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パワフルおばあちゃんとお茶を摘む-長野県県天龍村仲井侍

長野県天龍村、仲井侍地区

長野県の南端に、え、こんなところに人が住んでいるの?というような山奥の集落がある。V字谷の急斜面にポツポツと家がある。あまりにも斜面が急なので道路は直線ではなく、くねくね蛇行している。

天龍村は長野県で1番高齢化が進んでいる地域だという。全国でもトップに入る。仲井侍地区は中でも若い人が少なく、そもそも人口が圧倒的に少ない。コンビニもスーパーも郵便局も病院も何もない。買い物をするは車で街に出なければならない。仲井侍に住み続けている人は僅かで空き家も目立つ。ほとんどの人は近くの街に引っ越してしまった。


お茶摘みの5月

5月の仲井侍はいつにも増して賑やかだ。その訳は茶摘みである。仲井侍では急斜面や気候を生かしてお茶が盛んに栽培されている。だんだんと数は減ってきているものの、無農薬・手摘みという昔からの方法で栽培されているお茶は澄んだ若緑色で、ほんのり甘く、ほどよい苦みのしっかりとした味のお茶だ。農薬を使っていないから、葉っぱも料理に使えるという。

茶畑は一面のみどり色

「結(ゆい)」-手摘みが守るつながりのかたち

最近は平坦な地域では機会を導入した大規模なお茶栽培が増えている。が、仲井侍はそれができない。斜面が急で細い道ばかりなので機械は入れられない。だから守ってきたというよりは、手摘み以外なかったとも言える。しかし、手摘みによって今でも続いている素敵なつながりがある。

仲井侍の茶摘みは斜面の下側、標高が低い茶畑から始まってだんだん標高を上げていくスタイル。
茶摘みは畑の持ち主だけではなく、家族、親戚、ご近所さん、友達、いろんなつながりの人が集まってやる。〇〇さんの畑が終わったから次はうちだ。うちの畑が摘み終わったら次は〇〇さんとこだ。そんな感じで摘み人はまとまって次から次へと畑を移動する。摘んでもらって、摘みに行く。そういう助け合いの連鎖が今も昔も変わらず残っている。

パワフルおばあちゃん

摘み人の8割はおばあちゃん。中には80代のおばあちゃんもいる。茶摘みの仕事は朝から日が暮れるまで、それに斜面は気を抜くと滑りそうなくらいだし、畑に行くまでに山道を歩く時だってある。山道もなんのそのというおばあちゃんたちの足取りは全く驚愕である。名人たちは摘む速度も尋常じゃない。機械がなくてもこれ(手)があるからね〜とニコニコ笑いながら、ミシンの針が動く速さで葉っぱが摘まれていく。

おばあちゃん達がボボ(茶摘みの籠)をつけて、山を歩いている姿は圧巻である。

お年寄りばっかりでも、、、

高齢化、人口減少。仲井侍だけじゃなくて日本全国で起きていること。問題はあげたらキリが無い。でも悪いことばかりじゃないと思う。

仲井侍のおばあちゃんたちが元気なのは自分たちの力で生きてきたからだと思う。若い人が仕事を奪ったり、大変なことは危ないからやめておけと仕事から遠ざけたりしない。若いものがいないんなら、おらたちがやるしかねえら。そんな強い意志があるように感じる。それにおばあちゃんたちは毎年この時期に摘みに集まる人たちと会うのを楽しみにしているという。一年に1ヶ月の楽しみ。また来年も、元気でいたらね。そういう挨拶が聞こえた。

高齢化が抱える問題を無視したいわけでは無い。ただ、文化が消えていくことや村がなくなること、そういう未来の悲しみに明け暮れくれる前に、今、目の前にある力強く、逞しい光景目に焼きつけておきたい。課題だけに目を向けると、どうしようも無い、なんとかしなくてはいけない場所という誤ったイメージを持ちかねない。教科書や切り取りのニュースはそういう意識を育てるのが得意だと思う。だけど、実際にそこに行って、見て、聞いてみれば、力強さに圧倒される。生きる力やつながりの強さ。そういう限界集落の「すごさ」にもっと素直に目を向けたいと思う。


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