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私にとってのプルーストのマドレーヌ①「よもぎと通学路」

前書き

マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」は、マドレーヌの香りをきっかけに、主人公の過去の記憶が蘇ってくる物語だ。

食べ物の香りと記憶は密接に結びついている。
なんなら香りだけじゃなくて、見た目や食感からも過去の記憶が蘇ってくることがある。

その時の状況や話した内容などが、イメージとして一気に自分の中に入ってくる。
食べ物の力って偉大だな、と思うのである。

さて、自分にとっての「プルーストのマドレーヌ」はいったいなんなのだろう。
それはいつも意識せずして思い出されるものだから、考えてひねり出せるものではないだろう。

しかし私はそういうものにこそ、個性が表れる気がする。
誰かと「プルーストのマドレーヌ談義」をしたら、結構面白いのではないだろうか。

だから私はいつかその談義をできるよう、ふとした瞬間に思い出す記憶を書き留めておこうと思う。

第1回目は、よもぎ。

「よもぎと通学路」

よもぎの香りを嗅ぐと、小学校の帰り道を思い出す。
小学生のときの調理実習だっただろうか。よもぎもちの作り方を教わって、それからしばらくよもぎもちづくりにはまっていた。

通学路にはよもぎが生えている場所があって、しょっちゅう摘んでは家に持って帰っていた。

P1020973のコピー

ピンク色のランドセルを背負った小学生が道端に座り、よもぎを探す。
時には摘み始めてから袋を持っていないことに気づいて、傘の中に入れて帰ったという微笑ましい思い出が蘇ってくる。

家の中で傘を広げて母親に見せたその時の顔は、どんなに自慢げだっただろう。

「また持って帰ってきたの?」とも言わず、母親はいつも一緒につくってくれていた気がする。

すり鉢によもぎを入れて、小さな手で一生懸命すりつぶす。
粉と混ぜて、できたてのもちもちをいただく幸せ。
摘んだばかりのよもぎでつくるおもちは、あんこがなくたって、それだけで最高だった。

生温かくてぷにょっとした感触も、指先に蘇ってくるようだ。


これでおいしいものを食べます🍴 ありがとうございます!