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【合成生物学への道 #1】生き物は複雑な回路である

 近年バイオものづくりの潮流に応じて合成生物学という学問が注目されている。生き物に対して人工的な操作を施すことによって、自然界には存在しない生き物を生み出す学問である。食糧難やエネルギー不足を解決しうる手段として期待されているが、使いようによってはデザイナーベイビーや生物テロ兵器にも繋がってしまう諸刃の剣でもある。今回は倫理的な問題は脇においておくとして、技術的な話をしてみたいと思う。

合成生物学の本質は、"生物内における論理回路の構築"である
 合成生物学は、いわば生き物の中でどういう論理回路を作っていくか、という学問だと思う。ものすごい種類と数のスイッチが、これでもかというほど複雑に入り組んだ設計になっている。人類はまだこの複雑系を理解できていないが、モデルとしては十分に的を射ていると思うのだ。

 例えば、普通の人間だったら、「お腹が空いた」と思ったら「何か食べよう」という意思決定を下すだろう。もし仮に、人工的な人間を作れるとしたら、「お腹が空いた」と思ったときに「勉強しよう」という気にさせることもできるかもしれない。これには、人間(ひいては生き物)が一定の思考パターンを持っているという前提がある。「思考回路」という言葉があるように、突き詰めれば我々人間の本質は論理回路だ。

生き物は少々厄介な論理回路だ
 一番シンプルな論理回路は電気的なものだろう。家の照明のスイッチがわかりやすい。スイッチをONにすれば明るくなるし、OFFにすれば暗くなる。とてもシンプルだからこそ、ユニバーサルデザインとして広く使われている。
 生物の場合はそう簡単にはいかない。「ゼロイチ(ON/OFF)」のキレの良さが必ずしも良くないのだ。ON と OFF が半々、みたいな状況もありえるわけである。両者の違いを以下に図示してみる。

入力が少し変化するだけで、出力が大きく変化する場合、「キレの良い状態」と呼ぶ。

 専門的には、このON/OFFのキレの良さを定量的に表す指標として、(シグモイドフィッティングにおける)ヒル係数がよく知られている。

 他にも時間応答性は鍵となるだろう。何か刺激を加えた時、応答するまでに時間がかかってしまうと、興味のない現象が予想外に起きてしまって、目的に支障をきたすこともあり得る。

入力が開始されてからすぐに出力が変化する場合、「時間応答性の良い状態」と呼ぶ。

 また、回路の入力が変化した時の可逆性も気になるところだ。入力がなくなったとしても、回路が不可逆にしか働かないのであれば、機能できる環境は限定されてしまう。また、可逆であってもヒステリシス特性を示すとなれば、想定した通りとは異なる挙動を示してしまう恐れもある。

入力を徐々に大きくしていった時の出力変化と、入力を徐々に小さくしていった時の出力変化は、
必ずしも同じ道のりをたどるとは限らない。この状態を「ヒステリシス」と呼ぶ。


終わりに
 生き物を論理回路として捉えたときに、「キレの良さ」「時間応答性」「可逆性」の主に3項目が重要な因子となってくる。合成生物学ではこれらをうまいことハックする必要がある。

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