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【合成生物学への道 #2】生き物を構成する素子たち

 以前の記事で、生き物は本質的に論理回路であり、合成生物学はその論理回路を人工的に構築する学問である、と述べた。今回は、論理回路を構成する素子に着目してみたい。

論理回路における"素子"をどう理解するか?
 論理回路において、素子は論理和や論理積など様々な種類が知られている。たとえば論理和は、2つの入力がともに「1」となるときにのみ「1」を出力し、それ以外の場合には「0」を出力する素子である。

引用先:https://indirect2435.jimdofree.com/論理回路/

 生物内にもこの"素子"があるはずだ。生物内の論理回路における"素子"とはすなわち数多の生体分子たち(DNA、RNA、タンパク質、代謝物…)である。これらの素子の相互作用によって論理回路を構築する。「あるDNAとあるタンパク質がお互い出会ったときに初めて、ある代謝物が生まれる」という風な状況が、生き物の中ではたくさん発生するわけだ。


素子の特性を記述する
 論理回路上は「0」と「1」だけで表現できるが、生き物の場合はそうはいかない。前回の記事でも書いたように、生物が持つ論理回路はキレがあまり良くないからだ。だとすると、そのキレの程度を詳しく知るために、素子の特性を定量的に記述するパラメータが必要だ。どんなものがあるだろうか。思いつくままに列挙してみよう。

1.酵素-基質分子
 ・ミカエリス定数 $${K_m}$$
 ・触媒回転数 $${k_{cat}}$$
 ・平衡定数 $${K_{eq}}$$
 ・触媒回転数 $${TON}$$
 ・酵素阻害定数 $${K_I}$$

2.タンパク質-生体分子
 ・解離定数 $${K_d}$$
 ・結合速度定数 $${k_{on}}$$
 ・乖離速度定数 $${k_{off}}$$
 ・融解温度 $${T_m}$$

3.生体分子単体
 ・回転半径 $${R_g}$$
 ・拡散係数 $${D}$$

 網羅性やMECEの観点からは不十分かもしれないが、論理回路を効率よく構築していく上で、必要な定量情報を一覧化するような試みが精力的に行われると良いなと思う。BioNumbersはその先駆けとして機能していると思う。


素子の特性は環境によって変わる
 電気回路の素子と比べてもっともややこしいのは素子の特性がかなり環境に依存していることだろう。人間でも生きられないような高温環境だったりすると、途端に生体分子(素子)が機能しなくなることはよくある。環境要因にはどういったものがあるだろうか?

1.物理的要因
 ┠ 温度
 ┠ 圧力
 ┠ 光
 ┗ 剪断応力

2.化学的要因
 ┗ 特定物質の濃度

3.物理化学的要因
 ┠ pH
 ┠ 浸透圧
 ┗ 酸化還元電位

 環境要因に応じた素子特性の把握が、これからますます重要になってくるだろう。


終わりに
 生物の論理回路における素子の特性を理解する学問として、タンパク質工学、酵素工学、核酸工学などがあり、それらを有機的に結合する学問が代謝工学と言える。細胞全体を俯瞰するマクロな視点だけでなく、特定の分子に着目するミクロな視点へも行き来することで、有用な生物を合成することができよう。
 ミクロな観点では機能するはずの素子が、マクロな世界では機能しなくなるということが大にしてある。その時、素子の特性がどのような環境によって変化しているかを追究していく必要があろう。ミクロとマクロを結びつけるための一つの視点として、以下の記事が関連するので、ぜひ参照してもらえると嬉しい。


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