別の機会に。

社会保障と経済

 社会保障は、経済的にも効果があることが期待されます。ケインズ系の経済学では、経済成長には社会の消費を増やすことが必要だと結論づけられます。社会保険料は給料からの天引き式なので可処分所得が減るわけで、一見するとあまり消費の増進に貢献しないようにも思われますが、その分が「今どうしても必要な人」のところに回る仕組みとなっています。年金として高齢者に、健康保険として病気や怪我を負った人に、障がいなどで支援が必要な人に…という具合です。こういう人たちは、「需要を抱えているけど、お金がないので消費に繋がらない」という人たちでもあります。バリバリ働いている人ならば貯金に回っていたかもしれない(=消費に回らなかったかもしれない)お金を確実に消費に回す手段となるわけですね。社会保障は消費の確保という形で経済の下支えになるということです。
 とはいってもやっぱり個人で見たら「いや、おれは〇〇したい、買いたいのを我慢してるんだ!」とか、本当は消費したかった分を他人に回されるというケースもあるでしょう。確かにそれは否定できませんし、モヤっとする部分かもしれませんが…いずれは自分が腰の曲がったジジイ・ババアになって働けなくなったら逆に支えてもらう立場になるわけですし、そこは持ちつ持たれつと思っていくしかないですね。

子育て支援と社会の持続可能性

 最後に、子育て支援は社会の持続のために絶対に必要だし、だからこそ社会全体で負担しなけばならないということを強調しておきたいです。ここまでに語った社会保障は、現役世代の負担によって多くが賄われています。社会システムがうまく機能していくには、次世代の存在が必要不可欠です。たとえ子供を持たないという選択をした人であっても、子育て世帯にお金を拠出することで年金という将来の食い扶持を確保することに繋がります。
 経済についても同様で、次世代を育成しなければ国内市場は縮小し続けるのみです。企業だって国内市場の規模を維持するために保険料を拠出することには意義があるでしょう。
 どうしても目先の手取りの多寡で判断してしまいがちな社会保険料ですが、今一度その必要性と有効性を考慮してみてほしいな~と思います。

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