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パスタとソースの別添え論

家でパスタを食べるときの話。

何味のパスタが好きかと言われれば、バター味かもしれない。

いやそれは厳密には”意図された味”ではなく、茹で上げたパスタが絡まないようにするために入れたバターの、”結果論としての味”に過ぎないのだけれど。

でも、塩茹でした麺にはほんのり塩味がついているわけだし、バターだけで十分なおいしさがある。

そこにミートソース?
カルボナーラ?

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もちろんおいしいけれど、なにもかけない方がパスタの味がよくわかるし、唇にてかてかとバターを光らせながら食べるのが好き。

じゃがバターだって、その上になにかをかけて食べようとは思わないじゃない?

蒸かしたジャガイモのほくほくした甘さと、バターと塩のシンプルな味わいを楽しむだけ。

そんなことを思っているから、私は子供の頃から、まずはソースをかけずにバターパスタを食べる。

でも、なんとなく罪悪感がある。
皿に盛られたバターパスタは、ソースがかけられるのを待ち望んでいるかのように見えてくるのだ。

お店で食べる時は、だいたいソースはすでにかかった状態で運ばれてくる。
なんなら、すでにソースと麺はしっかり混ぜられて、一体化している。

そのパスタには、余白がない。

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ここでふと思い浮かぶのはルー別添えカレーで、ご飯と別に、高そうな銀色のランプみたいなのに入ったルーが運ばれてくることがある。

あれは、なぜ?
なぜパスタは、そうしない?

パスタソースはドロドロしていて欧風カレーみたいだから分ける必要がない?

ならばインドカレーのようにシャバシャバしたパスタソースにすれば、別添えで出てくるようになる?

でもそれだと麺に絡みにくくて、食べにくいよなあ。

すでにソースが和えてあるパスタは、いうなれば全かけカレー。
上からソースがかけられたパスタは、いうなれば半かけカレー。

それではやはり、ご飯とルーが別で出てくるカレーごとく、麺とソースが別で出てくるパスタというジャンルもあってはいいではないですか。

そこでちょっといいバターを使ってくれたら、さらに満足。

そうだ、選べる○種のカレーみたいに、選べる○種のパスタソースをいうのをつくろう。

そうすればバターパスタと、数種類の小さい銀の皿に入ったパスタソースが乗っている、ワンプレートが完成する、よね。

これでおいしいものを食べます🍴 ありがとうございます!